15
コート整備の準備も終え、私はリョーマを探してコート周りをうろうろしていた。
「あ!名前さん!」
不意に聞こえた高い声に振り向けば、そこには桜乃ちゃんと先程遠目に見た見知らぬ女の子。
ほわほわと笑顔を浮かべる桜乃ちゃんとは別に、ツインテールを揺らすその子は何故か驚愕した様子で私を見つめている。
「桜乃ちゃん!リョーマの試合見に来てくれたんでしょ?」
「い、いえっ…!これはそのっ」
「っぇえええええ!?」
「きゃっ!?」
ツインテールの女の子は突然声を上げてガシリと桜乃ちゃんの肩を掴み、そのまん丸に見開かれた目を私から逸らさずにがくがくと桜乃ちゃんの肩を揺らす、というなんとも器用なことをして……そろそろやめてあげて欲しい。
「と、朋ちゃん…!はわっ…」
「えっ、ぇぇえ、え、ちょっと桜乃!?アンタ何名前様とフツーに話してるワケ!?」
「あわ、わわわ…」
見たところ桜乃ちゃんと同じく1年生らしいその子から、まさか名前様という言葉が出てくるとは思わなかった。
浸透が早過ぎて頭を抱えたくなる。
「あーっと…桜乃ちゃんが目回してるからその辺にしてあげて…」
「ハッ!?」
まるで今気づきましたとでも言うような大袈裟な反応をしたその子は、今度は大慌てで桜乃ちゃんの安否を確かめながらその顔を覗き込んでいる。
癖は強そうだけど、いい子そうだ。多分。
「桜乃ちゃん、大丈夫…?」
「は、はいぃ…」
二人の様子に苦笑していれば、ツインテールの子はくるりと私へ向き直り、胸の前で拳を握りしめてキラキラとした表情を浮かべた。
「私!桜乃の友人の小坂田朋香って言います!!」
「あ、えっと、苗字」
名乗ってくれたことに私も名乗り返そうと苗字を口にした所で、知ってます!と彼女は言う。
「苗字名前先輩!通称名前様!そして、青学の王子様!!」
「…は?」
ぽかんと口が開いた。
名前様はもう聞き慣れたものではあるが、青学の王子様とはなんぞ…
ちょっと朋ちゃん、と焦ったように言う桜乃ちゃんを他所に、朋香ちゃんはずいっとこちらに身を乗り出して両手を差し出してきた。
「握手してくださいっ!!」
「え、ぇぇ…?」
いつだかのブン太を思い出す。
いやでも彼女は私を"傀儡師"だとは知らないはずで…
とりあえず差し出されたその手に自身の手を重ねれば、朋香ちゃんは嬉しそうに高い声を出しながらぶんぶんと手を振った。
勢いが凄い…
「と・こ・ろ・で!」
私の手を握ったまま更にずいっと顔を近づけてくる彼女に、思わず半歩足を引く。
「リョーマ様とはどういった関係で?」
リョーマ、様…
朋香ちゃんはにこにこしているものの、背後にほんのちょっと黒いモヤが見えているような気がしてふるりと体が震えた。
折角の可愛い顔が、こ、怖いぞ…
「あ、あのね朋ちゃん、名前さんはリョーマ君の知り合いなんだよ。幼馴染っていうか…」
「なっ…なんですってぇ!?」
ぎゅっと繋がれたままの手に力が入った。
えーっと…?朋香ちゃんはリョーマのファンということでいいのだろうか。
あの子ファン作るの早くない…?
「えっと…桜乃ちゃんの言う通り、リョーマとは昔からの知り合いでね。家族ぐるみで仲が良くて、弟みたいな感じかな?」
「お、弟…!?」
「朋香ちゃんも今日はリョーマの応援に来てくれたのかな?ありがとうね。これからもリョーマを応援してあげてね」
あまり刺激したら良くない気がしてそうにこりと笑いかければ、朋香ちゃんは俯きぷるぷると震え出してしまった。
選択を間違えたかと内心焦っていると、がばりと顔を上げた朋香ちゃんは満面の笑みでまた私と繋がれた手をぶんぶんと振り、
「勿論ですぅ〜!!お姉様ぁ!!」
「お…お姉、様…」
名前様よりはマシだろうか。
いやどっちもどっち…
「もー朋ちゃん…!名前さん困ってるよ…!?」
すみません、と数度頭を下げる桜乃ちゃんに苦笑を返し、少しして主に朋香ちゃんが落ち着いた所でちょっとだけ立ち話をした。
やはり朋香ちゃんはリョーマのファンらしく、どうやら入学初日に偶然見かけたリョーマに一目惚れをしたらしい。
なんとなく桜乃ちゃんもリョーマを気にしているような素振りを見せていたし、リョーマも隅に置けないなぁなんて内心にやにやしていれば、あ!と聞こえた第三者の声。
振り返った先にいた人物に、ぴくりと私の背筋が伸びた。
「さっきの女の子達!」
…月間プロテニスの、女性の方。
彼女は私に目を合わせ、それから私の着ている青と白のジャージを見て嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ねぇ!あなた、青学男子テニス部の関係者?マネージャーさんかしら?」
「…はい、そうです。部長から話を聞いています。月間プロテニスの記者さんですよね?」
とりあえず人当たりの良さそうな笑みを返せば、彼女はまたにっこりと明るい笑顔を見せた。
「へぇ、青学にはこんなに可愛いマネージャーさんがいたのね」
「え、あ、ありがとうございます…」
「ね!ちょっとお話聞かせてもらえないかしら!」
これはまずいことになったかもしれない。
話くらいならどうとでもなるし、この人だけならまだなんとかなりそうではあるが、もう一人の男性の方には会わない方がいいかもしれないと直感が告げる。
…仕方ない、ここは…
「すみません、私の独断で部内のことを話すのは…えっと、企業秘密ということでなんとか…」
「ん〜、それもそうよね。ごめんなさいね、えーっと…」
「名前です」
「名前ちゃんね!私は芝砂織。これからもちょくちょくお世話になるだろうから宜しくね」
綺麗にパチリとウインクをした芝さんは、じゃあね、と明るく来た道を戻っていく。
ほ、っと体の力が抜けた。
「名前さん?」
「あぁ…ごめんごめん、月間プロテニスなんて物凄い大手だから緊張しちゃって」
「へぇー、そんなに凄い人だったんだ、あの人」
そんな話をしていれば、どうやら全てのコートの試合が終わったようだ。
しょうがない…どうせリョーマは後で会えるだろうし、その時におめでとうを伝えればいっか…
「そろそろ戻らなきゃ。またね、桜乃ちゃん、朋香ちゃん」
「はい!」
「は〜いお姉様!」
…とりあえずお姉様が広がって定着しないことだけ祈っておこう。
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