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コート整備に慣れていなさそうな新入生達を手伝い、それが一段落したところで別のコートで堀尾くん達とネットを片付けているリョーマの元へと向かった。
リョーマは私に気づいて一度こちらに目を向けるものの、その視線はすぐに手元のネットへと落ちた。


「あ、名前先輩!」


視線が入れ違うように顔を上げた水野くんの声で、堀尾くんも加藤くんも私に気づいてお疲れ様ですと笑顔を向けてくれた。
少し間を開けて、…ッス、と相変わらず手元を見たままのリョーマから小さな声が聞こえる。
3人を見習え。


「リョーマ」
「何、…スか」


声をかければやっとその目がこちらを向く。


「ふはっ、私にはいつも通りでいいって。それより、おめでとう。貞治に勝っちゃうなんてすごいじゃん」
「別に、普通だし」


そう言ってまた視線を落とし、丸めたコートをキュッと結んだ。
良く言うよ!と、リョーマを見下ろした堀尾くんが片手を腰に当てて大袈裟にため息をついてみせた。


「こっちはずーっとハラハラしてたんだぞ!」
「アンタが戦ってた訳じゃないじゃん」
「こら、応援してくれてありがとうでしょ」
「…ドウモ」


ごめんね…とリョーマの代わりに謝罪すれば、堀尾くんだけじゃなくあとの2人もいえいえと半分諦めたような笑みを浮かべた。
本当にこの子はいつからこんなひねくれてしまったのか…思春期…?


「それから3人も、今日はありがとう。すごく助かったよ」


嬉しいことに明日のランキング戦最終日でも彼らは一役買ってくれるそうで、ありがたく彼らのお言葉を頂戴させてもらった。
ビデオカメラ…導入を考えるのもアリかもしれない。


「明日もお願いね」
「「はいっ!」」
「この堀尾にお任せください!」


僕のカメラなんだけど、と加藤くんがじとりと堀尾くんを見るが、本人は特に気にしていなさそうに胸を張っている。
まぁ、頼もしい…のかな…?
それから彼に後を任せ、今日の記録の整理へと向かった。



* * *



そして翌日。
他のコートの試合記録を取りながら盗み見ていたDブロックで、ついにリョーマの全勝が決定した。
これで晴れてリョーマは都大会のレギュラーとなる。
まだ仮入部の段階で全勝しレギュラーを勝ち取ってしまった1年生は、更に部内の注目の的となった。

そして…


「薫」
「名前先輩…」


薫もまた貞治を7-5で破り、都大会のレギュラーを勝ち取った。


「おかえり」


あの時揺れていた瞳はしっかりと芯を持った強さを放ち、じっと私を見つめている。
がば、と薫が頭を下げた。


「ありがとうございました」
「うん?私は何もしてないよ?」
「いえ、」
「薫が自分で掴んだ道だよ」


迷うように頭を上げた薫に、そんな顔しない!と横腕を叩けば、戸惑いの表情が返ってきた。


「いい試合を見せてくれてありがとう!地区予選と都大会も楽しみにしてるからね」
「…っはい!」


…かくして、4月期ランキング戦は幕を閉じた。
地区予選、並びに都大会レギュラーとなったのは、国光、秀、周助、英二、タカさん、桃、薫、そしてリョーマの8名。

嬉しい、けれどその反面不安もあるもので…
片付けに動く部員達を横目に、彼にどう話しかけようかと悩みながら歩いていれば、案外すんなりと彼の方から私に話しかけてきた。


「名前、少しいいかな?」
「あ…貞治、お疲れ様。大丈夫だよ」


連れられるまま向かったのは共同壁打場の近く。
どんな話を切り出されるかと思えば、すっと差し出されたノートには新しい練習メニューについてびっしり。


「え…えっと…?」
「名前の意見も聞きたくてね」


今まで考えていたことがすっぽりと頭から抜け、ぽかんとノートを見つめていれば小さく笑う声がした。


「フフ、落ち込んでいるかと思った?」
「う、んー…いや、何を話そうか考えてたんだけど」


全部抜けた、と言えば貞治は更に面白そうに笑った。
彼にとっては私の考えていることなんて丸わかりなんだろう。
だからこそ貞治から声をかけてくれたんだと思うし。


「切り替えが早いね…」
「そんなことは無いよ。今日を踏まえて、また次に向けてデータを練り直す必要もあるからね。でも今は都大会に向けて俺が出来る限りの事をしようと思ってね」


差し出されていたノートに目を落とし、分かりやすくまとめられたそれに目を通す。
今まで何度も貞治には助けてもらったけれど、改めてサポート側にいる彼の存在ほど心強いものはないだろうと実感した。


「…これとこれ、ちょっと削ってうまく組み合わせられないかな」
「あぁ、成程。組み合わせるとしたら…」


貞治がさらさらとノートにペンを走らせていく。


「でも削っちゃうと勿体ないから、着いてこれそうな人にはなるべく削らずに組み合わせたのをやらせてもいいかも?」
「食らいついてでも着いてくるよ、アイツらは」
「…ふふ、そうだろうね」


私達の会話はいつの間にか小さな作戦会議のようなものになり、やがて貞治は満足気にノートをぱたりと閉じた。


「ありがとう。いい練習メニューになりそうだ」
「大元を貞治が考えてくれてたからだよ。私は横から口を出しただけだし」
「いや、名前の実体験話は俺個人としても助かる」
「その言い方はちょっと怖いんだけど…どういたしまして」


大石とも少し話したんだけど、と貞治がコートの方へと視線を移した。


「青学(ここ)はまだまだ強くなるな」


それは自分を含め今いる全員に向けたものか、それとも後を背負う彼らに向けたものか。
これから地区予選と都大会に向けての練習が始まる。
その先には県大会、関東大会、そして全国。


「まだまだ強くなって貰わなきゃ!皆で勝つんだからね」


私もいつだって私にできる限りの事をする、ただそれだけだ。


「その後だって私はずっと青学を応援するし、出来ることがあるならとことん付き合う。貞治だってそうでしょ?」
「あぁ、勿論」


そして戻り際、タカさん用の練習メニューの相談ついでに私がふと零した、鬼コーチっていうのになるのもアリかなぁ、という言葉に貞治が反応した。
どこか不敵な笑みを浮かべた貞治に、心の中で皆に謝っておいた。


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