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「えっ!?アメリカのJr.大会4連続優勝の天才少年!?」
桜乃ちゃんの声はここにいる全員に聞こえたようで、高校生達はそわそわしながら竜崎先生の話に耳を傾けている。
「何年かぶりに家族と日本に戻ってきたから、こっちじゃまだ無名なんだけどね」
竜崎先生が言うには、この大会に出る前にリョーマの実力を見込んで12歳ではなく14歳以下の部に挑戦することを勧めたところ、なんと彼は16歳以下の部に申し込みをしていたらしい。
そんなところも昔と変わらない、リョーマらしい話である。
「じゃあ、アイツが噂の…越前リョーマか!?」
もう噂になってるんだ、すごいな。
しかしそんなリョーマを相手にする彼らにもプライドがあるのだろう。
仲間の一人がリョーマの対戦相手(佐々部というらしい)にその長身を活かして前へ出ろとけしかけるが、問題はリョーマが打ち返す球だ。
「冷静だね。あんな球返されたら、そうそう簡単に前には出られない」
「す、すごい…」
佐々部さんは前へ出ようとする姿勢はあるものの、ライン際への深い球ばかり返され中々ネットに詰められないでいる様子。
焦る彼はリョーマが打ったライン際の球を取れず、またしてもリョーマの得点になった。
……なるはずだった。
「待てよ!今のアウトじゃねーの?」
外野から発せられた声にピクリと私の眉が動く。
リョーマに打ち込まれた箇所を呆然と見ていた佐々部さんが、小さく鼻で笑った。
「バーカ!誰が入ってるって言ったよ」
彼の足は、地面についたボール跡を消すようにグリグリと動かされている。
ぐぐ、と眉間に力が入った。
「当然アウトだっつーの!!」
「え!?嘘!?」
「………」
そこからは、リョーマが深く打ち込む球は全てセルフジャッジでアウト判定。
高校生にもなって、なんとも汚い連中だ。
リョーマの球は当然浅くなり、佐々部さんは意気揚々とネットへ出た。
「え!?」
そんな佐々部さんの頭上を、リョーマが打った球は弧を描いて越えていく。
恐らくライン際へと落ちるであろうその球は、またしてもセルフジャッジでアウトに……と、思いきや。
「…おぉ」
回転がかかったその球は跳ねることなく、ライン際で静止した。
「ねぇ、今のは入ったの?」
自然と口元が上がる。
知らないうちにあんなことも出来るようになったんだな。
「浅いぜっ!今度こそ!」
「あのガキ誘ってやがる!前に出るな佐々部!」
再度同じように頭上を越える球に、佐々部さんのラケットが届くことはない。
彼はラケットを振り上げた体制のまま、ギリ、と歯を食いしばった。
直感が告げる。
あの顔は、あの時私に向けられたのと同じ顔だ。
「くたばれ!!!」
「…!!」
ガッ、と鈍い音が響いた。
揺れる視界の中で、よろよろとリョーマが起き上がる。
その足元には佐々部さんの物であるラケットが転がっていた。
「リョーマ…!」
「no problem.(大丈夫)」
数年ぶりに聞いた、懐かしい英語。
「don't worry about.(大丈夫だから)」
ふらりともつれる足でリョーマに近づこうとした私を、起き上がったリョーマが片手で止めた。
「ワリィワリィ、手が滑っちまった!」
「っ…」
「…ふーん」
ぽたりとコートに血が落ちる。
「グリップの握りが甘い…まだまだだね」
「へっ、口の減らねぇガキだぜ!!」
ゲームカウントは5-2でリョーマのリード。
サーブであるリョーマは、静かに球をバウンドさせている。
「名前さん…?」
「苗字」
「…大丈夫です」
震える手を必死に抑え、真っ直ぐ前を見た。
大丈夫。
リョーマなら、大丈夫。
「ビビってるくせに、フン、一丁前に。はよ打てっつーの!」
にやりと嫌な笑みを浮かべる佐々部さんの声に、リョーマはバウンドさせていた球を高く放つ。
普段とは違うそのトスに違和感を覚えた。
後方へ上がる球、柔らかく膝を曲げて逸らした体。
昔見た、南次郎さんのフォームがリョーマに重なる。
「…!」
しなやかにラケットを振り抜いて打たれた球が相手のコートへ落ちる。
「もらったーっ!!」
意気揚々と声高々に叫ぶ佐々部さんだったが、リョーマの打った球は進行方向とは逆へと跳ね、大きくラケットを振りかぶった彼の顔面スレスレを通り過ぎていった。
「おい…今のサーブ逆に曲がんなかった?」
「まさか…」
15-0。
静かに言ったリョーマは、また、同じく後方にトスを上げる。
「あれってもしかして…」
「ツイストサーブってやつか!?」
いつの間に、ツイストを…
再度打たれた球は高速回転をしながら佐々部さんのコートに叩き込まれ、跳ねたボールは彼の顔面へと直撃。
凄く痛そうだけど、自分の行いを呪えばいいとも思う。
「30-0」
そしてまたツイストサーブが打ち込まれ、佐々部さんはなんとか腕でガードしたものの、勢いに押されコートへ倒れ込んだ。
「40-0」
ポーン、ポーン、とボールの弾む音が木霊する。
「くたばれ」
先程佐々部さんから言われた言葉をそのまま口にしたリョーマは、高くトスを上げ…
「や、やめ…っ!!」
佐々部さんは自身の身を守る為、ラケットを抱え込むようにしながら顔の前に面を寄せ、その体を縮こませた。
「バーカ」
嘲笑うような言葉と共に放たれたのは、ツイストサーブではなく、初心者の子供に向けて打つような柔らかなアンダーサーブだった。
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