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桃の手からラケットが飛び、綺麗な放物線を描いて宙を舞う。
それは絶賛球拾い中のカゴを抱えた加藤くんの頭頂部に当たり、
「いで!!」
加藤くんが持っていたカゴが落ち、大量のボールがコート内を転がっていく。
そのせいでコート内にいた数人が足を取られ、転び、
「ってーな!何すんだよ!」
「オレじゃねぇよ!!」
苛立ちから数名が転がったボールをコート外へと投げ、そのうちの一つが不幸にも薫の後頭部を直撃し…
「「「あっ…」」」
「やったの誰だ…!?」
「「「うわーっ!!海堂がキレた!!?」」」
まさに地獄絵図。
「ちょっと…!皆やめなさい…!!」
「みんなやめろ!!あっ、切原逃げるな!」
「あっコラ!赤也!!」
「名前ちゃん…!」
「私のラケット持ってっちゃったの!ごめんすぐ戻る!」
奪い取った私のラケットを片手に持ったまま騒動に隠れて足早に去っていく赤也を慌てて追いかけた。
例のパワーアンクルを着けたままなのが地味に痛い。
コートから少し離れたところで、全員グラウンド30周してこい!!という怒りをふんだんに含んだ国光の声がハッキリと私の耳にも届く。
内心で苦笑をしながら、私も前を走る赤也に届くように声を張り上げた。
「赤也ぁ!」
「げっ、名前さんストップ!待って待って…!」
「赤也が待って…!ラケット返してよおっ!」
「え?あっ」
キキッと急ブレーキをかけた赤也がピタリと止まり、すまなさそうにへらへらと戻ってくる。
「っはぁ〜…もう!」
「いやぁ、すんませんすんません、まさかあんなコトになるとは思ってなくってぇ…」
差し出されたラケットをしっかりと握り、フレームを赤也の胸にトントンと突きつけた。
「で?本当は何しに来たの?」
「え、あーその…名前さんに会いに…?」
「赤也?」
う、と顔を引き攣らせた赤也は、実は…とここにいる理由を正直に話した。
どうやら柿ノ木中との練習試合のためにバスに乗っていたが、寝過ごして終点であるここまで来てしまったらしい。
「あの立海のエースが練習試合を遅刻?ふーん?他校でこんな騒動まで起こして?へぇー?」
「うっ…こ、このことは真田副部長には言わないでください…っ!!」
「いいよ。弦ちゃんには黙っといてあげる」
「え!?ま、マジすか!さっすが名前さん!優しー!!副部長とは大違いだぜ!」
んじゃまた会いましょー!とにっこり嬉しそうに去っていく赤也に手を振って、私はコートへと戻るために踵を返した。
コートに戻ればそこにはいつの間に来ていたのか、竜崎先生と国光がグラウンドを見つめながら立ち話をしている。
視線の先では先程聞こえた国光の言葉通り、全員が必死にグラウンドを駆け回っていた。
「名前、」
「ごめん、やることがあるから部室行ってくる」
「!あ、あぁ…」
「どうしたんだい苗字は。切原と何かあったのかい?」
「…どうでしょう。ただ、恐らく今の彼女は放っておいた方が身の為な気がします」
「ククッ…あの子は怒らせたら怖いのかもねぇ」
* * *
ラケットバッグからスマホを取り出し、メッセージアプリを開いた。
弦ちゃんには言わない、とは言ったけれど。
友達リストから彼の名前を探して一言メッセージを送れば、すぐに既読が付いて了解の返事が返ってくる。
「もしもし、蓮二?」
「"あぁ。どうした?"」
先程見聞きしたことを一つも零さずに伝えれば、私の話を聞き終えた蓮二からは、成程、とワントーン低い声。
「"うちの赤也が迷惑をかけた。すまない"」
「ついでに、弦ちゃんには言わないって言った時、赤也なんて言ったと思う?」
「"そうだな…"名前さん優しい、副部長とは大違いだぜ"…辺りか?"」
的確に言い当てた蓮二に思わず笑いが零れた。
「あはは!大正解!」
「"それも合わせて伝えておこう"」
「私から弦ちゃんに言ったわけじゃないからセーフだよね?」
「"あぁ。後は俺に任せてくれ"」
「バラしといて言うのもなんだけど、あまり怒りすぎないであげてね。てことで後はよろしくお願いします、立海の参謀さん」
頼りにしている、という意を込めて伝えた言葉に、蓮二は一瞬間を開けてから小さく笑った。
* * *
その後、部室から戻った私を迎えたのは竜崎先生と国光、そして先程まではいなかったリョーマだった。
なんともなタイミングで来たものだ。
「もう用は済んだのか」
「ふふふ、バッチリ」
「…そうか」
ねぇ、とリョーマから声がかかり、振り返れば彼の掌に転がる1つのテニスボール。
「さっき正門で返しといてって言われたんだけど、あれ誰?」
「立海の制服着た子?」
「さぁ?知らないけど」
私のラケットだけじゃなくてボールまで持っていってたのかあの子は。
「あれと関係あんの?」
あれ、とリョーマが指すのは、今も尚グラウンドを必死に走る部員達の姿。
あ、と声を漏らせばリョーマが怪訝そうに私を見上げた。
「リョーマ、早く着替えてきてあれに合流して」
「は…」
「寝坊して遅刻でしょ。早くしなさい」
「……ちぇ」
ぽい、とボールをコートの端に放り、リョーマが仕方なさそうに部室へと歩いていった。
「…越前は20周で……いや、いい。お前に任せる」
「途中参加だし今行ったところで25周くらいでしょ?変わんないって」
はっはっは、と竜崎先生が楽しそうに小さな笑い声を上げた。
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