一時は慌ただしかった本日の部活は、グラウンドを走ったことでなんとか落ち着きを取り戻し、ほぼ全員がいつも以上に疲れきった表情をしていたものの無事に終了した。
誰もいない女テニの部室で着替えついでにスマホを見れば、蓮二からあの後の詳細が、そして弦ちゃんからは真面目な詫びが、更に赤也からは心の叫びが泣いているスタンプ共に送られてきていて、自業自得ですと小さく笑いながら呟いた。

女テニの部室を出て階段を降りていけば、階段下から国光がこちらを見上げている。


「わざわざ来てくれたの?」
「ここなら部員達に聞かれることもないだろう」
「確かに」


一度テニスコートや男子の部室の方をちらりと見て、誰も見えないことを確認してから改めて国光に向き直った。


「それで、聞きたい事とは何だ?」
「あの、国光の腕のことなんだけど…」


自然とボリュームを落としながらそう言い出せば、国光は意外そうな顔をした。


「俺の腕…?」
「あ、いや、腕についてじゃなくて、でも遠くないというか…国光が通院してる病院を聞きたくて…」


あぁ、と納得したような声を出した国光は、おもむろにラケットバッグを手前に降ろして財布を取り出した。
そこから1枚のカードを引き抜くと、そっと私に差し出してくる。


「伴野総合病院、という病院だ」


それは病院の診察券だった。
"伴野総合病院"という病院名と、その下には国光の名前も印字されている。
彼の腕についての事情は知っていたものの、改めてこうして実物の物を見ると一気に現実味が増してチクリと心が痛んだ。


「だが、突然どうした?」


国光が診察券を財布に戻し、それをしまいながら私に尋ねた。


「久しぶりに、ちゃんと病院で診てもらおうと思って」
「!」


彼がここまで目を広げたのを見たのは久しぶりかもしれない。


「知ってる人が通ってる病院なら安心できるじゃん?最初は精市のいる神奈川の病院を考えたんだけど、ちょっと遠いから」


目線を下げ、何やら考えている風に黙ってしまった国光は何を言おうとしているのだろうか。
流石に病院に行くのを止めることはしないと思うが、彼はその先に何を見ているのだろう。
私の考えていることが全て筒抜けだったら困るんだけど…それも流石に無い、と思いたい。


「…一人で行くつもりか?」


やっと喋ったかと思えば、それはどういう考えの末にたどり着いた言葉なのやら。


「診察も説明も慣れてるし、一人で行くと思うけど…もしかして保護者必須の病院?」
「いや…」
「じゃあ多分一人で行くんじゃないかなぁ。診てもらうだけだし」


生憎病院は慣れっこだ。
膝について診てもらうだけなら、私一人で十分事足りる。
おじいちゃんやおばあちゃんに来てもらっても、きっと暇を持て余させてしまうだろうし。


「なら、俺も一緒に行ってもいいだろうか」


予想外の言葉に、え、と声が漏れた。


「えーと、いいけど…?」


僅かに顔の力を抜いた国光は、それから、と目線をテニスコートの方へと向ける。
何だ?と思っていればすぐに視線は私に戻ってきて、


「もし伴野総合病院に行くのなら、大石にも一言言っておいた方がいいかもしれない」
「へ?なんで秀?」
「伴野総合病院は、大石の叔父が勤務している病院だ」
「…えっ!?」



* * *



翌日、1限目が終わってすぐに秀を連れて隣の1組の前へとやってきた。
私達が着くのとほぼ同時に国光も教室から出てきて、一人困惑状態の秀と共に少し人気の無い方へと移動した。


「ど、どうしたの名前ちゃん、手塚まで…」
「まだ話していなかったのか」
「教室だとどうもね…とりあえず連れてきてから話そうと思って」
「え…!?何の話を、…っいやちょっと待ってくれ…!こ、心の準備が…!?」


心の準備…?
よく分からないけど何か変な勘違いでもしているのだろうか。


「えっと、昨日部活の後に国光と話したんだけど…」


ごくり、と秀の喉が鳴った。


「私、国光と」
「ちょっ、ちょちょちょっと待ってくれ…!!やっぱり心の準備が…!!」
「えぇ…?」


片手を私の方へと突き出し、もう片手は自身の胸に手を当て、すーはーと呼吸を落ち着かせる秀に今度はこちらが困惑である。
国光も普段はあまり見せない珍しい表情で秀を見ている。


「…あの、秀?」
「ぅん!?」


大丈夫ですか声ひっくり返ってますよ…?


「いや、そんな大袈裟なものじゃなくて…私はただ、国光と同じ病院に行きたくて、それが秀の叔父さんが勤務してる病院だって聞いたから…」


……え?と秀の動きが止まり、その視線が私と国光とを行ったり来たりする。


「昨日名前から聞かれたんだ。腕の治療で通院している病院を教えて欲しいと」
「そうなんだよね〜。久しぶりにちゃんと病院で膝を診てもらおうかなって思ってさ」
「…あ、……ぁあ!なんだそういう…!あ、あはは、ハハッ…」


え?どうした?
秀の反応にハテナを浮かべながら国光を見上げれば、知らない、とでも言いたそうな表情が返ってきた。
はぁ、と少し疲れたような恥ずかしそうな顔で溜息をついた秀は、取り繕うような微笑みを浮かべた。


「っそ、そういうことなら、俺から叔父さんに話しておくよ」
「ありがとう、助かるよ」
「ど、どういたしまして…!」


隠しきれていない秀の謎の動揺に、私も国光もほぼ同時に首を傾けた。


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