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大会前は、普段オフ日である火曜も部活の日となる。
そのため国光や秀と相談し、完全にオフ日である木曜の放課後に伴野総合病院のお世話になることが決まった。
そして、本日はその木曜日。
「なんか緊張してきたな…」
国光、秀と共に、2人の案内に着いて行きながら病院を目指す途中、じわじわと湧いてくる緊張をそのまま言葉にすれば秀が、ハハ、と苦笑を漏らした。
「俺も自分の事じゃないのに変に緊張するよ…」
「ごめぇん…」
「いやっ、でも嬉しいんだ。やっと名前ちゃんにちゃんと寄り添えているような気がして」
頭の中で2、3転するその言葉に、彼と出会ってからの記憶を重ねながら首を傾げた。
今までも結構な量寄り添ってくれてると思うんだけど…
「さ、そろそろ着くよ」
秀の声に思考を止めて前方へと視線を動かした。
いつの間にか病院の看板がもう見えている。
一気にうるさくなった心を落ち着かせるように一度大きく深呼吸をすれば、隣にいた秀がくすりと笑った。
* * *
秀の叔父さんと挨拶を交わし、簡単な事情説明の後にレントゲンを撮った。
今はレントゲンの結果待ちで、院内の待合所で小休憩中だ。
この時間は久しぶりの感覚だけど、今日は違う。
同じ病院でも、傍に仲間がいるというのはこうにも気を静めてくれるものなのか。
「はぁぁ…緊張してきた…」
「なんで秀が私より緊張してるの…」
院内飲料用の紙コップを両手で包み込み、本人である私よりも緊張の色を濃く見せる秀に苦笑した。
でも、だからこそ私があまり緊張しなくて済んでいるのには感謝したいところである。
「診断結果はお前一人で聞きに行くか?」
国光の言葉に、んー、と曖昧な声が漏れる。
秀がそわそわと私の返答を気にしているのが横目に見えて、思わず笑ってしまった。
「2人とも気になるでしょ?一人で聞いたところで後々2人には話すだろうし、ここまで来てもらってるし、良かったら一緒に聞いて欲しいんだけど、どう?」
「お前が良いのなら、そうさせてもらおう」
「俺も、聞いておきたいな」
「…ありがとう」
苗字さーん、と看護師さんの呼ぶ声がする。
この先にはどんな結果が待っているのだろうか。
難しい顔をした国光と、そわそわしている秀と共に、秀の叔父さんが待つ診察室のドアをからりと開けた。
「あぁ、お前達も来たのか」
「すみません、大丈夫ですか…?」
「苗字さんがいいのなら構わないよ。少し膝を見せてもらうけどいいかな?」
「はい」
こちらを見守る2人の前で、椅子に座って台座に右足を乗せ、ドレープパンツの裾を捲った。
秀の叔父さんは薄らと手術の後が残る私の膝にそっと触れ、真剣な表情で部分部分を押したり、僅かに負荷をかけたりしながら丁寧に触診をしていく。
「最近だといつ何をしているときに痛んだか、覚えている範囲で教えてくれないか?」
…あぁ、やっぱりきたかその質問。
背中に感じる2つの視線に緊張が混ざったのを感じながら、仕方ないかと正直に口を開いた。
「部活で、レギュラーを相手に2ゲームの打ち合いをすることがあるんですが…一番膝に違和感を感じるのはその時です」
流石にここで口を出すような2人ではないのは分かっているが、今は逆にその無言が怖い。
「日常生活は?立ったり座ったり…あとは学校だと体育の授業なんかもあるだろう?」
「…そう言えば…日常生活で痛むことは…体育も、…なんでだろう…走ったりしてるのに膝が気になったことはあんまりない、ですね…?」
学校生活はスカートだしそもそもあまり動くこともないし、体育の時はハーフパンツだから、普段から目立つサポーターは着けていない。
それなのに、言われてみればここ最近は前より膝を気にすることが少なくなっている。
痛む時と言えば、先程言った通りレギュラーとの打ち合い時にたまに思い出すかのように痛みがやってくる時くらいだ。
頭を捻る私に、秀の叔父さんは、ふむ、とデスクに向き直った。
ぱちりとスイッチの音が鳴り、デスクの上のシャウカステンに光が灯り、数年前まで見慣れていたレントゲン写真がはっきりと写し出された。
「向こうの医療は見事だね。それから、苗字さんがこの2年間何もせずにいたのが療養期間になったとすると、その判断は大正解だ。レントゲンを見る限り、君の膝蓋骨はとても綺麗だよ」
最後に見た、一部がほんの少し欠けたようなツギハギのあった白い歪な丸は、今ではもうすっかりと一つの綺麗な丸みを帯びた白い丸。
「それから、関節の方も問題は無いね」
「え…?」
「半月板はレントゲンには写らないから、しっかりと確認するにはMRIで精密検査をするしかないが…さっき診させてもらった感じだと半月板の方も上手く縫合されているし、療養期間も十分にあったからこちらも問題は無いだろう。完治しているようなものだと捉えて大丈夫だよ」
「で、でも…」
頭がついていかなかった。
完治している…?
でも確かに、打ち合いをしていると時たま膝が痛むことがある。
…打ち合い、……テニスをしている時、だけ…?
思い返してみれば、普段の生活では言葉通り違和感を感じることはある。
だが前のように痛むことはなくなった。
体育の授業も、考えれば考えるほど痛んだという記憶は過去に遡らないと浮かんでは来ない。
「医者が憶測で物事を言うのは良くないが、苗字さんは今、過去の痛みと戦っているんじゃあないかな」
「過去の、痛み…?」
「君の膝は十分スポーツが出来る。それを不可能にしているのは、恐らくテニスに関する過去の記憶の痛みなんだろう」
* * *
国光や秀が何かと声をかけてくれるけれど、今はそれさえ私の体を素通りしていく。
おぼつかない足取りと同じく、ふらふらと感覚の掴めない思いが次々に流れては消えていく。
「名前ちゃん…」
「………」
私の膝は、もう治っている…?
あの頃のようにテニスが出来る…?
嘘だ、だって私の膝は確かに痛みを…
「名前!」
「!!」
急に手が引かれ、どさりと肩が国光にぶつかった。
「赤信号だよ…!」
「…あ…」
秀の声に、景色を取り込んだ私の目に赤い光が射し込んできた。
私を支えていた国光の手が離れて、それはすぐに私の両肩に置かれ、少し強めに体の向きが変えられた。
目の前には、少し怒ったように眉を寄せる国光の顔。
そしてその隣では、秀も同じように不安を全面に表して私を見つめている。
「名前、一人で考えるな。今は俺達がいるだろう」
「そうだよ名前ちゃん!俺達はそのために一緒に来たんだ…!!」
「っ…」
まただ。
また、彼らをこんな顔にさせてしまった。
「ごめん、なさい…」
「違う」
「え…」
「言ったはずだ。謝って欲しい訳じゃない」
"この際だからはっきり言っておく。名前、何か思うことがあるのなら、いつでも、何度だって俺達を頼って欲しい。言葉にして欲しい。支えたくても支えられないのは、…なんというか、もどかしい"
「…あ、」
こちらを真っ直ぐ見つめる2つの視線に、なんだか昔のように涙腺が緩んだような気がした。
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