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「落ち着いた?」
「…うん、ありがとう」
公園のベンチに座り2人に思いの丈をぶつけていれば、辺りはあっという間に日が傾いていた。
自分でも支離滅裂な言葉の羅列だったと思う。
それでも2人はただじっと話を聞いてくれて、本当に今日だけでもこの2人にはずっと頭が上がらないだろう。
少し通りの悪くなった鼻で、深く息を吸い込んだ。
「私の膝…いつから治ってたんだろうね…」
あの日、初めて英二と打ち合った時にはもう、治っていたのだろうか。
「…テニスをする時だけ痛むなんて、治ってないのと一緒じゃん」
記憶の痛み…ある種のトラウマ。
知らないうちに、どうにも厄介な病を抱え込んでしまっていたものだ。
「…名前」
「うん?」
「お前はこれからどうする?」
「どう、って…?」
ふと目線を下げた国光は、少し言い辛そうに口を開いた。
「全てを拭い切れた訳では無いが、お前はまだ夢を追いかけられる」
「!」
夢…
父を追いかけプロになる、それが私の夢だった。
あの事故が起きて、粉々に潰えてしまった過去の夢。
だけど今ならまだ取り戻せるかもしれない。
「……アメリカに、戻る…」
呟いた私の声にちらりと国光が私を伺い、秀が小さく息を飲んだ。
自然と瞼が落ち、口元が緩む。
彼らと出会う前なら、私は迷わずアメリカに戻っただろう。
けれど、いつかの自分の夢に向かおうとする足を引き止めたのは、曇りない青空を飛ぶ自分の心だった。
「…確かに、プロになるのは私の夢だったよ。でも今の私の一番の夢はそれじゃない」
不安そうな彼らに、微笑みを向けた。
「今の私の一番の夢は、全国で優勝して皆で笑うこと。それだけ」
秀が目を見開き、やがてくしゃりと眉を寄せて頬を緩めた。
「名前ちゃん…!」
「…本当にいいのか?」
「いいもなにも、それが今の私の夢だもん」
大きな衣擦れの音と共に秀が勢いよく立ち上がり、私と国光の視線は同時に上を向いた。
「っよし!手塚!明日からの練習も頑張ろう!絶対に全国で優勝して、皆で笑顔で帰るんだ!」
力強く言う秀の目には薄らと…
「…っふふ、秀が泣いてどうするの」
「っえ!?あ、いや、これは…っ!」
「…ふ」
「え!?て、手塚、今笑った…!?」
「笑っていない」
「いやっ、笑ったよな…!?」
「笑っていない」
「っあはは!」
「あぁっ、名前ちゃんまで…!」
「大石、俺は笑っては…」
* * *
翌日、昼休み。
「「「えぇ〜っ!?」」」
青空の下、屋上に大きな声が響いた。
「名前の膝はもう治ってる!?」
「でも名前先輩!この前ちょっと足引きずってたじゃないスか!?」
「あっ!?ちょっと桃それ言わない約束でしょ!?」
「あ゙っ!?」
慌てて口を抑える桃だったが、時すでに遅し。
じ、と国光とリョーマの圧のある視線が突き刺さり、名前ちゃん!?と秀の怒りを含んだ声が聞こえ、僕も知らなかったなぁ、と周助の綺麗な笑顔やら、その他全員の色んな表情がこちらに向けられた。
「や、その、治ってるらしいんだけど治ってないっていうか…」
昼食の合間に詳しい話をすれば、彼らの表情は一気に複雑そうなそれへと変わった。
「ある種のトラウマ…ある意味、イップスのようなものかもしれないね」
顎に手を当て、貞治が言う。
イップス?と首を傾げる桃に、貞治は淡々と説明を始めた。
イップスとは、強い緊張や不安などの心理的要因により、スポーツ等で身体のコントロールが効かず、思い通りのプレイが出来なくなってしまうもの。
その発症には何かしらの精神的ショックが関係していることが多く、私の場合はあの事故だったのでは、と貞治が続けた。
「…そう簡単に消せるものじゃあないよな…」
肩を落として呟くタカさんに、ていうかさ!と英二が大きな声を上げた。
「その、名前の膝を殴った奴!そいつって今何してんの!?」
「え、英二…!」
「だって名前をこんな目に合わせといて、そいつは今もテニスをしてます〜とかだったら、そんなんありえなくない!?」
「確かに、例の件に関してはただ"事故"としか記事が出ていないからね。加害者について…その"事件"に触れているものすら、俺が探した範囲では見つからなかったな」
「当時は加害者がまだ小学生だったから、とかじゃなくて?」
「うん、それも有り得なくは無いね」
お互いがお互いの様子を伺う中、私は苦笑を漏らした。
景吾と侑士には話したけれど…
ていうか貞治でも調べられなかったことを調べあげた跡部財閥って……そりゃそうか、大企業だもんな…
「ねぇおチビ!なんか知ってる!?」
「え」
あーそうか、あとリョーマも知ってるな。
ちら、とリョーマが伺うようにこちらを見た。
「あー…正直に言うと知らないし興味無い、かな…?」
リョーマに応えるようにそう言えば、え?と皆の視線が私に向く。
「私の好感度が下がると思うけど、聞く?」
「下がるわけないじゃん!」
即答する英二に笑い、まぁこれも含めて私だしいいか、と口を開いた。
それになんとなくだけど、これくらいで皆は私に対しての向き合い方を変えないだろうという自信は確かにあった。
「あの子に関しての記事が無いのは、さっき周助が言った小学生だったからっていうのもあるけど、私が載せないでってお願いしたんだ」
「えっ、なんで…」
「罰したらそれで終わりになっちゃうから。何も起こることなく私が黙って消えれば、あの子には一生あの日の重みがのしかかるんじゃないかなって、当時の私が必死に考えた復讐だよ。その後のことは知らない」
しん、と辺りが静まり返る。
元々このことを知っていたリョーマは平然と紙パックをすすっているけれど。
「ふふ、私って結構根に持つタイプなんだよね」
「え、あ…と、とりあえずごめん…」
「え?何が?」
「なんとな〜く謝っとこうと思ってぇ〜…にゃはは…」
「スンマセンっした名前先輩」
「えっ」
「…スイマセン」
「薫まで!?」
その後、周助と貞治は半分面白がって便乗していただけだと思うけれど、周助にそそのかされ国光でさえも神妙な顔ですまないと言ってきた時には本気で弁明活動を始めた。
…あ、でもファイル持ち帰り許可制は根に持ってるぞ、国光。
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