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ウォーミングアップに向かう彼らを見送り、私は入れ違うように部室へと入った。
持っていた筒状に丸められた紙を机に広げれば、癖のついたそれは広がることなくくるりと丸まっていく。
ホワイトボードにくっついていた丸磁石を剥がし、まず一番大きな紙を上部中央にコトリと貼り付けた。
それから残り2枚の小さな紙も同様にその下に並べて貼り付け、1歩下がってその全体を視界に入れる。
いよいよ明後日から始まる地区予選団体戦のトーナメント表と、その詳細だ。

強豪校と言われている青学は有難いことに第一シード。
表を見る限り、玉林中vs大藤竹中の勝った方との試合が青学の初戦のようだ。
全12校が集まる地区予選から都大会に進めるのは、優勝と準優勝の2校のみ。
…まぁ正直言って地区予選ではさほど心配はしていない。
言えることがあるとするならば誰かさんの言葉を借りて、油断せずにいこう、といったところか。



* * *



部活が終わり、片付けや着替えを終えた私はいつもの様に部室へと向かった。
外で待ちながらゾロゾロと流れていく部員達と挨拶を交わし、いつものメンバーが出てくるのを待っていればすぐに制服に身を包んだ彼らが出てくる。
秀が部室に鍵をかけているのを確認しつつ彼らを見回した私は、あれ?と声を漏らした。


「桃とリョーマは?」
「2人なら、桃が越前を誘って先に帰ったよ」
「へぇ?いつの間にそんな仲良くなったんだ、あの2人」


先輩後輩の仲がいいのはいい事だ。
桃は心配には及ばないが、普段つんけんしているリョーマなら尚のこと。
リョーマを意識しつつも可愛がってくれているのであろう桃には感謝しないとだ。


「後輩同士、秘密会議でもしてるんじゃない?」


明後日のオーダーについて、とかね?と周助が笑う。
それは……2人とも、S3は自分だ、とか思ってそうだなぁ。


「薫は一緒に行かなくてよかったの?」


聞かなくても答えは分かってるけど。
笑いながら振り返る私に、薫はあからさまに少し嫌そうな顔をした。


「…当日になれば分かることッスから」
「現実主義だね〜」


明後日のオーダーは全て竜崎先生に一任してある。
私も国光も数言助言のようなものはしたが、オーダー自体は早くて明日、もしかしたら当日にならないと分からない。
思いつく限りの構成を浮かべながら、どうやってもぽかりと空く目立つ穴に彼らを見比べた。


「…D2、誰が入るんだろ」


秀と英二は置いておいて、圧倒的シングルス層の厚い青学でもう一組のダブルスを選出するのは難しい。
一瞬パワーゴリ押しダブルスでタカさんと桃のペアを考えたが、すぐに無いなと頭を振った。


「一番可能性があるのは不二と河村じゃないかな」
「やっぱり?でもどっちもシングルスで捨てがたいよねぇ…」


貞治の言葉にうーんと考える。
守りを得意とする周助とパワーで攻めるタカさんは、ダブルスとして相性はいい。


「お、俺と不二…!?足を引っ張りそうだなぁ…」
「何言ってるのタカさん。もしタカさんとダブルスを組むことになったら、僕としてはすごく心強いよ」
「うっ…あ、ありがとう不二…」


うん、人間性も考えて良いペアになるだろう。
とすると残った国光、薫、桃、リョーマからシングルスが3名と補欠が1名。
色々と加味して誰がどこに入ってもおかしくはない。


「…このメンバーで1人補欠って、ほんと勿体ないよなぁ」


呟いた私に、全戦ダブルスでの出場がほぼ確定している秀が、ハハ…と笑った。



* * *



帰宅後。
夕飯まではまだ少し時間がある。
机の上に置いたスマホとにらめっこを続けること十数分、よし、と頭の中で気合いを入れて手を伸ばした。



「"おう、どーした?"」


思ったより長い単調なコール音の後、薄い板の向こうから何ら変わりない声がする。


「すみません、急に電話してしちゃって」
「"んなこと、お子様が気にしてんじゃねーよ"」
「あの、ちなみに今どちらに…」
「"安心しな、リョーマはいねぇ。わざわざ俺にかけてきたんだ、なんか事情があるんだろ?"」


その優しい声は、やはりなんでもお見通しらしい。
私が一呼吸置く間、彼はただ黙って私の言葉を待ってくれている。
深く息を吸って、


「もう一度私にテニスを教えてくれませんか、…南次郎さん」
「"何の為だ?"」


何の為…
眩しい背中達が脳裏に浮かぶ。
ふと彼らがこちらを振り向いて、温かな笑顔と共に手を差し伸べてくれて…


"目指せ全国NO.1!"

"絶対なろうね、全国NO.1。皆で"


私も彼らと共に戦う仲間。
同じコートをホームとする、1人のプレイヤー。

そして、昨日初めて聞いた彼の我儘が私の背中を押してくれたから。


「…私と、私達の未来の為に」


静かになった電話先に、私の中で緊張が生まれる。
何を言われるだろうと身構えていれば、数秒後、私の膝を心配する言葉が投げかけられた。
ふふ、と笑った私に、南次郎さんは不思議そうな声を上げた。


「実は…」


病院に行ったこと、そしてその診断結果を伝えれば南次郎さんは少し間を開けてから、そーか、と小さく言った。


「あれ、あんまり驚かないんですね?」
「"名前ちゃんの声を聞いてりゃなんとなく分かる。乗り越えようと前を向いたんなら、俺は第二の親として娘の背中を押すだけだ"」
「!…ありがとう、お父さん」


乗っかった私の言葉に南次郎さんは僅かに驚いたような息を漏らし、すぐにククッと低く笑った。


「"娘ってのはいーよなァ。俺も娘が欲しかった"」
「あはは、私で良ければ娘だと思ってくれていいんですよ?」
「"そりゃ、願ったり叶ったりだ"」


北斗にドヤされそうだけどな、と僅かに笑いを含ませるその言い方に、なんとなくその時の情景が浮かぶような気がして釣られるように私も笑った。


「"んじゃ一つ、親父との約束だ。焦るんじゃねぇぞ、名前ちゃん"」
「ふふっ、焦ってもいい事がないって散々学びましたから」
「"フッ…そうと決まりゃあ手は抜かねぇぜ"」
「っはい!前みたいにビシバシお願いします!」


だぁから…焦るんじゃねぇよ、と呆れたように南次郎さんが苦笑の吐息を漏らした。


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