ベッドサイドのテディベアと、皆でお揃いで買ったうさぎのお守りを優しく撫で、そっと目を閉じる。
…よし、行こう。
机の上に置かれたテニスボールに行ってきますと小さく零し、ラケットバッグを持って1階のキッチンに向かえば、いつもと同じ慣れ親しんだ味噌汁のいい匂いがする。


「おはよう、名前ちゃん」
「おはよ、おばあちゃん」


いつも私より早く起きて朝ごはんを作ってくれるおばあちゃんには感謝しかない。
忘れ物はない?なんて話をしながらおばあちゃんと一緒に朝食を済ませ、玄関へ向かった。


「おじいちゃんは?」
「まだ寝てるのよ…見送るって言ってたのに、起こしても起きないんだから」
「だよねぇ。起こすのも可哀想だし、行ってきますって言っといて」


ふふ、とおばあちゃんが笑ったその時、廊下の向こうからばたばたと慌てたような足音が聞こえ、寝起きそのままのおじいちゃんがひょこりと顔を出した。


「あら、よく起きれたわね」
「あぁ、まだいたか…!」
「んふふ、おじいちゃんおはよ。ギリギリセーフだよ」
「おはよう。いや〜、間に合って良かった…!」


行ってらっしゃい、応援しているよ。
温かな笑顔に見送られ、行ってきます、と家を出た。

光に目を細めながら見上げると、所々に白が浮かぶ真っ青な空。
この青空の下、他校も含めた沢山のプレイヤーが一斉にテニスをする光景は久々に見るのではないだろうか。
うちも含め、色々なテニスを見ることが出来るのはとても楽しみだ。
いつもの交差点に差し掛かり、彼が来る道へ何気なく視線を動かせば、丁度同じようにこちらの道を見ようとしていたのであろう国光と目が合った。


「おはよ」
「おはよう」


こんな日でも国光の表情はいつも通りで、知らずのうちに肩に込められていた重さがふと落ちていくような気がする。


「今日のオーダーって、竜崎先生から聞いてる?」
「いや、まだ聞いていない」
「D2、誰が入ると思う?」


私の言葉に少し考える素振りを見せた国光は、


「前言っていた通り、不二と河村が妥当だと思うが…」


お前はどう思う、と逆に聞かれ、私もそう思うと返した。


「でも…」
「?」
「っふふ、どうだろうねぇ?」


不思議そうに見下ろしてくる表情に笑えば、その表情は更に深いものへと変わる。
会場に着いたら私もあの2人と一緒に竜崎先生の所に行こうかな。
竜崎先生どんな反応するかなぁ、とその時の様子を想像していると、横から小さく息を漏らす音が聞こえた。


「…また、お得意の秘密か」
「今回は私にもどうなるか分からないからね。決めるのは竜崎先生だし」
「お前が一枚かんでいるのなら、お前の思惑通りになりそうな気はするが」


そうなってくれたら面白いんだけどね。
こちらを伺うような視線に口端を上げて答えた。

それから国光と共にバスに乗り揺られること数分後、とあるバス停で緊張に身を包んだ秀が乗り込んできた。
秀は一番奥の席に座る私達に気づくとほっと顔の筋肉を緩ませ、おはよう、と挨拶を交わしながら国光の隣へと腰を下ろした。


「…いよいよだな」
「ね!楽しみだなぁ」


私の明るい声に、秀は少し驚いたように目を開く。


「楽しみ、か…そうだね。まずは初戦だって固くなってたけど、思い切り楽しんでみるよ…」


とは言いつつも、やっぱりどこか緊張を滲ませる表情の秀に小さく笑った。


「青学は強いんだから。絶対大丈夫だよ」
「絶対、大丈夫…」
「そ!絶対に、大丈夫!」


ふ、と少し重みが抜けた秀の微笑みが向けられた。
絶対大丈夫、と小さく反復しながら、今度はにこりと優しい笑顔。


「名前ちゃんがそう言ってくれると、本当に絶対大丈夫な気がしてくるから不思議だね」
「私は青学に対して自信しかないもん。ちゃんと見てきたのはたったの半年だけど、皆が頑張ってきたのは誰よりも知ってるつもりだよ」
「…あぁ。全国まで、今までのものを全部ぶつけよう!」


私達を乗せたバスは、穏やかな揺れと共に戦いの地へ向けて進んでいく。



* * *



地区予選試合会場。
地区予選から、都大会、関東……そして、全国。
一年に一回きりの全国大会への道を目指し、各校の選手が集結した。


「…って事で竜崎先生!俺達をD2にしてください!お願いします…!コラ越前、お前も頭下げろっ」
「ッス」
「う〜ん…そうは言ってもねぇ…」


綺麗に頭を下げる桃とリョーマを前に、案の定竜崎先生は悩ましげに垂れた前髪をかき上げた。
周りには表情を驚きと困惑に染める仲間達。


「今朝お前が言っていたのはこれのことか?」


彼らを数歩後ろで眺めていた私に、国光が竜崎先生と同じような複雑そうな表情で言った。


「面白そうでしょ?」
「………」
「あれ?反対?」
「…いや…」


たった二文字の否定を言いにくそうに返した国光からは、その後の言葉は出てこない。
まぁ私が竜崎先生や国光の立場だったらそうなるのも頷けるけど。


「二人なら大丈夫だよ。昨日みっちり練習もしたしね」
「昨日…?」


国光の言葉に被せるように桃が、


「昨日名前先輩に練習も付き合って貰ったんスよ!ダブルスの基礎っていう基礎を叩き込まれたんで大丈夫ッス!」


名前先輩、というワードに竜崎先生を含め全員の視線がこちらに向けられる。
国光が、成程、と小さく顎を引いた。


「昨日お前が越前達と帰ったのはそういうことだったのか」
「私も帰りがけに聞いたんだよね。リョーマが言ってた用ってのは嘘だったみたい」
「…そうか」


苗字、と竜崎先生が私を呼んだ。


「お前さんだったらどうする。大事な初戦、D2をこの2人に任せるかい?」
「竜崎先生のお気持ちは良く分かります。私も同じようなことを2人に言いましたし」


だけど、負けず嫌いという火種を燃やした彼らの熱は確かに本気で、練習の時もそれはしっかりと感じることが出来た。
…まだまだちょっと、いや、結構難ありだけど、後ろに頼もしい仲間達がいるからこそ2人の今後の可能性を広げたいという思いもある。


「でも、2人共本気みたいですよ。負けず嫌い達の可能性、見てみたくないですか?」


そう笑いかければ、竜崎先生は少し頭を悩ませてから、ふう、と息を吐いた。


「…分かった」
「!」
「ま、マジすか!!」


サラサラと竜崎先生がペンを動かし、D2の枠に桃とリョーマの名前が記入されていく。
やがて全枠を書き終えた竜崎先生は力強い視線を2人へ向けた。


「いいかい2人共、お前達に任せるのはダブルスだってことを忘れんじゃないよ!」
「「もち!!」」


2人の返事は確かに、この先への明るい期待を持たせてくれた。


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