ゲームセット。
6-2でリョーマの勝ちだ。
負けず嫌いなリョーマらしい最後に、安心と同時に思わず笑いが零れた。
ちょっと清々した気分だ。


「待てよコノヤロウ!」


大きな声に顔を上げれば、佐々部さんがリョーマに向かって走ってくる。


「誰が1セットって言ったよ!!」


どこにでもいるんだな、こういう人。
その悔しさをどうして練習に向けられないんだろう。
好きなだけ、練習出来るくせに。


「もう1セット勝負だ!マジでやってやる!」
「諦めの悪い男だねぇ」


何か言ってやろうかと口を開く前に、先に口を開いたのは竜崎先生だった。


「何度やっても、越前リョーマには勝てないよ!」
「何だとクソババア!」
「アタシの記憶だとたしか」
「いーよ、別に」


竜崎先生の言葉を遮ったリョーマは、スタスタとサーブの位置へと着いた。


「だってあの子……だろう?苗字よ」
「…そうですね」


リョーマがラケットを構える。


「よっしゃもう一回サーブからやれや!!……あれ、」


佐々部さんは気づいたようだ。
リョーマが、先程まで右手に持っていたラケットを左手に持ち変えていることを。


「リョーマは、"Lefty(左利き)"ですよ」


先程よりも数倍早いサーブが、驚きやら恐怖やらに染まる佐々部さんの顔の真横を通り抜けた。



* * *



竜崎先生と桜乃ちゃんに別れを告げ、私とリョーマは並んで歩き出した。
最初は真っ直ぐ帰ろうかと思ったのだが、折角リョーマ達が日本に帰ってきたのだ。
久しぶりに南次郎さんと倫子さんにも会いたいと言えば、リョーマはあっさり来ればと言ってくれたのでお言葉に甘えることにした。


「にしても、おっきくなったねぇ、リョーマ」
「…いつの話してんの」
「まぁ、あれから2年も経ったんだもんね。背も伸びるか」


あの日……私が日本に帰った日。
リョーマも含め、越前家が見送りに来てくれたっけ。
あの時リョーマが言ってくれた、名前の分まで強くなるから、という言葉に、私は返事をすることなく背を向けてしまった。


「…強くなったね」
「あんなんで判断しないでくんない」
「リョーマが本気じゃなかったことくらい分かってるよ」


こうやって並んで歩くのも二年ぶりか…
懐かしいような、思っていたより違和感がないというか、なんか当たり前でもあるような気分だ。


「…今日来るなんて聞いてなかったんだけど」
「あー、やっぱり?私も帰って来てるって聞いてなかったんだよね。今日は竜崎先生が誘ってくれたの」


帰ってきていたのを私に内緒にしていたのと同じように、リョーマにも私が見に来ることは内緒にしていたのだろう。


「南次郎さん元気?」
「相変わらずクソ親父」
「っふふ」
「…何」


親子揃って同じようなことを言う二人に笑ってしまう。
なんでもない、と言えば、あっそ、と返ってきた。
昔はあんなに後ろをついて回ってくれてた可愛らしい少年は、どうやら2年程目を離した隙に反抗期に突入してしまったようだ。


「にしても残念だったなぁ。リョーマのちゃんとした試合見たかったのに」
「だったら名前が相手してよ」
「っえ…」
「全部親父から聞いてる」
「…そっか。……怒ってる?」
「別に」


ど、どっちだ…
その真意を探っていれば、ねぇ、と声がかかった。


「青学って強いの?」


まだ見ぬ彼らに向けられた挑戦的な声。
果たして彼はその持ち前の負けん気で、あの個性豊かなレギュラー陣にどこまで食らいついていくのだろうか。
数週間後が待ち遠しいや。


「強いよ」


ピタリとリョーマの足が止まった。


「ふーん」


くるりと振り返ったリョーマの鋭い目が私の目を射抜く。


「ま、どんなヤツだろうと俺は負けないけどね」


その挑戦的な笑みの眩しさに、少しだけ目を細めた。



* * *



「ただいま」
「おじゃましまぁ〜す…」


越前家はまさかのお寺だった。
まさかの、南次郎さんがこのお寺の臨時住職をやっているらしい。
リョーマが境内にある一軒家の引き戸をガラガラと開くと、奥からやって来たのは南次郎さんでも倫子さんでもなく一匹の猫。


「かっ…わいい…!」


ほぁら、と独特な鳴き声の猫を、リョーマはカルピンと呼んだ。
とても人懐っこくて可愛い猫だ。


「なんだぁ?リョーマ、随分と早い……」


続いて奥からやって来たその人は、リョーマの横でカルピンと戯れている私を見るとぱたりと動きを止めた。


「お久しぶりです、南次郎さん」
「えっ、名前ちゃんか!?こりゃまた随分と別嬪さんになったなぁオイ!」
「ふふ、ありがとうございます。南次郎さんも更にカッコよくなりましたねぇ」
「おうおうおう、嬉しいこと言ってくれちゃってもぉ〜!」


へらへらと近寄ってきた南次郎さんはスっとその表情を一変させ、腕を組んで私を見下ろした。


「見ないうちに、随分といい顔するようになったな」
「どこかの誰かさんが、竜崎先生に色々お話してくださったそうで」
「さーて、誰だろーなぁ?」
「ありがとうございます。南次郎さんのお陰で、私はまたラケットを持てました」


最初は余計なことをと思っていたけど、今はもう感謝しかない。
頭を下げれば南次郎さんは、そりゃちげぇよ、と優しく笑った。


「どれもこれも、名前ちゃんが決めたことだ。俺はなーんもしちゃいねぇ」
「でも、一番最初に背中を押してくれたのは事実ですから」
「フッ…テニス、楽しんでるか?」
「はい、とっても」


その後、久しぶりに会った倫子さんともハグを交わし、越前家にお世話になっているというリョーマの従姉妹の菜々子さんにも挨拶した。


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