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「ザ・ベスト・オブ・1セットマッチ!玉林サービスプレイ!!」
ついに始まったD2の試合。
一気に応援に熱が入るコートに、コート表を挟んだバインダーとペンを持つ手に少し力が入った。
サーブは玉林中の泉くんからだ。
まずは難なくサーブを返したリョーマのリターンを、泉くんは桃とリョーマの間ド真ん中を狙って返球した。
2人の一番の課題であったセンターの球。
初めは上手くいかずにお見合いになったりもしたけれど…
「"阿"ーっ!!」
「"吽"ー!!」
桃からリョーマへと続く、阿吽の掛け声。
当然コート周りはポカン状態で、対戦相手の玉林ペアも怪我んそうに眉をひそめて桃とリョーマの動向を探ろうとしている。
現状この場で例の掛け声の真相を理解しているのは、桃とリョーマと私だけ。
リョーマがスっと身を引き、桃がセンターに打ち込まれた球を返して見事にポイントを先取した。
「返した!?」
「そんな!!この前は…!」
驚く玉林ペアと、
「おお!!意外と息合ってんじゃん桃と越前!」
「あの掛け声は妙だけど…」
謎を残しつつもポイント先取に盛り上がる青学チーム。
「………」
そして、一人恥ずかしさに俯く私。
「…まさかとは思うけど、名前が考えたワケじゃあ」
「ないよ、ない…」
「まぁ、そうだろうね」
貞治の問いを全否定し、顔を上げた先でまたしても桃とリョーマの阿吽の呼吸がポイントを決めた。
正直これがダブルスかと言われればまだ微妙な所ではあるが、あっという間にカウントは0-40で青学のリードだ。
「息合ってるけど…」
「恥ずかしいね」
「…うん」
リョーマ応援団の1年トリオのそんな会話に、内心めちゃくちゃ頷いた。
「ダブルス能力開花!!名前先輩の指導とオレの力だな!」
「決めたの俺」
嬉しいけれど大声で私の名前を出さないで欲しい。
近くで応援している部員達の数名がチラチラとこちらを見てくるのに、まさかアレの発案者が私だとは思っていないだろうかとヒヤヒヤした。
初っ端から勢いに乗る桃とリョーマの対面で、玉林ペアが真剣な表情で何やら作戦会議のようなものをしている。
桃とリョーマがどんなにテニスが上手かろうと、相手はしっかりとダブルスの練習を積んできた2人。
ダブルスの知識は桃達よりも何倍もあることは間違いない。
付け焼き刃のダブルスペアの穴を見つけることくらい、容易いだろう。
「うりゃ!!」
楽しげにラケットを振った桃の球を、泉くんがふわりと桃の背を越すロブで返す。
頭上を見上げた桃の後ろへすぐさまリョーマが周り、難なく球を返した、が。
「あらら、縦一列」
「サイドは空けるなって言ったのに…」
ダブルスは片方がどちらかのサイドに動いた時、もう片方はコートの穴を埋めるために逆サイドへ移動する、という基本的な動きの元で試合が進んでいく。
今はリョーマが桃の後ろに回り込んだから、本当は桃が逆サイドを守るために移動しなければいけないのだが、残念ながら桃はその場に止まったまま。
コートの左面に桃とリョーマが縦一列に並び、コートの右面ががら空きの状態だ。
布川くんがそのがら空きの右面にボレーを打ち込んだ。
あのロブはやはりこの縦一列を狙って打たれたものだったようだ。
普通なら布川くんのボレーにノータッチでポイントが決まってしまうものだけど、ボレーの角度が甘かったのと、何よりコートにいるのが諦めの悪さでは引けを取らない桃とリョーマだということ。
ガキン、とラケット同士のぶつかる音がした。
「「あ」」
重なった2つのラケットに挟まれたボールは威力を失い、ラケットの間をすり抜けて転々とコートに転がった。
「15-40!」
黙ったまま転がるボールを目で追う桃とリョーマに、私と竜崎先生のため息も重なった。
「…やりおった」
「真ん中以外は意思の疎通ゼロだな」
国光の言葉と、それに合わせて面白そうに笑う周助の息が妙に私にグサリとくる。
一夜漬けだとしても、了解して2人を見守ったのは私だもんな…
コートに送り出したのも私が主なようなものだし…
がら空きの箇所に打たれて2人共が追いついたのは素直に凄いと褒めてあげたい所だけど、お願いだからちゃんとダブルスをしてください、2人共。
* * *
最初の勢いはどこへいったのか、玉林ペアから本来の"ダブルス"を見せつけられ、あっという間に40-40のデュースに持ち込まれてしまった。
いつの間にか桃の顔から笑顔は消え、リョーマ共々険しい顔で玉林ペアを睨みつけるように見つめている。
「もー…陣形崩されてばっかり…その辺も教えたんだけどなぁ…」
やっぱりあの短時間でこの2人にダブルスをやらせるのは些か無謀だったか…
私の零した呟きを拾った堀尾くんが、あの、とこちらを見上げ、それに続いて加藤くんと水野くんも揃って顔を上げた。
「先輩、陣形って…ダブルスってシングルスとそんなに勝手が違うんですか?」
「そうだね…全然違うかな」
どう説明しようか悩んでいると、ふと貞治がしゃがみ、フェンス前の植え込みに落ちていた木の棒を摘んだ。
そして地面にざらざらと簡単なコートの絵を掘り描いていく。
1年トリオが貞治に倣ってその周りに弧を描いてしゃがんだ。
「これが基本的なダブルスの陣形」
相手コートの前衛後衛ポジションそれぞれに小石を1つずつ置き、自コートの左サービスコート、そして右バックコートにバツ印を書いて小さく円で囲う。
「この円範囲が大体の守備範囲とする。…例えば、」
そう言って左バックコート、どちらの円範囲にも含まれていない面を木の棒でつつきながら、
「ここを狙われて2人で取りに行くとどうなると思う?」
その答えは、先程桃とリョーマの動きで見た通り。
「確かに、一方のコートががら空きに…!」
「そう。本来ならば追いつける方が行って、もう一人は逆サイドのフォローに回るんだけどね」
ちらりと貞治が私を見上げてきたので、呆れ半分で小さく肩を竦めた。
「桃もリョーマも守備範囲が広いからね…そんなに動かなくても取れるって思ってるんでしょ」
このくらいかな、と貞治が既に描かれていた円を上書きするように数回りも大きな円を重ねた。
自コートをほぼ埋め尽くすように重なるその2つの円に、1年トリオはすごいと驚きの声を上げるが…
「だけど、その円の重なりが2人の落とし穴なんだよねぇ…」
「あぁ。広すぎてほとんど自分が追いつけてしまうから…」
逆に、自分達で穴を広げてしまう。
がら空きとなったサイドコートを泉くんの球が駆け抜けた。
盛り上がる玉林中の声援の中、チェンジコート、という審判の声。
ダブルスD1の最初のゲームは玉林中に取られてしまった。
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