のろのろと桃とリョーマがベンチへ戻ってきた。
なんともやり切れない顔をする2人へ、竜崎先生は挑発するように笑みを向ける。


「おやおや、苗字に背中を押してもらったというのになんてザマだい!!」


チラ、とバツが悪そうな表情がこちらを向いた。


「どうもしっくりいかないっス。頭で分かってても体が反応して」


分かりきっていたことではあるけれど、やっぱりあの短時間じゃあどう頑張っても実践の経験が少なすぎた。
だからダブルスの動きを頭では分かっていても、シングルスに慣れてしまっている身体がそれに反応してくれないのだ。


「外の敵より内の敵っス。タイミング狂わされて」
「なんだと!?」


リョーマの小声はフェンスを隔てたこちらにもしっかりと聞こえて、小声と言えどあえて聞かせるようなわざとらしいその言い方に桃もくわっと眉を吊り上げた。


「言ってくれんじゃねぇか!お前こそ出しゃばりすぎだっつーの!」
「やめなさい2人共。これはダブルスなんだよ」
「「………」」


口元にバインダーを添えて2人に届くように真っ直ぐ飛ばした喝はちゃんと2人に届いたようで、互いに苦虫を噛み潰したような顔でちらりと目線を合わせた。
そんな中、玉林中ペアがコートチェンジのために2人の後ろを通り過ぎ、


「よう。もう仲間割れか、クックック」
「ザマーねぇなぁ!!」


小馬鹿にしたような笑い声が遠くなっていく。


「フン、バカな連中だ。あの程度の挑発にのるとでも…ん?」


竜崎先生はそう言って彼らを横目で追うけれど、再度桃達に視線を戻した彼女のこめかみがひくりと動く。
玉林中ペアにギラついた視線を送る桃とリョーマは、まんまと彼らの挑発に乗ってしまったようだ。


「も〜…悔しいならしっかりダブルスで返してきなさい、2人共!」
「「っス!!」」


コートチェンジを終え、ゲームカウント1-0、玉林リードで試合が再開する。


「…苗字よ」


ぽつりと竜崎先生が私を呼ぶ声にどきりと胸が鳴った。


「は、はい…?」
「人選を間違えていやしないか?」
「…ま、まぁ…これからですよ、これから…」


このゲームはこっちのサーブだし、桃とリョーマならサービスゲームは絶対にキープ出来る。
…と、当たり前のように考えていた私が馬鹿だったのかもしれない。


「くらえっ!!」
「でたぁ!桃の弾丸サーブ!!」


桃の有り余るパワーでスピードにも補正をかけた、その名の通り高威力な弾丸のようなスピードサーブだ。
並大抵の中学生じゃあ返せないサーブ、なんだけど…
ガン、と鈍い音が鳴った。


「うっ…痛そ…」


思わず顔にくしゃりと力が入り、声が漏れる。
桃の弾丸サーブは相手のコートに入る前に、前衛ポジションに立っていたリョーマの後頭部に直撃した。


「…わ…ワリィ、つい力が…」
「……別に、いいっスよ」


2人のどんよりとした重い雰囲気に流され、しーんと静まり返る青学応援席。
ダメだ、もう最悪…なんて零す堀尾くんに、選手が応援サイドの空気を壊してどうするんだ、とため息が漏れた。

言わずもがな、この場は選手側応援側共々完全に玉林中が支配していると言っても過言では無い。
次はリョーマのサーブなのだが、まさかのリョーマはツイストを打たずに普通のサーブを打った。
前に桃がいるせいでリョーマのテンションが上手いこと乗らないのだろうか。
…って、桃がいるせいで、ってなんだこれ…え?これダブルスだよね…?

泉くんのリターンをリョーマが追いかける。
ちらりと目線を移した相手コートでは前衛にいる布川くんがじりじりとセンターに寄り、サイドががら空きだ。
リョーマもそれを理解しているようで、がら空きのサイドを狙ってクロスに返球した、が。


「っえ…!」


布川くんを警戒した桃がなんともなタイミングで、今まさにリョーマが狙って打ち込んだボールの軌道上にスっと入り込んだ。


「桃先輩っ!そっちに行かないで…!!」


ガン、と先程と同じような鈍い音が鳴る。
リョーマの球を後頭部に受けた桃が、凄い目でリョーマを振り返った。


「あちゃ〜…」


今のは動きとしてはどちらも悪くない。
悪くないからこそ、もっと声をかけ合えば上手くハマると思うのに…
続く青学の自滅クラッシュに玉林中の応援が更に大きくなり、はぁ、と小さく頭を振った。


「ゲーム!!ゲームカウント2-0!玉林リード!」


結局、サービスゲームも玉林中に取られてしまった。


「即席ダブルスじゃダメか…」
「リョーマ君の緒戦が敗退なんて…」


隣から聞こえる1年トリオの声に、まだ2-0だもん、なんて小さな反抗心は湧いてくるものの、あの2人が今のままじゃダメだとフェンスに乗せたバインダーの上に額を乗せた。


「フフ、参ってるようだね」
「はぁ〜…次のゲームも取られるようだったら、最後の手段を使うしか…」
「最後の手段?」


頭をもたげ、貞治を見上げる。


「しっかりダブルスをやらせたかったから2人には言わなかったんだけど、いざって時はもうダブルスには拘らないで得意分野で戦いなって、…次のチェンジコートの時にでも助言しようかなぁ…」


成程ね、と貞治が笑った。
見下ろす地面には、先程貞治が描いたコートの絵。
桃とリョーマの守備範囲を表す円を、もし前衛と後衛に置かずにどちらもサービスライン上に置いたとしたら。
前後衛斜めに置いた時に僅かに出来てしまうコートの隙間は、ほぼ無しに等しい状態になる。
要するに、コートを二分して桃とリョーマが片面ずつ守れば、絶対に抜くことの出来ないダブルスのようなシングルスの出来上がりなのだ。


「やっぱりあの2人にダブルスは無理があったかぁ…」
「…あれ?」


何かに気づいたような加藤くんの声が耳に届く。


「名前」
「んん…?」


同時に貞治が私を呼び、顔を上げた私に貞治が笑いを含ませながら、ほら、とコートを指さす。
つられた向けた視線の先では、ラケットヘッドを地面に擦りながらネット際中央から真っ直ぐ縦に線を引く桃と、逆にベースライン中央から真っ直ぐ縦に線を引くリョーマの姿。
やがて2人の引く線はお互いのラケットヘッドと共にぴたりとコートの中央でぶつかった。


「なーんだ。桃先輩、同じ事考えてたんだ」
「そうみたいだな」


視線を合わせた2人がにやりと笑い、今まさに私が考えていた事をそっくりそのままなぞっていく。


「ややこしいのはもう抜きにしよーぜ!!」
「この線からこっちの球は全部俺が取るんで」
「ああ、こっちのコートは任せろ!」
「こっちに入ってこないよーに!」


2人の表情は先程とは打って変わって、楽しそうに試合に臨む選手の顔に変わっていた。


「うそーっ!?コートを縦半分に割りやがった!?」
「なんかリョーマ君らしくなってきたっ!」
「うん!!」


ぽかんとその様子を見ていた私に、貞治の笑い声が降ってきた。


「いざって時になったみたい」
「早いけど遅いよ、もう…」


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