別ブロックコートまでやって来た私達を出迎えたのは、柿ノ木中の部員達による大きな声援だった。
コートでは絶賛、柿ノ木vs鈴音山の試合が行われていて、途中からでもどう見ても柿ノ木の圧勝中だ。


「話には聞いてたけど、柿ノ木中、結構強いね」
「多分だけど…ほら、あの彼」


そう言って周助が指さした先にいるのは、腕を組んでベンチに座り、コート内の試合を満足気に眺めている気の強そうな男の子。


「柿ノ木中の部長、九鬼貴一。彼は前々から打倒青学を掲げているみたいでね」
「へぇ…」


というより、打倒手塚かな?と周助が笑いながら国光を見上げた。
国光は黙ったままじっと九鬼くんを見つめている。

コート内の試合が終わり、九鬼くんがスっと立ち上がった。
戻ってきた仲間と何やら会話を交わし、ラケットを片手に入れ違うようにコートへ歩いていく。
なんとも自信に溢れた堂々とした振る舞いだ。


「良かった、S1は丸々見られそう」
「そうだね」


そして始まったS1の試合は、九鬼くんの圧勝ですぐに決着がついた。
これで5勝0敗、柿ノ木中の勝利だ。
お前は決して弱くない、オレが強かっただけの話だ!!なんて、強気な笑みを浮かべて九鬼くんが鈴音山の対戦相手に言っているのを見た周助が、ふふ、と笑った。


「でた、名ゼリフ。絶好調だね九鬼君」
「名前の話では、柿ノ木中は神奈川代表の立海大附属中と何度も練習試合を組んでいたらしい」
「あぁ、切原君の」
「立海の柳くんから横流ししてもらった情報だけどね。あの日も赤也、柿ノ木中との練習試合に行くはずだったのに、バスで寝過ごして青学まで来たんだって」
「へぇ、中々面白い子だね?立海のエース君は」


ちょっと言葉に刺があるような気もしなくもないけど、まああれは赤也が悪いので良しとしよう。

挨拶が一段落し、フェンスゲートからぞろぞろと両校の選手達が流れていく。
と、その中から一人、列を外れてふらりとこちらに歩いてくる人影。


「よう、手塚、不二。そっちの見慣れない子はマネージャーか?揃って敵視察かよ」


柿ノ木部長の九鬼くんだ。
私を気にしている風の彼の前に改めてしっかりと姿を現し、初めまして、と軽く会釈をした。
へぇ、と九鬼くんの目が細められ、上から下までじろりと見られるのはなんとも居心地が良い訳では無いが、事を荒らげないためにも薄らと笑みを浮かべておいた。


「青学はいつの間にこんな可愛い子を引きずり込んだんだ?」
「え、あ…どうも…?」


フン、とよく分からない笑みを交えて鼻を鳴らす九鬼くんが、片手を持ち上げながら私の方へ一歩踏み出す。
あ、握手かな?と思って私もそれに続こうとしたが、その前に私と九鬼くんの間に大きな影が入り込んだ。
目の前に映る"SEIGAKU"のアルファベット。


「国光…?」


目の前の背中は何も言わない。
大きな背中の向こうから、ハッ、と九鬼くんの吐き捨てるような笑いが聞こえた。


「なんだよ手塚。初めましての握手だろ?」
「………」
「フン、まぁいい。…そういや手塚、玉林戦に出なかったらしいな」


九鬼くんの声色が少し変わった気がした。
そろりと背中越しに彼を覗こうとしたが、


「ねぇ名前、見て、雀が砂遊びしてるよ」
「へ?」


クン、と優しく袖の裾を引っ張られ、釣られて見た先では確かに一羽の雀が木陰でころころと小さな砂埃を立てている。
ほんとだ可愛い、なんて私の注意は雀に向かったのだが、


「いや、本当は出れなかったんじゃねぇのか?」


九鬼くんの声に私の首はくるりとそちらを向いた。
同時に国光が九鬼くんから視線を外すように振り返り、


「行くぞ、不二、名前」
「え、」


私と周助の先導をするように踵を返す。
国光が一歩踏み出したところで、待てよ!と九鬼くんが国光の左肘をグッと掴んだ。


「腕を見せてみろよ!何か理由が……ん?」


気づけば、私の手が九鬼くんの手首を掴んでいた。


「手を離してください」
「名前、」
「離して」


自分でも冷たい声だと思った。
そう思えてるのならまだ自分は冷静なんだと、無理矢理自分を客観視して溢れそうになる苛立ちを抑えながら、目の前の九鬼くんの目をじっと見つめる。


「試合前に一悶着起こす気ですか?」


先程までの笑みを失い私を見下ろす九鬼くんだったが、私がじっと見つめ続けること数秒、フッと口端を持ち上げた九鬼くんは素直に国光の肘を掴んでいた手をパッと開いた。
良かった、と私も九鬼くんの手首から手を離そうとした瞬間、


「っわ!?」
「「!!」」


掴んでいた手を逆に捕まれ、ぐっと上に引っ張られる。
ふら、と足が数歩たたらを踏んだ。


「大人しいかと思えば、随分気の強ぇ…嫌いじゃないぜ」


そうですか、離してください。
そう言おうと思って口を開きかけた時、先程のように今度は2つの影が私と九鬼くんの間を埋めた。


「流石に、女の子に手を出すのは感心しないな」


私と九鬼くんの間に壁のように立ち塞がる周助と、


「その手を離せ」


引き戻すように私の肩に手を置き、もう片手で九鬼くんに掴まれている私の腕をそっと支えるように庇う国光。
まさかの展開にぽかんとしていれば、頭も冷静になって徐々に周りのざわつきも耳に入ってくる。


「これ以上騒ぎを大きくする気か?」


国光が静かにそう言えば、九鬼くんはちらりと周りに視線を動かし、小さな舌打ちと共に私の腕を掴んでいた手を離した。


「行くぞ」
「わ、」


少し強めに肩が引かれ、半強制的に九鬼くんに背を向けさせられる。
振り返ろうか迷ったけれど、国光は黙って歩いていくし、周助も、行こうか、といつものようににこやかに私の背中を押して歩き始めるので止めておいた。


「っ手塚!首洗って待ってろよ!今年は青学(キサマら)を倒してやるぜ!」


負け犬の遠吠えみたいだ、と誰に言うわけでもなくぽつりと呟けば、隣を歩く周助から小さく吹き出す息の音が聞こえた。


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