「腕は大丈夫か?」
「私は全然。国光は?思いっきり肘掴まれてたけど…」
「問題ない」
「ほんと?」
「あぁ」
「良かったぁ…」


九鬼くん結構アグレッシブだったなぁ…
でも国光の肘に大事がないなら良かった、とほっと胸を撫で下ろしていると、良くはない、と腕を組んだ国光から言葉が降ってきた。


「お前が怪我をしていたらどうするつもりだったんだ」
「怪我ってそんな…そもそも私は試合に出るわけじゃないし…」
「だが、お前もプレイヤーだ」
「……そう、なんでしょうか…」


当たり前のように言われた言葉はなんともむず痒い。
そりゃあ昔は当たり前だったけど…


「…ありがとう」
「……はい?」


突然の礼に反応が遅れた。
私何かしたっけ?なんて思いが表情に出ていたのだろう。
国光は私から視線を外し、そっと自身の左肘を見下ろすように目を伏せた。


「お前が俺の為に怒ってくれたことが伝わった。だから、ありがとう」
「あ…いえ、余計なお世話じゃなければ良かったです…」
「ふふ、あの時の名前、カッコよかったなぁ。流石青学の王子様」
「え゙!?」


それを言うなら最後助けてくれた2人の方が余程カッコよかったと思いますけど…!?
今更ながら俯瞰して考えたら2人の方がさながら王子様みたいじゃないですか。


「で、でも結局2人に助けて貰ったし…ていうか私こそありがとう…!」


先程の礼を慌てて伝えれば2人は改めて、怪我がなくて良かった、と頬を緩めた。



* * *



昼休憩も終わり、水ノ淵との準決勝も確実にポイントを決めて試合を運んでくれた皆のおかげで、またしてもストレート勝ちで決勝へと進むことが出来た。
誰しもが顔を綻ばせて和気藹々と荷物周りで会話を広げる中、ただ一人…


「もう謹慎解けたのにまだ拗ねてんの?」
「…別に」
「拗ねてるじゃん」
「拗ねてない」


皆から少し離れたベンチに座り、ムスッとした表情で頬杖をつくリョーマ。
私はそんなリョーマの隣に座って、先程の水ノ淵戦の試合記録を手直ししながらのファイリング中だ。


「桃には悪いけど、決勝戦補欠よりはマシじゃん」
「見てるとやりたくなる」
「それは分かるけど…」


周助と国光はああ言ってくれたものの、私がリョーマと桃のダブルスに対して負い目を感じているのは確かだし、2人共なんだかんだ頑張ってくれたもんなぁ。
パチリと最後の1枚をファイリングし終え、ベンチを立った私をリョーマの目が追う。


「おいでリョーマ、名前姉ちゃんがたった数時間の練習でダブルス頑張ったで賞をあげましょう」
「名前長っ…何?」
「ファンタでいい?」


無言でリョーマが立ち上がる。
うんともすんとも言わないけど、どうやら良かったらしい。
昔はこういう事を言ったらすぐに、やったぁ!って顔をキラキラさせてくれたのになぁ…

ファイルと交換で財布を持って、たまたま近くにいた秀と英二に一声かけてからリョーマと共に自販機へと向かった。


「はい」
「ん」


リョーマにファンタを渡せばすぐにカシュッと小気味いい音が鳴る。
桃は何がいいかな…と少し悩んで、今度本人を連れて何か買ってあげようと一旦諦めた。
自分の分のミルクティーを取り出し口から抜き取れば、じっとそれを待っていたリョーマがくるりと踵を返して皆の所へ戻ろうとする。


「ちょい待って、トーナメント表見てっていい?」
「ん」


多分向こうのブロックもそろそろ準決勝が終わっているだろう。
柿ノ木vs不動峰。
不動峰中が緒戦のみならず二戦目もストレート勝ちしたと知った時は驚いたし、やはり警戒度は跳ね上がっていたが、準決勝の相手は都大会出場候補でもあるあの柿ノ木中だ。
まさかな…なんてそわそわした気持ちのままホワイトボードを覗いた私の目は、驚きでぱっちりと開かれた。


「うそ…」


零れた言葉に、リョーマが怪訝そうに私を見上げる。
トーナメント表に書き記された数字は3-0。
柿ノ木vs不動峰は、不動峰中のストレート勝ちだった。


「何?決勝の相手?」
「…うん…まさか、柿ノ木中がストレート負け…」
「ふーん」


ふーん、て…
対して興味のなさそうなリョーマに、変な緊張感がゆるゆると解けていく。


「とにかく、早く戻って国光達に教えなきゃ」


トーナメント表のプリントにスコアを書き写し、来た時とは逆に少し早足で荷物置き場へと戻れば、そこでは荒井くんがレギュラー達に囲まれて何やら慌てた様子で身振り手振りの説明をしている。


「何かあったの?」


そう声をかけながら近づく私に、振り返った荒井くんが同じように両手を振りながら焦ったような声で言った。


「あっ、名前先輩!それが、柿ノ木中がストレートで負けて…!」
「あぁ、その話か。私も今ホワイトボード見てきたよ」


どうやら荒井くんの方が私よりも一足早かったようだ。


「それで、決勝はどこに?」


秀の問いかけにポケットから畳まれたトーナメント表を取り出し、かさりと広げて彼らの前へと差し出せば、秀を始めとした周り数人がプリントを覗き込む。


「不動峰中」


不動峰中!?とタカさんが驚きの声を上げた。


「…って、昨年の新人戦の直前、暴力沙汰で出場辞退した?」
「えっ!?」


ぼ、暴力沙汰…!?それは初耳だ…!


「俺あそこの顧問嫌い。エラそうで」


タカさんと英二からの情報だけだが、今のところの不動峰に関しての印象はあまり宜しくない。
ていうか暴力沙汰が気になりすぎて決勝に不安しかないんだけど…
気になった時点で一試合でも彼らの試合を見ておけば良かったかもしれない。
青学の試合の記録を録らなければいけないから、簡単にふらりと見に行けるものでもなかったけど…


「貞治、不動峰中の試合とか見てきた…?」
「バッチリ」


ダメ元でそう聞けば、貞治は得意気ににこりと笑ってノートを捲った。
流石貞治、しっかり不動峰中の試合を見てきたようだ。


「柿ノ木戦を見てきたけど、全く別物だったね」


貞治が言うには、皆が知る過去の不動峰中のレギュラーは誰一人としておらず、全員が新レギュラーのよう。
部長以外は全員2年生、そして、英二が嫌いだと言っていた顧問も替わったらしい。


「鍵を握るのは、実質的に監督も兼任している部長の橘という男…」
「2年生にあの九鬼君が圧倒されたって」
「………」


橘…
聞いたことは無いが、無名だった不動峰中をここまでのレベルに持ち上げたのならば、相当な腕の持ち主なのだろうか。


「でもウチならそんな新参者余裕ッスよ!!ブッチギリ優勝ッス!!」


神妙な空気が流れる中堀尾くんの明るい声が聞こえ、皆のテンション回復の為にも同調しようと顔を上げた私の視界の端に映る、黒、黒、黒。
あ、という私の声と、ほ、堀尾くん…!と水野くんの焦ったような小声が重なり、堀尾くんがハテナを飛ばしながらくるりと振り返った。


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