10
堀尾くんの背後を埋めるように立ち並ぶ黒いジャージには、胸部に"不動峰"と縦文字で刺繍が施されている。
「わわっ!!ふ、不動峰!!?」
後ずさるように道を開ける堀尾くんの後ろから、ぞろぞろと真っ黒いジャージが数人、一人の男の子を先頭に国光の方へと歩いていく。
「手塚だな」
先頭にいた男の子…恐らく彼が部長である橘くんだろう。
橘くんは国光の前まで来るとピタリと歩みを止め、真っ直ぐに国光を見つめた。
ま、まさか一触即発…!?と警戒して身構えていると、
「俺は不動峰の部長、橘だ!いい試合をしよう」
ストン、と肩の荷が降りた気がした。
それくらい、橘くんの言葉はスポーツマンらしい真っ直ぐな音を持っていた。
「ああ」
国光がそれに応え、橘くんと握手を交わす。
なんだ、聞いていた話と全然違うじゃないか。
ほっと安堵の息を吐いているとふと橘くんがこちらを向き、彼の強い目と目が合ってどきりと体が鳴る。
「青学のマネージャーか?」
「は、はい。3年の苗字です。よろしくお願いします」
「そうか。改めて、橘だ。同じ3年なんだ、そんなに気を使わなくていい」
橘くんは表情を緩め、よろしく、と思っていたより丁寧な礼をしてくれた。
聞いていた話をひっくり返されたのも相まって、めっちゃいい人そう、というのが第一印象。
それから、きっと彼は強い。
彼が何者かは知らないが、これほどまでに実力を持っていそうな彼が何故ノーシードの不動峰中にいるのか。
ここまでの印象を含め、彼はタカさんの言っていた昨年の暴力沙汰にどんな関与があるのか。
疑問は尽きないが、彼らとの決勝戦は青学にとって良い試合になるだろうと直感が告げる。
「へぇー、いいなぁ青学、こんな美人なマネージャーさんがいんのかよ。橘さん、ウチもマネージャーどうですか?った、例えばですけど…」
「コラ神尾、初対面で失礼だぞ」
「す、スイマセンっ…!」
「…マネージャーねぇ…別に羨ましく無いけど、なーんかムカつくなぁ…」
「コラ深司」
「すんまそん」
「すまない、ウチの連中が」
「い、いえいえ…」
…不動峰中にも中々に面白いメンバーがいるようで。
神尾と呼ばれた男の子とは真逆に、全くすまなさそうにしていない深司と呼ばれた男の子。
彼は平然としながらも手元のラケットを縦に持ち、フレームの上でボールを跳ねさせたり転がしたりと器用な事もしているし…
堀尾くん達もそれを見ているのか、少し後ろの方から、全然手元見てないのにあんなスゴ技!なんて声が聞こえてくる。
フレームの上で跳ねているボールをちらちらと見ていると、いつの間にかその音が二重になって聞こえてきて…あれ、耳おかしくなった…?
深司くんとは別のその音の出処を探って首を捻れば、
「…あ〜」
少し離れたベンチに座り、先程私が買ったファンタを飲みながら深司くんと全く同じことをしているリョーマがいた。
なにリョーマ…挑発のつもりなのそれ…
「ダブルスと補欠で相当ストレスがたまってるみたいだね」
呆れたように言う貞治の横で桃が、ププ、と笑う。
じっとリョーマを見つめている橘くんと、その他不動峰中のレギュラー達。
やがて橘くんが、行くぞ、と声をかけ、彼らはまたぞろぞろと来た道を引き返して行った。
彼らを見送り、ホッとしたように胸を抑えるタカさんの隣にススッと近寄る。
「ねぇタカさん、去年の不動峰の暴力沙汰って…?」
「いや、俺も詳しくは知らないんだ。知ってるのは暴力沙汰で新人戦の出場を辞退したってことだけで…」
「そっか…」
橘くんを中心とした彼らが暴力沙汰を起こすような人達には見えない。
でも人は見かけによらないって言うし…いや、きっと何か理由があったのだろう。
これから始まる決勝に向けて、そういうことであって欲しい、と僅かな願いを込めて天を見上げた。
* * *
「いいかい、決勝の不動峰戦、今までと同じと思うんじゃないよ。柿ノ木中を全く寄せ付けなかった程のチームだからね」
「「「はい!」」」
竜崎先生によって発表された不動峰戦のオーダー。
D2に周助とタカさん、D1に秀と英二、S3に薫、S2にリョーマ、そしてS1に国光。
きっと不動峰は橘くんがS1で出てくるだろう。
その他は先程試合を見てきた貞治の助言によって組まれた今回のオーダーは、全体的に見ても申し分のないものだ。
「やったー!!とうとう越前君のシングルスデビューだ!」
「よーし!応援も気合い入れるぞ!」
盛り上がる応援団を微笑ましく見ていれば、隣にいた貞治がスっと前へ一歩踏み出す。
「試合の前のアドバイスだけど…」
そう言う貞治の言葉に、分かっている、というようにレギュラー達は全員揃って屈み、ベリベリと足首に巻かれたパワーアンクルを剥がしていく。
どさ、と重い音を立てて地面にパワーアンクルの山を作りながら、秀がどこか楽しそうな表情を浮かべた。
「まさか、地区予選で外すとは思わなかったな」
「何だ、分かってるって訳ね」
貞治が秀に笑みを見せる。
ふと視線の端で動いた人影に目を向ければ、桃も皆に倣ってパワーアンクルを外そうとして……ん…?
「…桃〜、補欠は巻いておきなさーい」
「あ」
バレた、というような引きつった笑みが私に向けられた。
しぶしぶ巻き直す桃に近寄り、ぽん、と背中を叩く。
「俺も出たかったッス…」
「まぁそうだよねぇ。不動峰戦、楽しそうだもんねぇ」
「ウッ…」
「今は温存しといて、都大会でたくさん暴れておいで」
「うっす…」
話ついでに、先程リョーマにもしてあげたようにたった数時間の練習でダブルス頑張ったで賞の話を桃にすれば、桃はちょっとだけテンションが回復した様子でキラキラと輝きを取り戻した目を私に向けてくれた。
後輩というものは本当に可愛いと思いました。
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