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始まった青学vs不動峰の決勝戦。
緒戦はD2。
青学は周助とタカさん、不動峰は桜井くんと石田くん。
第1シード校である青学とノーシードの不動峰の試合は、誰もが青学の圧勝で展開されると予想していただろう。
周助の背を越しながらも勢いよくコートに落ちたボールが、その回転を利用して更に大きくコートから逃げるように跳ねていく。
「30-15!」
主審のコールに、ペンを持つ手に力が入った。
隣にいた貞治がふと手元のノートに視線を落とし、さらさらとペンを走らせた。
「…強いね、不動峰」
「あぁ。今のトップスピンは強烈だな」
「ゲームカウント自体は4-3で青学が一歩リードではあるけど…どのゲームも全部スコアが競ってる」
「1ゲームごとのラリーも長い。彼ら、良い精神力を持っているね」
貞治の言う通り、現在もコートではひたすらに後衛ポジションにいる周助と桜井くんのラリー戦が続いている。
ここで不動峰にポイントを取られたら40-15。
この流れのままゲームカウントが4-4になってしまう可能性が高いだろう。
仕掛けるならば早めに仕掛けておきたいが、逆にその焦りが更にこちらの首を絞めることにもなりかねない。
「焦るな…大丈夫…」
フェンスを隔ててそう呟くことしか出来ないのがこんなにも歯痒いなんて。
「ラリーの応酬!なんてねばっこいテニスするんだ…!」
「トップスピンのキレも増してきたよ!プレッシャーなんて全然なさそう!!」
「不動峰サイドの方が気迫で押してるような…!」
不動峰の選手達からは、本当に真っ直ぐにテニスと向き合う強い心を感じる。
他校からも注目の高いあの天才不二周助を相手に全く怯まず向かってくる彼らは、敵ながら応援したくなる程だ。
不動峰は強い。
そして不動峰をその芯を持つ強さへ導いたのはきっと…
「貞治」
「うん?」
「橘くんて、何者?」
「ゴメン、急なことでまだ彼についてのデータは無いんだ」
「そっかぁ…そうだよね」
「調べてみるのもアリかもしれないね」
「…ほ、程々にね…」
「フフ」
橘くんのプライバシーをほんのちょっと心配しながら、彼からコートへと視線を戻す。
まだまだラリーが続くこの状況で、タカさんも石田くんもポーチのタイミングをじっと見計らっているようだ。
でもこのままじゃ終わりが来ない。
誰かが動かなければ…
「!」
周助のラケットヘッドがふわりと揺れる。
手首が緩やかに内側へと丸められ、上から下へ、切り裂くようにラケットが振り下ろされた。
周助の打ち出した球は一直線に桜井くんと石田くんの間へ刺さり、
「打球が…弾まない!?」
弾むことなく滑るように二人の間を駆け抜けていった。
…久しぶりに見たかも、アレ。
というより、本気の端を見せた周助を見たのが、という方が正しいだろうか。
「な、何だ今の!?」
「返された打球が地面スレスレで…!」
ザワつく応援席に紛れ、1年トリオが慌てたように私と貞治、そしてコート内の周助へと視線を行ったり来たりさせる。
「"つばめ返し"。周助の得意技だよ」
「"つばめ"…」
「"返し"…?」
そ、とメモを取りつつ1年トリオに笑いかければ、貞治も同じように自身のノート上で動かしていた手を止めた。
「不二の得意とする"三種の返し球(トリプルカウンター)"の内の一つだよ」
カウンターを得意とする周助には、主に3つの返し球がある。
その1つがこの"つばめ返し"だ。
相手のトップスピンを利用し、更に同じ方向に回転を与えて2乗の超回転を乗せたスライスカウンターショット。
相手がトップスピンをかければかける程更なる逆回転で戻ってくるという、結構私好みの技なのである。
これでスコアは30-30。
そこから更に、タカさんによるパワーショットに打ち負けた桜井くんのミス球を周助が上手く逆をついて返してポイントを重ね、30-40の青学リードだ。
青学の応援にも気迫が蘇ってきた。
「よっしゃーっ!ブレイクチャンス!!一本集中、ここが正念場だ!!」
「うん」
周助は分からないが、どうやらタカさんにも笑顔を見せられる心の余裕が生まれたのはとても大きい。
次のポイントがこの先を左右する。
取れば5-3、そしてその次は青学のサービスゲームで一気に有利になる。
グイ、と石田くんが右腕のジャージの袖を捲りあげた。
向こうもこのポイントが重要だと理解しているのだろう。
…が、何かがひっかかる。
石田くんを始めとする、不動峰サイドの空気がどことなく変わったような気がする。
「…何か仕掛けてくる…?」
「あぁ、俺もそう思う」
貞治が同調してくれたのなら、この違和感は間違いないはず。
ただ、その違和感の出処が分からない。
何も起こらないままラリーは続いていく。
…いつ、何が来る。
周助やタカさんもこの違和感に気づけているだろうか。
何故かチラチラと橘くんを気にする素振りを見せ始めた石田くんに、私の視線は当たり前のごとく何度も橘くんへと向かう。
少し難しそうな表情で顎に手を当てている彼は、何かを考え、答えを出しあぐねているかのよう。
何度目だろうか、私がふと橘くんに視線を向けたその時、橘くんが人差し指を空に向けてクイ、と小さく動かした。
何が来る、と慌てて石田くんを視線を戻せば、石田くんが今までに見せなかった構えをとった。
足を大きく開き、腰を低く落とした彼はラケットをぶわりと後ろへ引き、グググ、とその腕に力を込めていく。
「いけ!!石田ぁ!!」
「"波動球"!!」
「「「!?」」」
不動峰サイドから大きな声が届き、全員の視線が石田くんへと向かう。
「ヌンッ!!!」
全身の力を込め、石田くんがラケットを振り抜いた。
その大柄な巨体から繰り出される渾身のフラットショットは、まさに波動球という名が相応しい。
これを決められれば折角作ってきた青学の流れが崩されてしまう。
かといって下手に受け止めに行けばあの球の餌食になってしまう。
あんな球、返したら手首どころか腕全体に相当の負荷がかかるに違いない。
だけど、周助は何の迷いもなく波動球の軌道上へと向かっていった。
「!っ周助…!」
だめ、待って、無理しないで…!
「不二!どけ!!」
聞こえた大きな声は、周助の前に勢い良く入り込んだタカさんのもの。
両手で力強くラケットを握り締め、
「うお…ぉおおっ…!っグレイトォ!!」
驚きに目を開く私の視線の先で、タカさんは石田くんの波動球をしっかりと打ち返した。
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