12


「「「やった!!返したぁ!!」」」


嬉しそうな1年トリオの声に、私も思わず身を乗り出した。
返した、あの球を、…すごい、……すごい、けれど…!

タカさんが返したボールの先では、また石田くんがあの構えを取っている。
一球でも返すのに手首に相当な負担がかかっているはずなのに、それを連続で、となるといよいよタカさんの腕が使い物にならなくなってしまう。
かといって、タカさんは決してあの球を周助に取らせるようなことはしないだろう。
見送ってもいい、どうか、無茶だけは…!
そう思いながらフェンスを握りしめていると、


「やめろ石田!お前の腕が!」


第三者の声に視線を送ると、慌てたようにベンチから立ち上がっている橘くんがいた。
どういう、…まさか、石田くんはまだあの波動球を使いこなせていないのだろうか。
きっとあの球を打つ彼自身の腕にも、相当な負荷がかかっているのだ。

橘くんの声を無視して、石田くんはまた波動球を放とうとラケットを大きく振り出す。
……が。


「!ガットが…」


恐らく初球の波動球でガットが切れたのだろう。
中央が大きくへこみ、その更に中央に空いた穴を、ボールはするりと通り抜けた。


「た、助かったぁ…」


青学応援団から安堵の声が聞こえる。
たまたま相手のガットが切れてくれたお陰でポイントは青学サイド、ゲームカウントは5-3と一気に有利になった。
次は青学のサービスゲーム。
サーブを打つのは……タカさんだ。


「スゲェ気迫のぶつかり合い!」
「河村先輩ー!あと1ゲーム!バーニングサーブで決めちゃってください!!」


盛り上がる周りとは逆に、私の顔は曇っていく。


「…貞治」
「…あぁ」


貞治も、難しそうな顔をして小さく頷いた。


「乾先輩、名前先輩?なんでそんな顔してるんですか?」
「次の河村先輩のサーブで青学の勝ちッスよ!!」


嬉しさを抑えられないような緩んだ笑顔でこちらを見上げる1年生に、私の視線はコートへ向かう。
不思議そうに私の視線を追った彼らは、周助がツカツカとタカさんの側に歩み寄るのを見て更に首を傾げた。
やっぱり、周助も分かっていたようだ。
周助がタカさんの右手首を掴んで持ち上げるとすぐに、タカさんの痛そうな悲鳴が聞こえた。


「ボクをかばったんだね。…審判、この試合、棄権します」


静かに言い放った周助の言葉に、コート周りが驚きにザワりと揺れた。
だけど私はその逆で、その言葉に救われたような思いで小さく息を吐いた。


「何言ってるんだ!!まだやれる!!最初のこの試合がどれだけ大事か…!!」


タカさんは慌てたように周助に言うけれど、


「タカさん!」
「!」


彼の名を呼べば、ハッとこちらを振り向く不安そうな顔。
ラケット持ってるはずなのに、と少し可笑しく思いながら、私はわざと眉を吊り上げてタカさんをじっと見つめた。


「試合は勿論大事だけど、それよりも大事なものがあるでしょうが!」
「っ…名前ちゃん…」


タカさん、と今度は周助が彼の名を呼び、そしてベンチに並ぶ頼もしい仲間達を指差した。


「大丈夫だから…ねっ」
「……あ、…あぁ…」


力無い言葉と共に、するりとタカさんの手からラケットがこぼれ落ちる。


「ス、スマン、みんな…」


空気の抜けたようなタカさんの元へ、救急セットを抱えて貞治と共にフェンスゲートを通り抜けた。


「タカさん、腕出して」
「一応病院に行った方がいいね。骨にヒビが入ってるかも」
「ちょっ…貞治、そんな怖いこと…!」
「いってぇ〜…」
「ガマン」


この人鬼だ…とは思いつつも、とりあえず今は目の前のタカさんの腕に集中した。



* * *



「ほんとに一緒に行かなくて大丈夫…?」
「大丈夫だよ。痛めたのは手首だし、歩くのには問題ないからさ」


コートから出ながら尋ねた私に、タカさんはすまなさそうに笑いながら言った。


「それより、名前ちゃんはここにいて皆の応援をしてあげてよ」
「…今だけ自分が二人欲しい…」
「ハハ…気持ちだけ貰っておくよ、ありがとう」


一旦応急処置をした右手首をさすりながら、それに…とタカさんがフェンス向こうのコートを振り返った。


「あの二人だって、名前ちゃんに見ていて欲しいと思ってるよ、きっと」


コートでは、そろそろD2の試合が始まろうとしている。


「…何かあったらすぐ連絡してね?」
「うん、勿論」


せめてタカさんを見送ってからコート前へ戻ろうと、そのままじっと立っていると、


「え、えーっと…それから…!」
「?」


どこか照れくさそうにしているタカさんに首を傾げれば、タカさんは片眉を下げてへにゃりと笑った。


「手首は痛めちゃったけど、俺があの波動球を返せたのは名前ちゃんのお陰なんだ…」
「へ?私、何も…」
「前に言ってくれたじゃないか。俺にはパワーがある、青学最強の武器だって」
「あ、」
「その言葉が、俺の力になってくれた。…結局、棄権なんてことに」


タカさんの言葉は、私がそっと彼の手首に手を添えたことで止まった。
少し驚いたように私を見下ろすタカさんを見上げ、


「ナイスパワーだったよ!タカさんだから返せた球だったね」


次に活かそう、と笑いかければ、タカさんもまた照れたように小さく頷いた。

その後、今度こそタカさんを見送ろうとしていた私の元へ、2年の林くんと池田くんが走り寄ってきた。
どうやら二人がタカさんの病院への付き添いをしてくれるらしい。
最初は私もタカさんも、彼らの今後のために試合を見ていた方がいいのでは、と戸惑いの表情を浮かべたが、結局二人のタカさんを心配する熱量に押され、申し訳なさ半分嬉しさ半分で二人にタカさんをお願いすることにした。


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