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D1の試合は流石黄金ペアとでも言うべきか、ゲームカウント5-2での優勢で試合が進んでいる。
秀はいつも通り冷静にゲームやコートの状況把握が出来ているし、英二も前より目に見えてスタミナが付いたキレのあるアクロバットプレイを見せてくれている。
次は青学のサービスゲームだし、このまま大きな問題が無ければD1は落とすことは無いだろう。

不動峰のリターンに反応した英二が、相手の体制が整う前にボレーで足元へと返す。
どうやら集中力の方も問題無いようだ。
ほぼほぼ勝利を確信したところで、ぽつ、と頬に水滴が落ちてきた。


「!雨…」


バインダー上の紙が濡れないように守りつつ空を見上げれば、更にぽつぽつと顔に雨が当たっていく。
降り始めた雨は土砂降りにはならないものの、すぐにその量を増した。


「うっそー!?雨だよ!!」
「ひぇー!傘、傘!」


慌ただしくなるフェンス前で、貞治は冷静に空を見上げる。
私は私で、近くに置いてあったラケットバッグから折りたたみ傘を取り出した。


「ここからもっと降ってきたらどうしよ…」
「この程度なら、すぐ止みそうだけどね」
「ほんと?」


ばさりと傘を広げ、自分と貞治の上に掲げる。
…が、


「俺はいいよ。小さい傘だし、俺の身長に合わせたら名前が濡れるだろう」
「…ごめん、折りたたみじゃなくて普通の傘持ってくれば良かったね」
「大した雨じゃあないし、タオルも持ってるから気にしなくていい。…でも、多かれ少なかれプレイには影響が出そうだな」


貞治の言葉に、少し前からの不安要素だった英二へ視線を移した。
生憎この会場のコートはクレー(土のコート)だ。
徐々に重い色に変わっていくそこに、いつ泥濘が出来るか分からない。
ボールだって水分や泥を吸って普段よりも重くなるし、イレギュラーバウンドも多くなる。
泥濘が増す前に止めばいいけど…


「英二!」
「なんじゃらホイホイっ!」


コートからは、先程よりも気を引き締めた様子の二人掛け声が聞こえてくる。
不安が募りながらも目を向けるコート内でついに、地面を踏みしめた英二の左足がズルリと滑った。
あっと思ったのは私だけじゃない。
前衛ポジションにいた不動峰の内村くんもまた、前方へと体制を崩した英二を好機と捉え、英二の背面へとクロスボレーを打ち込んだ。
抜かれるか、いやだとしてもきっと秀が上手くカバーしてくれるはず。
そう思いながら見つめていたボールは、肘を大きく引いた英二が持つラケットの面に綺麗に当たった。


「ウソ!?またかよ!!」
「あいつ何でこんな雨の中ネコのように反応できるんだ!?」


英二が返した球を、再度内村くんが先程とは反対へと打ち返す。
言葉には焦りが現れているものの、彼の球筋は的確に英二を抜こうとする意思が込められている。
でも、ノリに乗った英二はそう簡単には抜けはしない。


「今度はダイビングボレー!?」
「ほいっ!」


ボールに飛び込んで打ち返した英二は、泥濘んだ地面に着いた左手を軸に華麗に一回転し、すぐに地面を強く蹴った。


「な、なんて動きしやがる…!もう捕球体制に入って…」


サイドにずれた英二と、後方を守る秀の間を上手く抜こうと打ち出したのであろうボールに、英二は難なく追いついた。
体制も問題ない英二のボレーを警戒し、不動峰サイドは大きく後ろに下がっていく。
バックハンドに構えた英二がにやりと笑い、


「にゃーんてね」
「「!?」」


英二は球を打たず、避けるように素通りした。


「あ!?」


その後ろから現れたのは、いつの間にかネットに詰めていた秀だ。
皆英二のアクロバティックな動きに目を奪われ、秀の動きに気づけなかったのだろう。
不動峰の二人が大きく空けてしまった前方サイドに秀のボレーが打ち込まれ、途端にベンチ周りは歓声に包まれた。


「ゲームセット!ウォンバイ青学 6-2!!」


「よっしゃーーーっ!!」
「さすが青学黄金ペア!これで一勝一敗!」


隣から聞こえる1年トリオの喜びの声に頬を緩め、互いにピースサインを送り合う英二と秀に拍手を送った。


「あんなアクロバティックな菊丸の動きをサポート出来るのは、視野が広く状況に応じて対処出来る大石しかおらん。あれが本来の阿吽の呼吸というもんだ!」


聞いとるか!?と笑い半分で竜崎先生に言われた桃とリョーマの頭が、ほぼ同時に少しだけ下がったのに笑ってしまった。


「おかえり!」
「たっだいま〜!」
「ただいま」


ベンチに戻ってきた英二と秀が、周助から受け取ったタオルで雨水を拭いながら笑顔を浮かべてフェンス前に近づいてくる。


「二人ともお疲れ様。ナイスコンビネーションだったね」
「あったり前じゃん!俺と大石に勝てない敵はいないよん!ねっ、大石!」
「あぁ!」


それより〜!と、口をへの字にさせた英二がぐぐぐと私に詰め寄ってきた。


「名前〜!よそ見ばっかり!!」
「ご、ごめんて…!」


ハハ…という秀の苦笑が聞こえる。
二人なら勝てると信じてたし、英二は前より大分周りを見られるようになったし、体幹も集中力も凄く成長したし、要所要所のポイントはちゃんと見てたから、と謝罪を交えてしどろもどろに弁明していれば、沢山褒めたのが効いたのかいつの間にかへにゃりと表情を崩した英二が得意気に笑った。


「ほら、言ったろ英二。名前ちゃんはしっかり見ていてくれてるって」
「まっ、今回は許してあげる!でも次はもっとちゃんと見てろよ〜?」


つん、と私の鼻を突き、英二は機嫌が良さそうに鼻歌交じりでベンチに戻って行く。
…英二が思った以上に単純で助かった。
よそ見してたのはごめんだけど。


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