7
今日は4月期校内ランキング戦の総当り表を作成する日。
その後には普通に部活もあるし、国光からも先に着替えてから空き教室に来てくれと言われていた為、少し長引いてしまった先生への用事の遅れを取り戻すために急いで昇降口へ向かえば、そこにはまさに外へ出ていこうとする秀の後ろ姿があった。
もうジャージも着てるし、空き教室ではなく外に何か用事でもあるのだろうか。
「秀!」
「あ、名前ちゃん。用事終わった?」
「うん。それよりどっか行くの?」
「部室に、部員達のデータをまとめたファイルを取りに行こうと思ってね」
なるほど、それなら、と口を開いた。
「私これから着替えに行くし、ついでに持ってくよ」
「えっ、本当?そうしてもらえると助かるよ」
「ごめんね、案外話が長引いちゃって…もう少し遅くなるって竜崎先生と国光にも伝えておいて貰っていい?」
「了解、じゃあ教室で待ってるね」
秀と別れ、私は着替えるために女子テニス部の部室へと向かった。
男子テニス部のマネージャーをやることが決まってすぐ、女子テニス部から是非使ってくれというお言葉を頂いたのだ。
私は別にどっちでもよかったのだが、当時の女テニの先輩達から、名前ちゃんはあんな所で着替えるなんて絶対にダメ!ダメ!ダメ!と断固否定されてしまい、流されるままに現在でも使わせてもらっている。
友達も何人かいたし、初めましての人達も優しい人ばかりで、私がテニス経験者だと知った彼女達は今ではもう私も部の一員のように扱ってくれて、有難いような嬉しいような申し訳ないような、複雑な心境だ。
「…あれ?」
女テニの部室から身知った女の子が出てくるのが見えた。
…そっか、テニス部に入ったんだ。
なんだか嬉しくなって、少しくらいいっかと私の足は部室の前を通り過ぎていった。
「桜乃ちゃん!」
後ろ姿に声をかければ、彼女は長い三つ編みをふわりと舞わせながら振り返った。
「名前さん!あっ、名前先輩…!」
「ふふ、どっちでもいいよ。桜乃ちゃんもテニス始めたんだね」
「はいっ!その、リョーマくんに、憧れて…」
段々と声をしぼませる彼女は見ていてとても微笑ましい。
そうだよね、間近であんなプレイを見たらそうなるのも頷ける。
私だってそうだったもん。
「あ!あの!」
「ん?」
「入学式の司会、とっても素敵でした!かっこよかったです!」
副会長さんだったんですね…!と、キラキラした笑顔と言葉につられて、私も自然と笑顔になっていく。
「ありがとう。そう言って貰えると、やってよかったよ」
「名前さん、もしかして女子テニス部なんですか?」
「んーん、私は男子テニス部のマネージャーだよ」
「えっ!?」
自分でもその大きな声に驚いたのか、桜乃ちゃんは慌てて自身の口を覆った。
竜崎先生から聞いてると思ったけどそうでもなかったようだ。
「そ、そうだったんですか!?」
「うん。ただ、向こうで着替える訳にも…ってことで、着替えだけ女テニの部室を借りてるんだ」
「なるほど……あ、じゃあお忙しいですよね!?お時間とらせてすみません…!」
「や、こちらこそだよ、私から話しかけたんだし。桜乃ちゃんがテニス始めてくれて嬉しくなっちゃった」
ほわりと桜乃ちゃんの頬が染まった。
ああもう可愛いなぁ…
「私、頑張ります!」
「分からないことがあったらいつでも聞いてね。リョーマでもいいし」
「えっ!?あっ、そのっ…!」
「んふふ、じゃあまたね。練習頑張って」
「はいっ!」
軽やかにコートへ駆けていく桜乃ちゃんを見送って、私も着替えるために女テニの部室のドアをノックしてからそっと開けた。
そろそろランキング戦が始まるし、部内もボルテージが上がっているはず。
部室に誰もいないのを確認してから右膝にサポーターを巻き、私のためにわざわざ注文してくれた青学男子テニス部のレギュラージャージを履いた。
本来ならレギュラーしか着れないはずのこのジャージは、私が正式にマネージャーとなった日に皆からサプライズで貰った物だ。
初めて袖を通したあの日のことは、きっと忘れることは無いだろう。
自前のウェアの上から上着も羽織り、ラケットバッグを背負って男子テニス部の部室へと向かった。
* * *
コンコン、と部室のドアをノックすれば、聞き慣れない声の返事が返って来る。
「苗字でーす!誰か着替えてる?」
ドア越しに話しかければ、苗字先輩!?という慌てた声のすぐ後にドアが開いた。
そこから覗いた顔はやはり1年生の子だ。
「お疲れ様です…!」
「お疲れ様。ごめんね、ちょっとお邪魔していい?」
ボウズ頭の子にそう断って中に入れば、あの目立つウェアの子とおかっぱ頭の子、そしてリョーマがいた。
なんだよリョーマ、いたなら返事してくれれば良かったのに。
ラケットバッグを端に置き、真っ直ぐファイル棚へと向かう私に横から、あの!と声がかかった。
「あのっ、苗字先輩!」
「ん?名前でいいよ。どしたの?」
「お、俺っ、堀尾聡史って言います!入学式の司会めちゃくちゃかっこよかったです!」
「おぉ…ありがとう堀尾くん」
目立つウェアの子は堀尾くんというらしい。
そのままの流れで、おかっぱ頭の子は加藤勝郎くん、ボウズ頭の子は水野カツオくん、と自己紹介してくれた。
2人も司会を褒めてくれて、なんだか照れくさい。
back