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「おい越前!お前も自己紹介くらいしろよ!」
ここまで一言も話さないリョーマに、堀尾くんが慌てたように声を掛けた。
「別に、今更じゃん」
「おいリョーマ、先輩だぞ、せ・ん・ぱ・い」
「わざとこっちに球打ったくせに」
「い、いや、あれはごめんて…」
やべ、走らされたの根に持ってるこの子…
いやでもあれは私悪くないし?荒井くんが突っかかったからだし?
「あ、あのー…」
恐る恐るかけられた声に振り向けば、おかっぱ頭の…えっと、加藤くん…?が私とリョーマを交互に見ていた。
「名前先輩とリョーマ君、お知り合いなんですか…?」
「あれ?話してないの?」
「話す必要ないし」
「うそ、私レギュラー陣には話しちゃった。話さない方が良かった?」
別に、と短く言い、ふいっと視線を落としたリョーマは黙々とシューズの紐を結び出す。
一旦目当てのファイルを引き抜いた私は、仕方ない、と再度3人へ向き直った。
「親同士が仲良くてね。リョーマとは小さい頃からの知り合いなんだ」
「「「えぇっ!?」」」
そ、そんなに驚くことか…?
「この子、こう見えて優しいから、これからも仲良くしてあげてね」
「「「は、はい!」」」
「じゃ、また後で。1年生は今日はマラソンと素振りだよね?マラソンは私がタイム測るよ。頑張ってね〜」
「「「はい!お疲れ様ですっ!」」」
「リョーマも頑張ってね〜」
「…ん」
じゃあね、と、ひらひらとファイルを振って部室を出れば、再度お疲れ様です!という大きな声の後、閉じたドアの向こうから何やら騒がしい声が聞こえてくる。
大方、リョーマが質問攻めにでもあっているのだろう。
それにしても、なんとも息の合った3人組だったなぁ。
頑張れ、と心の中でリョーマを応援しながら、私は校舎へと足を進めた。
* * *
軽いノックをしてから空き教室へと入れば、3人分の視線がこちらを向く。
「あぁ、来たね」
「お待たせしました。はい、ファイル持ってきたよ」
「ありがとう名前ちゃん」
「すまない、助かる」
そう言って受け取った国光の眼下には"4月期校内ランキング戦"と書かれた数枚の紙。
Aブロックの1番上の欄に"手塚国光(3年)"と書かれている以外、まだ白紙のままだ。
「難航してんねぇ」
そう言いながら国光の前の席に横向きに座れば、竜崎先生が、仕方ないさ、と笑った。
「今度の校内戦は都大会のレギュラー決めみたいなもんだしね。気を使うだろう」
「…はい」
国光は右手でファイルを捲りつつ、左手は逆さまにしたペンの背でトントンと机を叩いている。
この紙に、果たして彼の名前は書かれるのだろうか。
「そういえば、竜崎先生と名前ちゃんはお目当ての選手がいるんでしょ?例えば、1年に…」
私が考えていることが筒抜けだったかのように、秀が竜崎先生と私へ交互に視線を送った。
「いない、って言ったら嘘になりますよね」
「ふっ、アタシらの考えはともかく、基本的にウチの部じゃ1年は夏まで出れないんだろう?」
小さく秀が笑い、ちらりと国光の背中を盗み見た。
「まあそれは、部長が決めるコトですから」
ふと国光が顔を上げ、私を視界に入れた。
「お前はどう思う」
どう思う、という言葉が向く先は、きっとリョーマのことだろう。
「私が意見出していいの?」
「アドバイスとして受け取るつもりだ」
「アドバイスねぇ…」
アドバイスよりも、ほぼ頼み事と言ってもいいくらいの言葉ばかりが浮かんでは消えていく。
静かに私の返答を待つ国光に、
「お願い、でもいいかな」
と言えば、彼は僅かに顎を引いた。
「あの子の道になってあげて欲しいんだ」
「…それは、どういう…?」
「私はもう、あの子の道にはなれないから」
「………」
「なーんてね!リョーマは強いよ。でも、ここにいればきっともっと強くなると思ってる」
立ち上がった私は国光からの返答を待つことなく、窓辺に近づき下を見下ろした。
この教室の窓からは、テニスコートが良く見える。
……国光はあの言葉をどう受け取ったのだろう。
部長としてただでさえ大変なのに、今以上に変な重荷を抱え込ませてしまったのではないかと、今更ながらに後悔した。
カリカリとペンを動かす音を背景に、悶々としたまま暫く部活の様子を眺めていれば、なにやら一悶着起きそうで。
変なことを言ってしまう前に、もっと早くこれを国光に見せたかったなぁ。
「…ちょっといい?」
振り返る私に、手を止めた国光と秀が不思議そうな顔を向ける。
私はそっと下を指さした。
「面白いものが見れるよ」
* * *
いつからか部室に置いてあった年代物のボロボロのラケットで、呆気なく荒井くんを負かしてしまったリョーマに、くすりと小さく笑みを零した。
「どう思う手塚!?」
興奮したように秀が国光を振り返るが、国光は鋭い視線を下に向けたまま。
「規律を乱す奴は許さん…全員走らせておけ」
「おぉ…」
「え、レギュラー達も?」
「あいつらもだ」
そう言って去っていく国光を、竜崎先生が小さく笑って見送った。
あの表はどうなっただろう。
先程まで国光が座っていた机に置かれた校内ランキング戦の総当り表へ目を落とせば、Dブロックの最後の枠に書かれた名前に安心と笑いの息が漏れた。
「竜崎先生」
「……おや」
私から紙を受け取った竜崎先生もまた、同じように口端を上げ笑う。
…ありがとう、国光。
そこには確かに、リョーマの名前が記入されていた。
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