いつだって、これからも
"名前の分まで強くなるからっ…!"
最後に見た背中は、それまで必死に追っていたあの眩しい面影なんてなくて。
"名前…!"
呼んだ声にも、伸ばした手にも、アンタは返事もせず振り向くこともせず、ただ一人遠くなっていく。
「………」
ここ一年程見ることは無くなっていたあの時の夢を見た。
久しぶりに彼女に会ったからなんだろう。
久しぶりに、彼女とコートの上で対面したからだろう。
アンタの背中にはあの時の重く暗い影はもう無くて、安堵したのと同時にどこか悔しさが込み上げてきた。
俺には届けられなかった声が、届かなかった手が、全く知らない奴によって塗り替えられたこと。
"青学って強いの?"
"強いよ"
アンタをそんな顔にさせるソイツらとは比べられないくらい、俺はアンタの事を知ってるのに。
「……ムカつく」
今が何時かなんて、そんなの知らない。
考えるよりも先に伸ばした手は、枕元のスマホを掴んでアンタの名前を探していた。
* * *
「リョーマ〜!」
名前は手を振りながら、にこにこと嬉しそうに俺の名前を呼ぶ。
黙ったままの俺の隣まで来ると、お待たせ、とまた笑った。
「まさか、リョーマから誘ってくれるとは思わなかったなぁ」
「ずっと同じ相手ばっかりだと飽きる」
「とか言って〜、南次郎さんには勝ったんですか〜?」
「………」
歩き出す俺の後を、名前は小さく笑いながらついてくる。
…昔は逆だったな、…なんて、そんな気がしただけだけど。
ストリートテニスコートに着けば、まだ比較的早い時間だったこともあって人はいなかった。
併設されたベンチに荷物を置き、暫く打ち合いを続けていると、
「おっと?見ねぇ顔だな」
突然聞こえた声にチラリを視線を向ければ、高校生くらいだろうか、ラケットバッグを背負った知らない二人組がこちらを見ていた。
「ガキに女か。もう少し強そうな奴だったら、試合してやったのになぁ」
「やめとけ。ここら辺じゃ、お前に勝てる奴なんていねぇよ」
誰?
へへへ、と嫌な笑みを浮かべる彼らに苛立ちを覚えたその時、名前がボールを止めて彼らの方へと歩いていった。
「あの、コート使います?私達暫く打ってたので、良かったらどうぞ」
別にそんな奴らに譲らなくたって…とは思うけど、名前が言うなら仕方がない。
小さくため息をつき、コートから出てベンチに歩き出した。
が、
「へぇ…キミ中学生?」
「可愛いじゃん」
聞き捨てならないセリフに振り向けば、アイツらの片方が名前の肩に手を伸ばそうとしていた。
俺の足はすぐに反転していく。
ソイツと名前の間に体を割り込ませてじろりと睨み上げ、こんな時、もっと背があればなんて思う。
「…あぁ?なんだ、ガキ」
後ろから名前が驚いたように俺の名前を小さく呼ぶ。
少し焦ったけれど、…ま、こんなんで怖がるような人でもないか。
「ハッ、チビのくせに王子様気取りか?」
「なぁキミ、こんなチビより俺達とテニスしようぜ?色々教えてやるよ」
…本当に腹が立つ。
誰が、誰にテニスを教えるって?
「あー…」
何かを考えているような声が聞こえ、ちらりと名前へ目を向ければ、名前はにこりと笑って俺越しにソイツらへ目を向けた。
「いいですよ」
「なっ、」
焦る俺の言葉は、ただし、という名前の言葉によって消され、
「ただし、あなた達がテニスでこの子に勝ったら、ですけど」
思わず目を見開けば、名前は今度は俺に笑いかける。
「守ってくれるんでしょ?王子様」
* * *
コートに膝をつき、ゼーゼーと息をするソイツら。
あんな事を言ってたからよっぽど腕に自信があるのかと思ったら、全然そんなことはなかった。
「ふふ、リョーマの勝ちですねぇ」
ベンチに座って楽しそうに言う名前に、ゆらりと上体を起こしたアイツらは目を吊り上げて悔しそうに奥歯を噛み締めている。
その片方が、びしりと名前にラケットを振り向けた。
「っ今のは練習だ…!本番はテメェが相手だ、女ァ!!」
先程の仮面を脱ぎ捨て本性を現したソイツは、もはや何のために試合をするのか分かったもんじゃない。
きょとんとしている名前に、俺はため息をついた。
「ねぇ」
声をかければ、ギロリと睨んでくるソイツら。
「俺に勝てないようじゃ、この人には一生勝てないよ」
「!リョーマ…」
まぁ、練習より本番の方が難易度が高いのは何事も同じだろうか。
折角の助言を捨て、ソイツらはやってみなけりゃ分からないと馬鹿にしたように笑う。
名前は一度俯き笑った後に、ふわりと顔を上げた。
「!」
コートの上で、相手に対して見せる目。
「良いですよ、やりましょうか」
アイツらは何をいい気になっているのか、名前の言葉にニヤリと笑う。
「……あーあ。折角忠告してあげたのに」
俺の呟きは、優しく吹く風に乗って消えていった。
* * *
「色々あったけど楽しかった〜」
ストリートテニスコートからの帰り道、名前はとても軽い調子で明るく言った。
結局アイツらは名前にもあっという間にコテンパンにされ、逃げ帰るように姿を消した。
あんなヤツらとの試合なんかより、名前と打ち合いしてた方がよほど得るものがある。
「ね、リョーマ」
「…何」
優しく俺の名前を呼ぶその声は、あの時のまま。
「ありがとう」
「…何が?」
「守ってくれたのもだけど、"俺に勝てないようじゃ、この人には一生勝てない"…って、嬉しかったよ」
……だってそれは、
「本当の事じゃん。俺、まだ名前に一回も勝ってないし」
困ったように笑う名前は、どうせまた変なことでも考えているんだろう。
足を止めた俺の数歩先で名前も足を止め、不思議そうな顔がこちらを振り返った。
「俺は、いつか名前も超えるから」
「!」
「名前も超えて、名前の分まで強くなる。だから、勝手に勝ち逃げなんてさせない」
アンタがまた前を向いて歩き出したのなら、俺はまたそれを追うだけだ。
「リョーマ…」
「俺に負けないように、新しいサーブでも考えといたら?」
「…はは、生意気だなぁ」
眉を下げて笑う名前は、ふぅと小さく息をつき、俺にあの目を向けた。
「臨むところだ」
「…そう来なくちゃね」
くるりと俺に背を向けた名前が歩き出す。
あの時のように、俺はその背中を追いかけて、そしていつか…
「……アンタは、」
「え?何?」
「…なんでもない」
「えぇー?絶対今なんか言ったでしょ!」
「なんでもないってば」
「ちょっとぉ!」
いつだって、アンタは俺の道なんだ。
そしてそれは、これからも、ずっと。
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