チューリップ


「帰る前に少し寄りたい所があるんだけど、いいかな?」


精市はそう言って、私の返事を待つことなくスタスタと歩いていく。
いいかな?って言ったよね今。
ご丁寧にハテナまで付けて疑問形で聞いてきたよなお前。


「何してるの、置いてくよ」
「あぁハイ…」


今更突っ込むのもバカバカしいので、バッグを背負い直して精市の後を追った。

今日は小学校時代から家族ぐるみで付き合いのある幸村家の夕食に招待されている。
なのでこうして精市と一緒に帰ることになったのだが…


「寄りたい所ってどこ?買い物でも頼まれてんの?」


聞けば精市は、いや、と首を振った。


「校庭にある花壇だよ」
「あぁ〜、委員会?」
「それもだけど、個人的にも色々と世話をしているからね」
「ほんと、精市って植物が好きだよねぇ」


幸村家には、それはもう家族の一員みたいに何度も出入りしてるし、精市の部屋にだって何度も入ったことがある。
今も昔も、幸村家の庭や精市の部屋には、彼が育てているたくさんの植物がある……っていうか、もはや"いる"って感じかもしれない。


「名前だって植物好きだろ?」
「…どっかの誰かさんのせいでね」
「フフ、誰だろうなぁ」


その"誰か"のせいで無駄に知識も増えたんですけど。
あぁ、そう言えばあと一ヶ月もすれば5月になるし、精市の部屋にある月下美人もそろそろ咲く準備をしてるのかな。


「ねー精市」
「うん?」
「月下美人、元気?」


精市は少し驚いたように目を開き、すぐに嬉しそうに笑った。
こいつホント花のことになると純粋に笑うな。
いつもそうであれ、頼むから。


「よく覚えてたね。あと一ヶ月もすれば、咲くんじゃないかな」
「前に咲いた時、精市から見に来いって鬼のような連絡があったからね。そりゃ覚えてますよ」
「そんなに見たいなら、咲いたらまた連絡してあげるよ」
「いや、…まぁ、うん」


ふ、と精市が頬を綻ばせ、周りにちらほらいた見知らぬ数人の女子生徒達がため息のようなものを零してフラついた。
騙されてますよ、皆さん。


「ところで、名前」
「んー?」
「さっきから余計な事考えてないかい?」


あっ。
ほら、皆、見て、目が変わったよ、見て。


「名前?」
「嫌だなぁ何も考えてませんよハハハ」
「ふーん。ならいいけど」


こいつの異次元さがテニスだけで本当に良かったと思います。
心を読むとか考えを見透かされるとか、そういう異次元なんてある訳ないとか思ってても、精市…とあと蓮二と雅治辺りにはあってもなんらおかしくない気もする。
あぁあと青学の不二くんとか乾くんとか、氷帝の滝くんとか…


「名前」
「アッハイ!」


突然耳元でハッキリと名前が呼ばれ、私の思考は中断された。
どうやらいつの間にか花壇まで来ていたようだ。
何考えてたの、と聞かれたのでなんでもないと答えれば精市は、ふぅん、と探るような目を一瞬だけ私に向けて、すぐに花壇へと向き直った。
つられるように目を向けたそこは、


「おぉー…一面チューリップだ」
「今年も綺麗に咲いてくれて良かったよ」


半円の花壇は扇状に四等分され、赤、ピンク、白、黄のチューリップがそよそよと風に揺られている。
その周りにはプランターに植えられた、小さなブドウのような花を咲かせるムスカリや、アネモネ、その他小さな花達が太陽の光を浴びて見事に咲き誇っていた。


「…なんかさぁ、勿体ないよね」


漏らした言葉に、精市は振り返ると不思議そうな顔をした。


「ここってあまり人目につかないじゃん。折角こんなに綺麗に咲いてんのにさ」


勿論正門付近にも花壇はあるが、ここの花壇は校庭にある分、正門の方の花壇よりは人に見られることは少ない。


「精市達美化委員が折角世話して、こんなに綺麗なのに」


精市の目が細められ、頬がゆるりと緩む。


「でも今日は、名前が見てくれただろ?」
「そうだけど…」
「名前がそう思ってくれたのなら、ここの花達はきっと今頃幸せな気持ちになっていると思うよ」


勿論、俺もね。
そう笑う精市の後ろでは色とりどりの花々が揺れ、あぁ、やっぱり精市の優しい笑顔には花が似合うなぁ、なんて思った。
また花壇へ向き直った精市は、そっとしゃがむと白いチューリップへ優しくその手を伸ばした。


「少しだけ独り言を言ってもいい?」
「え、どうぞ…?あ、聞かない方がいいなら耳塞いどくけど」
「独り言だから構わないよ」


小さく笑った精市は、すっと白いチューリップの花弁を撫でる。


「いつか……いつかこの白いチューリップがピンクになって、そして赤くなってくれたら嬉しいんだけどね」


…………はい?


「え、終わり?」
「うん?何が?」
「いや…」


精市は何事も無かったかのように立ち上がると、さ、帰ろうか、と来た道を戻るように歩き出す。
え?白いチューリップがピンクになって赤になる?
ていうかピンクも赤も、隣に咲いてるじゃん…?
………は、まさか、


「ちょ、待って精市、いつかお前を赤く染めてやるぜ的な遠回しな挑戦状…?」


ブラッド?
精市の赤也化?


「何馬鹿な事言ってるの?」
「むしろ何訳分かんない事言ってんの?」


白いチューリップの球根なんだから白のままだろ。
そんな超常現象起きるわけない。


「流石に白いチューリップは白いままだと思うんですけど…」
「…今はね」
「はい…?」


精市は謎に少し自嘲気味に笑い、今までは、かな、と眉を下げた。
まるで訳が分からない私に、精市はいつもとは違う、まるで花に向けるような笑みを向けて近づいてくる。
怖い。逆に怖い。
スッと精市の手が頭に伸びてきて、思わず目をつぶればぽすりと頭に置かれるそれ。


「まぁでも…いいかもしれないね。そろそろ、じわじわと赤く染めていくのも」
「っ…!?」


ゾクリと背筋に悪寒が走る。
殺られる、逃げろ私、い、いや、チューリップ…!?
え、精市が花に手を出す!?うん!?

フッ、と精市の吹き出す声に恐る恐る目を開けば、


「変なこと考えてないで早く帰るよ。母さんも父さんも、名前が来るのを楽しみにしてるからね」
「精市ママとパパがいるなら安全か…!?」
「早くその阿呆みたいな思考を切り替えなよ」
「うっ」


つん、と額を突き、精市の手が離れていく。


「今日の夕食は名前の好物ばかりだって、母さんが言ってたよ」
「えっマジで!?早く帰ろう精市!!」


やったああああ!!!
精市ママのご飯めちゃくちゃ美味しいんだよなぁ!!
わくわくと精市を抜かして歩く私の後ろから、


「……全く」


というため息のような笑い声が聞こえ、そしてすぐに私の隣に精市が並んだ。


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