理想の兄貴
ピンポーン。
チャイムの音が鳴ってすぐ、目の前の家の中から聞こえてくるドタバタと忙しない足音と、それを追いかけるような慌てた声。
ガチャッと勢いよくドアが開き、顔を覗かせたのは二人の可愛らしい兄弟だった。
「「名前ねーちゃん!!」」
「おー、相変わらず元気そうだなぁキミ達は」
彼らは私を視界に入れた途端に目をキラキラさせて、二人同時に飛びついてくる。
あー…可愛い。
そして、
「コラお前ら!来てくれてありがとうだろ!」
玄関先で目を吊り上げ仁王立ちしているのは、今日私をここ…丸井家に呼んだ張本人。
「来てくれてありがとう!」
「ありがとぉ!」
あああああなんていい子なの天才可愛い。
「っく…持って帰りたい…」
「んぇ、なにをー?」
「名前ねーちゃん、欲しいものあるの?」
キミ達だよ。
「悪ィ名前、助かった…」
「んーん、暇だったし気にしないで」
若干くたびれた様子のブン太に笑っていれば、ぐいぐいと手が引っ張られる。
「名前ねーちゃん早く遊ぼ!」
「ゲームしようぜ!ゲーム!」
「っしゃ、ボコボコにしてやるぜ」
「負けないからな!!」
「負けないもん!!」
まとわりつくブン太の弟達に引っ張られるように、私は丸井家に上がっていった。
事の始まりは、ブン太からのとあるメッセージ。
今日は両親が出掛けていて弟二人の面倒を見ることになったのだが、その弟二人がどうしても私も一緒に遊びたいと駄々をこねてるから助けてくれ、という内容だった。
特にやることもなかったし、私もブン太の弟二人と会いたかったし、即OKを出して丸井家にやって来た、という訳である。
ちなみに弟二人とは前に偶然公園付近でブン太と一緒に遊んでいるところに遭遇し、そこで一緒に遊んでからは何故か謎に懐かれている。
「なんであの子たちって私に懐いてくれてんだろね」
ゲームのセッティングを弟二人に任せ、人数分の飲み物等を用意するブン太を手伝っている時、ふと零した私の言葉にブン太は、んぁー…とどこか思い当たる節があるようなニュアンスで返事をした。
「あのくらいの歳ってよ、遊びとかゲームで大人に手加減されたり、わざと負けられたりとかすんだろい?」
「あー、あれ腹立つよなぁ」
「その点、お前は相手が子供だろーと手加減の手の字もねーから、あいつらからしたら楽しいんだろ」
「ちょっと言い方に悪意あるよなそれ?」
気のせい気のせい、とブン太は笑う。
「ま、サンキューな」
「勝負に情けは無用ってうちの副部長が言ってたんで」
ブン太は普段から後輩いじりなんかもしてるけど、その奥にはしっかりと他人想いの優しさがあることを知っている。
だからこそ弟達相手にガチ勝負したくても、どこかでその優しさが出てしまうんだろう。
「にーちゃーん!!ジュースまだぁー!?」
「ジュースぅー!!」
「わーったわーった!すぐ持ってっから大人しく待ってろっての!」
向こうから飛んでくる急かす声にもこれっぽっちも怒ることなく、表情も仕方ないなぁという様な…なるほどな、これが理想の兄貴ってやつか。
「…私も兄弟欲しかったなぁ」
一人っ子である私は元々兄弟に憧れてるのもあって、目の前でそういうやりとりをされると余計に欲しくなってしまう。
「お前一人っ子だもんな。もし兄弟が増えるってなったら、やっぱ弟がいいとかあんの?」
「うーん…」
正直兄も姉も弟も妹も、全てに魅力を感じるけれど。
人数分のグラスと2Lのペットボトルを器用に持ち上げるブン太をちらりと見れば、うん?と不思議そうな顔をされる。
「ブン太みたいな兄ちゃんだったら万々歳かも」
ガチャ、と抱えたグラスがぶつかる音がして、うぉぁ!?と焦ったような声。
「ちょ、落とすなよ…!?」
「っだ、大丈夫だっての…!!」
はぁ〜…と身辺を整えるため息を一つ零し、ブン太は複雑そうな表情を浮かべた。
「兄貴、かぁ…」
「え?意外?」
「いや、そうじゃなくてよ…」
と、パタパタと足音が聞こえ、おそいー!という抗議の声。
「ごめんごめん、もうお菓子も用意できたからゲームしながらパーティーしよっか!」
数種類のお菓子を移した大皿を持ち上げながら弟達に言えば、彼らは途端に表情を明るくさせて私の服を掴んで引っ張ってくる。
かわ、可愛いけど待ってくれ、バランスが…!
「くぉらお前ら!名前はお菓子持ってんだぞ!引っ張ったら危ねぇだろ!」
優しいけど怒る時はちゃんと怒る、やっぱり理想の兄貴かもしれない。
* * *
「あああー!!また負けたぁ!!」
「名前ねーちゃんスゲー!つえー!」
「フッ…まだまだ修行が足りねーな、足りねーよ」
「お前ちょいちょい他校のやつパクんのなんなんだよい…」
ゲームの合間にお菓子を摘んだり飲み物を飲んだり、わいわいと楽しい時間はあっという間に過ぎていき、ふと時計を見ればそろそろ帰らなければいけない時間になっていた。
楽しい時間はあっという間だ。
今は二人でゲームをしてはしゃぐ弟達を見れば、やっぱり兄弟がいたら楽しいんだろうなぁなんてちょっと寂しくなってくる。
「そろそろ帰んなきゃだわ」
言えば途端に弟達が、えー!!と寂しそうな目をしてこちらを振り返り…私だって帰りたくねーよ…
「長々と付き合わせちまって悪いな、助かったぜ」
「んーん。ホントに弟が出来たみたいで楽しいから、いつでも呼んでよ」
ふいに弟達の小さい方が私の方に身を乗り出し、
「名前ねーちゃん、ほんとにねーちゃんになってよー!」
「そんなん私だってなりたいわ…」
零した本音は弟達の大きい方に拾われ、
「ならさ!名前ねーちゃんがにーちゃんと結婚したらいいんだよ!」
ブッ!!とブン太が飲み物を吹き出した。
「うわ汚っ」
「おれの友達の一番上のにーちゃんがね!結婚してね!そいつにねーちゃんが出来たんだって!」
「っおま、そ、っげほ…!っそんな、簡単に言うんじゃ…!」
真っ赤になって咳き込むブン太と、目を輝かせる弟達に囲まれる私。
結婚ねぇ…
「するとしても、まだまだずっと先の話だなぁ」
「は!?お、まっ…!?」
「何日くらい!?」
「何年、とかだねぇ」
「そんなに待てないよぉ!!」
あー!!!!という大声に私達の話は中断され、見れば立ち上がったブン太が私のバッグをかっさらうように持って玄関の方へと歩いていく。
「っとにかく!!俺は名前を送ってくっから!お前らはそれ片付けて待ってろい!」
行くぞ名前!!と足早に玄関へ向かうブン太に、意外とウブだなぁと笑いながら弟達に目線を合わせた。
「ブン太ってほんとに良いにーちゃんだよね。ずっと仲良くね。んで、たまに私も混ぜてくれると嬉しいな」
二人は一度顔を見合せ、すぐに明るい返事をしてくれた。
名前!と玄関の方から名前が呼ばれる。
私は弟達にまたねと手を振り、その声を追いかけた。
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