また明日
学校も部活もない休日、少し遅めのアラームの音で目を覚まし、ベッド脇のカーテンを開けた。
一気に取り込まれた光によって一瞬目が眩み、いい天気だなぁと大きく体を伸ばした。
洗面所に向かい、歯磨き粉を手に取ったところで予想していたよりも軽いそれにそろそろ新しいのを買わないと、と考えながら歯を磨いて、次に洗顔用のチューブを持ち上げ、ん、と声が漏れる。
洗顔チューブもそこそこの軽さだ。
…そういえば昨日おばあちゃんがそろそろ洗剤が無くなりそうだとか言ってたな…
おじいちゃんも確か、爪切りが壊れただとかなんとか…
あ、そうだ、私も…
* * *
「ごめんなさいね名前ちゃん、助かるわ」
「んーん、私も買いたいものあるし。ついでに商店街も色々見てこようかなって思ってるから、ちょっと遅くなっちゃうかもだけど」
「すまんな名前ちゃん、気をつけて行って来るんだぞ」
「うん、行ってきます」
昼過ぎ、2人に見送られて家を出た。
半分おつかい、半分お買い物、必要な物を一日で一度にまとめて買いに行けるのはラッキーかもしれない。
買う物を考えてもそこまで大荷物にはならないだろうし、どうせなら、と天気のいい休日らしく今のところ用が無い場所も色々回ることにした。
「…あ」
商店街方面に向かう途中、角を曲がって前方に視線を送った私の目に良く見知った後ろ姿が映る。
少し遠いその後ろ姿に追い付くように足を早め、
「国光〜!」
距離が縮まったところで名前を呼べば、立ち止まって振り返った国光は少し驚いたように私を視界に入れた。
彼は立ち止まるだけでなく、わざわざUターンしてこちらに歩いてくる。
「偶然だな。買い物か?」
「そ。国光も?」
「あぁ」
どうやら本屋に行くところだったらしい。
私の行先も伝え、目的地が同じ方向だったので途中まで一緒に行くことにした。
彼の目当ての本なんかの話をしていれば、すぐに商店街のアーチが見えてくる。
アーチの前にある大きなスーパーの前で一旦私達の足は止まり、
「じゃ、また明日ね」
「あぁ、また明日」
私は手を振りスーパーへ、国光は小さく頷き商店街へ、各々の足が違う方向へと向いた。
* * *
この辺り一体で重宝されているこのスーパーはそれなりに大きい為、本日のお目当ての物は全てここで賄う事ができた。
買ったものを詰めたリュックを背負い直し、商店街アーチを潜って何か興味をひく物がないかとうろうろしていると、今までに見たことが無いこじんまりとした雑貨屋が目に入った。
あそこは確か、ずっとシャッターが降りていたはずだ。
いつの間にあんなお洒落なお店がオープンしていたんだ、と興味本位で近づきドアを開ければ、カランと軽やかなベルの音が鳴る。
いらっしゃいませ、と落ち着いた店員の声を聞きながら目に付いた小洒落た文房具売り場を眺めていると、
「名前」
「!あ、国光、さっきぶり…?」
そうだな、とほんの少しの驚きを匂わせる表情の国光がすっと私の隣に立った。
「国光もここ見に来たの?」
「あぁ。だが、俺には少し洒落ている気がしてな…出ようと思ったところで、お前が入ってきたのが見えたんだ」
「そっか、…別に、国光に合わなくはないと思うけどな…?」
これなんかシンプルだし持っててもおかしくないんじゃない?似合うと思うけど、と目の前の木製のボールペンを指させば、国光の手がその中で一番シンプルな木目がはっきりと見える薄木色のボールペンをラックからするりと抜き取った。
「うん、使ってそう」
「…そうか。なら、これにしようと思う」
「え、ボールペンだけどいいの?それ」
「丁度ボールペンが切れたから、新しいものを買おうとしていたんだ」
「おお、ナイスタイミングだ」
改めて国光が持つそれと、まだラックに刺さっている他色の同じ種類のボールペンを見比べる。
本体カラーは三色あり、国光が抜き取った薄木色と、焦茶色、赤みがかった煉瓦色。
隣のラックにはほぼ似たようなシャープペンもあって、あ、可愛い、と煉瓦色のそれに手を伸ばした。
「私もシャーペン買おっかな。中身は違うけど、お揃い」
「………」
「えっ、嫌だった…?」
伸ばした手を引っ込めようとすれば、いや、と少し慌てたような国光の声。
「いいと思う。お前が持っていても違和感は無い」
「ほんとに…?お揃いが嫌なら…」
「いや、それがいいと思う」
「え?うん…?じゃあ…」
シャープペンと、ついでにこれまたお洒落な付箋も買って、国光と一緒に店を出た。
「お前はこの後どうするんだ?」
「んー、折角だしもう少し商店街をふらふらしようかなって。国光は?」
「陶芸店に行く予定だ」
「…へ、陶芸ってあの…?国光が…?」
「違う。祖父から頼まれて、代わりに受け取りに行くだけだ」
「あ、あぁ、そういう事か」
てっきり国光が陶芸の趣味を持っているのかと…いや、似合いそうではあるけども。
陶芸店は商店街から数本道が外れた所にあるらしい。
ということで別れ道までは一緒に行き、
「改めて、また明日ね」
「あぁ、また明日」
2度目の"また明日"を言い合って、国光と別れた。
* * *
ふらふらと商店街の店々を眺めながら歩いていれば、いつの間にか商店街の終わりを示すアーチが見えてくる。
このアーチをくぐって少し行った先には、恐らくうちの部員達もよくお世話になっている大型のスポーツショップがある。
特に買うものは無いけれど、スポーツに関わっている人間ならきっとほとんどの人がふらりと入ってしまうのがスポーツショップ。
ここまで来たんだしついでに、と私もふらりとスポーツショップへ足を向けた。
慣れた足でテニス用品のコーナーに向かい、壁にずらりと並ぶラケット達を見上げる。
あのラケットかっこいいな…
お、このラケット英二に似合いそ〜…
こっちのラケットは…
一通りラケットを眺め、満足感と共に振り返った時だった。
「あ」
「!」
ほぼ同時に目が合ったんじゃないかと思う。
私の視線の先に立っていた国光は、半歩程足を踏み出したまま固まって私を見つめていた。
ぎこちない初動と共に国光が動き出し、私もなんだか面白くなって笑い半分で国光に近付いていく。
「んふふ、二度あることは三度ある?」
「その諺は、本来は戒めとしての意味の方が強いが…」
「まぁまぁ、細かいことは気にしない。ていうかここまで会うんなら、最初から一緒に行けば良かったかもねぇ」
「…そうだな」
お互い違う場所に寄りはしたけれど、どれも商店街近辺の狭い範囲の中だ。
私はそこまで時間も気にしてなかったし、どうせなら国光に着いて行って普段全く接点のない陶芸店も見てみれば良かったかもしれない。
「何か買いに来たの?」
そう聞けば、国光は首を横に振った。
「陶芸店から近いから、ついでに立ち寄っただけだ」
「あはは、私も。商店街の端まで来たからついでに」
やっぱ近くまで来たらふらっと入っちゃうよね、なんて笑えば、そうだな、と国光も小さく頷いた。
「まだどこか行くの?」
「いや、ここを出たら帰ろうと思っていたが…お前は?」
「私も帰ろうと思ってた」
「…そうか」
だったら帰りも方向は同じだし一緒に帰れば、なんて思った時、
「それなら、一緒に帰らないか?」
私より先に言葉を紡いだのは国光だった。
国光から一緒に帰ろうと言われたことは今まであっただろうか。
帰るぞ、ならあるけれど、こんな風に誘い言葉でストレートに一緒に帰ろうは…あるような、無いような…
大体私が言うか、その場の流れで当たり前のように一緒に帰るかのどちらかな気がする。
そんな彼からの言葉は思っていたよりも嬉しかったようで、ほわ、と胸が温かくなった。
「っふふ…」
「?何か、変な事を言ったか…?」
「んーん!一緒に帰ろ〜」
「…?あぁ」
国光と一緒に少しだけ店内を見て周り、一段落してから長い商店街を通り抜け、景色はいつもと同じ帰り道のそれに変わっていく。
「じゃあ今度こそ、また明日!」
「あぁ。また明日」
3度目の"また明日"を言い合って、僅かに目尻を下げた国光が私に背を向ける。
少しだけその背中を見送り、私もそっと踵を返した。
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