かわらないもの


「ではでは!俺達の再会を祝して〜!?」
「「「かんぱ〜い!!!」」」


その日、私はとある懐かしの寿司屋でグラスを片手にしていた。
机を囲むのは、かつて青春を共にし、同じ色を背負い同じ道を歩んだ仲間達。
あの時のメンバーがこうして全員で集まるのは何時ぶりだろうか。


「こうしてこのメンバーが揃うのは久しぶりだね。皆の都合が合って良かったよ」


丁度私が思っていたことを言葉にしたのは周助だった。
あれから何年も経ったのに、相変わらずキラキラオーラは衰えていない。


「なんだかんだ、結構バラバラになっちゃいましたからね〜」


そんな周助に応えたのは桃で、桃はなんというか…変わってないというか変わったというか、あの頃短髪だったのが長髪になったというか。
髪を伸ばしてると聞いた時は驚いたけど、写真は見せてもらっていたから実際会った時の衝撃はそこまででは無かった。


「俺達が最後に集まってからどれくらい経ったか分かる人、いる?」


含み笑いをしながらここぞとばかりに手帳のようなものを取り出したのはやはり貞治。
ノートから手帳に変わったこと以外、貞治は全く変わってなくて安心する。


「そんなの数えてるの乾くらいでしょ〜!?んんー…2年ぶり?あっ、3年?やっぱ3年と半分くらい!!」


ころころと答えを変える英二も、住む世界は変わったけれどやっぱり英二のままだ。
強いて言えば、羨ましいくらいに肌がつるつるすべすべになったくらい…?


「個人的に会ってたりはするけれど、俺達全員で、となるともう少し経ってるんじゃないか?」


英二の答えに笑いながら返したのは秀で、あの頃きっちり固められていた髪はいつの間にかオシャレなショートマッシュヘアになっている。
マダム達から相当な人気がありそうである。


「俺は、桃や海堂なんかはよくココに来てくれるし、他の皆もたまに来てくれるからあんまり実感がないんだけど…でも確かに、手塚と越前に会ったのはすごく久しぶりな感じだなぁ」


それこそ3年は経ってると思うよ、とタカさんが言う。
ココ、と言うのは勿論私達が今いる"かわむらすし"。
タカさんは今ではもうすっかり一人前のかっこいい板前さんだ。
今回気前良く、というかむしろ喜んで店を貸切にしてくれて、本当にありがたいことこの上ない。


「あの、手塚部長と越前が久しぶりなのは分かるんスけど…名前先輩もじゃないんスか?」


おずおずと話し出す薫に、私とタカさんは一度目を合わせて笑った。


「名前ちゃんはたまに出前を頼んでくれてね。届けついでにちょっとだけ話したりしてたから」
「うん。おばあちゃん達とゆっくり食べたくて、お店には来てなかったんだ。タカさんにはお店の合間に届けさせちゃって申し訳ないけど」
「そんな事ないよ。苗字家への出前は楽しみでもあったからね」


私とタカさんの会話にぱちりと瞬きをした薫の横で、桃が大きな声を上げてタカさんの方へと身を乗り出した。


「えぇ!?名前先輩んとこに出前行くなら俺も誘ってくださいよぉ!?」
「おいコラ、河村先輩は遊びに行ってんじゃねぇんだぞ」
「んなの分かってっけどよぉ…!」
「ハハ…誘いたいのは山々なんだけどね。寿司は鮮度が命だし…」


ちぇ、とつまらなさそうに桃が座り直し、フン、と薫が腕を組む。
なんだか懐かしさを覚えるような、二人ともちょっと丸くなった?と思うような、なんとも言えない笑みが込み上げてくる。
そんな中、


「…てゆーか、これ食っていっスか」


話の流れを断ち切るように手付かずの寿司を指差すリョーマが、ハラ減った、と誰の返事を待つことなく箸を手にした。
久しぶりに揃ったのに積もる会話も…なんて言う人は誰一人おらず、そこから皆の手が箸、そして寿司に伸びるのは早かった。



* * *



タカさんが用意してくれていた寿司桶達はあっという間に空になり、今は各々が食べたいものをタカさんに個別注文したり、やっと会話に花を咲かせてグラスを傾けたりと、あの時と同じような穏やかな時間が流れている。
初めはちゃんと一つの机を囲んでいた私達は、いつの間にか店全体をまるで自宅かのような寛ぎ空間へと変えていた。


「…あれ?ここに置いてあったハズのワサビ寿司が…」
「えっ?…あっ英二それ…!!」
「っゔぅ!!?ふっ、不二…!またこれぇっ…!?」
「また、食ったんスか…」


「うめぇ〜!オイ食ってっかぁ越前!!」
「…ん、もちッス桃先輩」
「ふ、二人共、そんなに慌てなくてもまだあるから…!」
「桃と越前は相変わらず良く食べるな。食欲衰えず、と…」


実家のような安心感、とはまさにこの事なんだろう。
久しぶりなはずなのに、どこかここ毎日の日常のような温かさをもたらしてくれるこの空間に、自然と小さく笑みが零れた。


「…やっぱ私、青学に入って良かったって思うなぁ」


そう呟く私の隣には国光が座っている。
皆でわいわいしてる時は相変わらず口真一文字で言葉少ない彼だった(ていうか皆の会話のテンポが早すぎてついて来れてないだけかもしれない)けれど、目の前で繰り広げられているあの時の日常に、今の彼の口元は僅かに弧を描いていた。


「あぁ。俺もそう思う」


皆、国光が笑ってるよ、見るなら今だよ。
うん、誰も見てないね。


「国光は、前より笑うようになったよね」


口元の弧が一瞬にして消え、開かれた目がこちらを見下ろす。


「…そうか?」
「あれ?無自覚?」


ふむ、と難しい顔をして黙ってしまった国光は、やっぱり無自覚なのかもしれない。


「笑うの、苦手じゃないじゃん」


難しい顔に、少し困ったような表情が追加された。
多少はマシになったけれど、あの時とほぼ変わらず表情との会話は多い、けど。


「変わってないけど、変わったよね。表情に迷いがなくなって、すっきりした」
「そう、かもしれないな」


かつて自ら課していた責任や想いから放たれ、見事に夢を果たした彼は、きっとこの先、彼らしく夢の更に先を追い続けるのだろう。
ふと国光の目元が緩み、温かな眼差しが向けられる。


「お前もそうだ」
「へ?」
「青空を覆い隠す鈍色の雲。それがお前だった」


…確かに、国光の言う通りかもしれない。
太陽を求めた青い空はいつも、暗い雲に遮られて影を落す。
私にはその灰色を吹き飛ばす力が無くて、切れ間から差し込む光になんとか縋って手を伸ばした。


「でも、今は違うだろう」


頷いた私の口端がゆるりと持ち上がる。
私は今、しっかりと地に足をつけて立っている。
青空の元、今、ここに。


「皆が、国光が、雲を吹き飛ばしてくれたから。だから私はまた青空が見えた。前に進めた」
「青学も、俺も、名前がいたから前に進めた。ありがとう」
「私も、ありがとう」


柔らかく穏やかな、彼本来の微笑みに微笑みを返す。
やっぱり国光の空気感は落ち着くし平和だなぁ、なんてのほほんとしていれば、


「ちょいちょ〜い!手塚ってばいつの間に名前を独り占めしてズルいぞー!?」
「ひ、とりじめ、しているわけではっ…」
「っこ、コラ英二…!」


ぼすん、と英二が私の隣に座り、それを追いかけてきたのか秀が焦った様子で英二の隣に膝を着く。


「ふふっ、確かにね。僕も名前と手塚に会うのは久しぶりだし、皆で写真も撮りたいから混ぜてよ」
「不二…っ!?」


二人に続くように一眼レフを片手に周助がやってきて、更に秀があわあわと周助を見上げた。


「っしゃあ!んじゃいっちょ、このまま二次会突入ーってな!!」
「ッテメ、引っ張んじゃねぇ桃城…っ!!」
「も、桃先輩、痛いッス…!!」


リョーマと薫を両肩に抱えた桃が明るい声を上げ、乱入の如く突っ込んでくる。
それに続いて、ふふふと笑いながら貞治もこっちの机にやって来た。


「なら俺は、会えなかった期間のデータ収集でもさせてもらおうかな」


え、今更なんのデータを取るつもりなんだこの人は。


「知りたい?」
「っえ、あ、いえ…」


あれ…今私口に出したっけ…


「タカさーん!寿司桶一丁〜っ!」
「あいよっ!!…えっ?も、桃、まだ食べるの!?」
「まだまだ足りねーなぁ、足りねーぜ!な、越前!」
「そッスね」


一つの机を囲み、あっという間に騒がしくなるこの場に、まるでタイムスリップをしたような気分になる。
隣の国光が、はぁ、と小さな溜息をついた。


「んふふ、やっぱり皆、全然変わってないねぇ」
「…そのようだな」


言葉はあの頃のままだけど、その表情にはどこか嬉しそうなものが見え隠れしていたのを私は見逃さなかった。



* * *



やがて解散となった私達は、またそれぞれの道へと戻っていく。
彼と並んで歩くこの道は、久しぶりだけどやっぱりどこか日常のようにも感じられる。


「いつ戻るの?」
「3日後だ」
「結構早いね」
「お前は?」
「5日後」


そうか、と頷いた国光は、少し考える様子を見せてから口を開いた。


「こっちにいる間は、予定があるのか?」


一応神奈川の祖父母の家にも顔を出す予定はあるが、それ以外は特に無い。
日程も含めその事を伝えれば、国光はまた小さく頷いた。
それからすぐに視線が降ってくる。


「名前さえ良ければ、明後日食事でも行かないか」
「え」
「また、暫く会えなくなる前に…その、お前が良ければ、だが…」


緩く握られた拳を口元に当て、そよそよと視線を迷子にさせながら尻つぼみになっていく言葉。
慌てたように付け足されていく心配性な言葉達もやはり変わっていない。


「勿論、喜んで!折角だし、他に行けそうな人を」


誘おうか、と続けようとした私に、いや、という静かな声が重なった。


「出来れば二人で、ゆっくり話をしたいんだが…迷惑だろうか」


本当はどこかで、その言葉を聞きたかったのかもしれない。
驚きとも照れとも違う、心を纏うふわふわとした温かさがその証拠なんだろう。
我ながらズルい立ち回りをしたとは思うけれど、嬉しさに頬が緩んだ。


「ううん。国光に話したい事、沢山あるから」


ほっとしたような、穏やかな目が向けられた。


「俺も、名前に話したい事が沢山ある」
「え、なんだろ?楽しみ〜」


懐かしい交差点に着いても国光はあの時のまま、当たり前のように苗字家の方へと足を進めていく。
やがて、苗字家の門の前で足を止めた私達は自然と向き合った。


「では、また明後日。あの交差点で待っている」
「ふふっ、またね」


穏やかな笑みを向け、国光が背を向けて来た道を引き返していく。
その後ろ姿がふと、いつかの日の学ランにラケットバッグを背負った彼の姿と重なって見えた。


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