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@拾いものには毒がある
 無理だ、無理だ無理だ。
 今週中に報告書を纏めて上に提出するなんて無理に決まっている。非番なのに現場検証に駆り出されて月9も見ることが出来ないなんて嘆かわしい。
 公務員のはずがどうしてこう時間に余裕のない生活を送らなければならないのか。あの顔がいいだけのクソガキのせいに他ならない。王子だなんだと喩えられることもあるが、実際のところは血みどろの切り込み隊長どころか、バズーカによる器物損壊隊長の間違いである。
 この前だって夜の町中でバズーカを放った挙げ句、目の前にいた桂を捕り逃した。そしてそのツケが、たまたま一緒に下着泥棒の調査をしていた私に回ってきた。
 桂を目撃した周辺は、未だ真選組が警戒態勢を布いているが、件の人物はまだ見つかっていない。桂を捕まえて手柄さえ立てれば、一度捕り逃した言い訳を多少雑にしても大目に見られるだろう。つまり、私の仕事が軽くなる。この際報告書が上に渡るまでの間だけでも構わないから、牢に入れられてくれないだろうか。そして脱獄するときはぜひ沖田隊長のミスになるようなタイミングで脱獄してほしい。報告書の腹いせに、頭の中で沖田隊長を懲戒免職にしながら、夜道を早足で歩く。
 ――そもそも、桂小太郎って真選組の天敵とはいえ私の管轄外なんですけど。
 桂について大して知りもしない部下に始末書を任せるなんて、警察が聞いて呆れる。それで通ってしまうのだから尚の事である。
 私が知っていることといえば、今歩いている橋の上に捨てられた宇宙生物と似たような黒髪をしていることくらいで――、
「うわ、かわいい」
 桂を思い出す長髪はともかく、つぶらな瞳に愛くるしいまつ毛が3本ずつ、ピンと上向きに生えた、お化けとペンギンのハーフのような動物が、拾ってくださいと書かれた段ボールの中に入っている。人間と同じ大きさのそれには、どう考えても段ボールが小さ過ぎるのだが、自分の状況が分かっているのかその動物は、こちらも『拾ってください』と書かれたプラカードを自ら持ってこちらをじっと見ていた。
「君、捨てられたんですか?」
 すると動物は『拾ってください』のプラカードを一度取り下げ、文字通り目にも留まらぬ速さで何か書き付けるとこちらに向けて見せる。
『きゅぅん』
 犬か猫の鳴き真似のつもりか、それとも本当にそういう鳴き方をするのか、いずれにせよ可愛いことに変わりはない。
 あざとかろうがなんだろうが、鬼のような副長と顔だけの一番隊隊長にこき使われて故障寸前の脳には、これくらい分かりやすく可愛い方がむしろいい。ぜひ彼女――彼かもしれない――を連れ帰って今後の癒やしにしたい。
「う、うちに来ますか?」
『!』
 一文字。
 一本の棒と点だけでここまで可愛いものを見るのは、生まれてはじめてかもしれない。
 何も言わないでいると、動物はぬぅっと顔を寄せてくる。
 涙目になって掲げたプラカードの『いいのか?』の"か"の部分に打ち消し線が引いてあった。
「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!」
 好きです、と勢い余って告白をしてしまったみょうじに、動物は赤くなって『お、俺もです!』と返す。
 まだ拾っただけなのにもう自分のことを好いていてくれるその動物の愛らしさたるや、仕事の疲れなど一瞬でどこかへ吹き飛んでしまうほどだ。今なら副長の顔面にパンチを入れてから沖田隊長の横っ面にキックを入れられそうだ。
 キュートなまつ毛に似合わず、一人称が"俺"なのもまた、心の絶妙な部分をくすぐった。
「さ、さぁ、迷子にならないようにお手々を繋いで帰りましょう! ゴンザレス!」
 ときめきに震える声でたった今名付けた彼の名を呼ぶと、ゴンザレスはない首を傾げて、これまたない顎に手をやった。その手の造りの単純さに、きゅぅっと胸が締め付けられる感覚がする。
 ごく短い沈黙のあと、ゴンザレスは段ボールの縁を跨いでこちらに歩み寄り、『俺の名前?』とつぶらな瞳でまっすぐに見つめてきた。穢れなど知らなそうな視線を受けて声も出ないほど胸が高鳴ったみょうじが、無言でなんとか数度頷くと、ゴンザレスは嬉しそうに目を輝かせる。
「……可愛すぎる」
 ゴンザレスの一挙一動に惹きつけられて半分放心状態のみょうじをよそに、ゴンザレスは『家どっち?』『あっち?』『こっち?』と矢継ぎ早にプラカードを交換してきょろきょろする。
 こんな寒空の下に放置されて疲れ切っているゴンザレスを、これ以上夜風に晒す訳にはいかない。
 なんとか屯所の方を指さして「あ、あっちです」とだけ言うと、ゴンザレスはそそくさと歩き出す。
「あ、待って……手……」
 繋ぎたかったと思う反面、ゴンザレスのあの小さな手を握ったらときめきで動けなくなってしまうかもしれない。そうなったらゴンザレスが家に帰れなくなって困ってしまうから、とにかく今は彼を連れ帰って布団に入れてあげることだけを考えよう。

 ゴンザレスを引き連れて屯所に帰ると、運悪く喫煙中の副長に出くわした。副長は一緒に入って来たゴンザレスを認めるなり険しい目付きになった。煙草を手に持ったままずかずかと近付いてきた彼は、怖い顔でゴンザレスをちらと見たあと、話しかけてくる。
「おいみょうじ、なんだこいつ」
 よく考えていなかったが、当然屯所内でペットなんて飼えない。しかしこのままゴンザレスを元の場所に戻すなんてマネは出来ない。副長のマヨネーズを人質に取ってでも、みょうじがゴンザレスを飼うことを認めさせなければいけない。
 とりあえずゴンザレスの賢いところを見てもらおう。
「何って……警察で飼う動物です。このかわい〜見た目で犯人もイチコロです。ね、ゴンザレス」
 ほら、挨拶してください、と言うと、ゴンザレスがボードを取り出したのでみょうじは副長の方を向いて胸を張る。
 自分の後ろで、ゴンザレスが副長に挨拶を述べているのが分かる。
『世話になるぜ』
 副長は片目をぴくりとさせて狼狽える。若干腹を立てているように見えなくもないが、副長の顔面が人を殺しそうなのはいつものことだ。
「ほら、賢いんですよこの子。屯所で飼わせてください」
「……なんでこいつぁこんなに偉そうなんだ」
「やだ、分かりますか副長。この溢れ出る知性が!」
「そういう意味じゃねぇよ!」
 自分は慣れているから構わないが、あまり怒鳴ったり睨んだりされるとゴンザレスが怯えてしまう。それにゴンザレスは疲れているのだ。早く風呂に入れて寝かせてあげたい。
「副長お願いです、飼って良いでしょう?」
 みょうじが、ゴンザレスからもお願いして、と言うと、彼はプラカードをくるくると回して出会ったときのように『きゅぅん』『きゅぅん』と鳴いた。
 副長にはそれが逆効果だったらしく、「そんなんで騙されるか!」とゴンザレスに乱暴しようとするので、必死に止める。
 部下とはいえ非番の女に強く出られなかったらしい副長をなんとか押し戻すと、彼はため息を吐いて静かにこちらを見る。
「飼うっつーかお前それ桂のペットだろうが。牢屋行きだ牢屋行き」
「牢屋!? 嫌ですよ! 自分が面倒見るので部屋で飼わせてください!」
 ゴンザレスが素早くみょうじの背後に隠れた。ゴンザレスの背丈は人間の男程度あるのであまり意味を成していないが、みょうじが鬼の副長に強く出る動機としては、彼が隊服の裾をぎゅっと掴んだ感覚だけで十分だった。
「ゴンザレスを牢屋に入れたら、副長の隠してるマヨ子ちゃんを沖田隊長に渡していじめてもらいますから!」
「マヨ子ちゃんって何!? どれのことだ!? つーか人任せじゃねーか!」
「だって、自分と副長じゃ階級に差があり過ぎるので」
 他力本願、でなければ、沖田隊長みたいな上司の下で刀なんて握っていない。
「さぁ、かわいい彼女を沖田隊長にめちゃくちゃにされたくなかったらここを通してください!」
「なんつー言い方してんだ! 人を可哀相なやつみたいに言うんじゃねぇ!」
「副長がそういう趣味なら構いませんけど……」
「あのなぁ!」
 構わないと言いつつ、想像して思わず苦い顔をしてしまった。まぁ事実とは異なるだろうが。
「ペットは伸び伸びと育てた方がいいに決まってます! どうせ牢屋に入れるならいいでしょ?」
「……ちゃんと面倒見れるんだろうな」
「え、いいんですか?」
 いくらマヨネーズに目がないとはいえ、規律に厳しい副長がこんなに簡単に頷くとは思わなかった。驚いて副長を見ると、彼はいつも通りの真顔で「逃したら切腹だからな」と言った。
「ゴンザレスは逃げません。ね?」
『みょうじさん大好き』
「ほら」
 ゴンザレスの持つプラカードを指差して見せると、「前々から思ってたが、お前チョロいよな……」と失礼な言葉が返ってくる。マヨネーズでペット飼育許可してしまう人には言われたくない。
 ではこの子を風呂に入れるので、と断って屯所の中へ入る。
 自分を含めあまりそういうのを気にする人間がいないから、タオルなどがあまり綺麗なものがなくて申し訳ないと断ってゴンザレスを脱衣場に押し込む。
 みょうじが一緒に入ろうとすると、ゴンザレスは焦った様子で『恥ずかしい!』と書かれたプラカードでみょうじを追い出した。地球人と宇宙生物で何が恥ずかしいのかよく分からなかったが、赤くなって照れるゴンザレスの愛らしさに負けたみょうじは、浴場の使い方だけゴンザレスに確認して、ゴンザレスの分の布団を借りに同僚の部屋へ向かった。

 流石に男の中に一人で放り込むわけにはいかないからと特別に貰った小さな部屋に、ゴンザレスと二人分の布団を敷いて彼を迎えに行く。
 浴場から出てきたゴンザレスはいい匂いがして、心なしか爽やかになっていたが、体についたちょっとした汚れが取れていなくておかしかった。やっぱりひとりで地球人のものを使うのは難しかったらしい。
「ゴンザレス汚れがついてますよ。今度は男の人を呼んであげますから、洗ってもらってくださいね」
『(汗)』
「いいんですよ。あ、でも今日はみんな寝てしまってますから、明日にしましょうね」
 ゴンザレスはずっとプラカードを上げっぱなしだ。
「あ、もしかして男の人相手でも恥ずかしい? ゴンザレスはずっと裸なのに変わってますね〜」
『あの……』
「ん? 何ですか?」
 律儀にも言いづらいという気持ちまでプラカードに書き表したゴンザレスは、変わらない表情のままこちらをじっと見た。
 もしかして、見られるのではなく見るのが恥ずかしいとかだろうか。
 よその星の文化のことはあまりよく知らないが、自分では想像もつかないほど離れているし、ゴンザレスと自分では見た目も言語形態も全く異なるのだから、一緒に風呂に入るのだけは恥ずかしいとか、そういうことがあってもおかしくない。嫌がる理由を言いづらいことだってあるだろう。
「無理しなくてもいいんですよ。ゴンザレスが嫌なら、夜中にひとりでお風呂に入ればいいし、言いづらいなら理由も聞きませんから」
『いや』
 ゴンザレスはじっとこちらを見たまま、続けでプラカードをひっくり返す。
『洗濯機ってどこ?』
 どうやらゴンザレスの星では洗濯機の在り処を尋ねるのは勇気のいることらしい。そう判断したみょうじは、何も聞かずにその在り処を教えてあげた。ゴンザレスは何も身に着けていないように見えたが、あのプラカードやそれに文字を綴っている文具がどこから出て来ているかよく分からないことを考えると、ハンカチやタオルくらいどこかに持っていてもおかしくはない。
 もしかしたらそのハンカチがゴンザレスにとって重大な秘密を握っているのかもしれない。もしそうだとしたら、いつかその秘密を打ち明けてくれたら嬉しい。
palladium