ほぼ100%の確率で気まずくなるって分かってるけど家族で恋愛ドラマ見ちゃう現象ってなに?
部下の話についていけない。努力はしたいが身分証がないので、代わりにDVDを借りて来いと言われた。
可愛い人だな、と思う。
流行りのドラマなんて興味がなさそうな顔をして、桂さんは意外と俗っぽい。そして案外情が厚い。部下の心を掴んでおくため、ときくと事務っぽいが、その理由は志気の維持や大義を果たすためというよりも、単に自分が部下と語らいたいからというように私には見える。
彼が借りてこいと言ったのは夏のソナタだったかなんだったか、若干古い気のする名作ドラマである。タイトルも間違えて覚えていたし、ミーハーっぽいわりにやはりドラマにはあまり興味がないらしかった。彼の性分的にも、おそらく恋愛ものはあまり好まないのだろう。
とはいえ新作コーナーにこれでもかと並ぶ流行り物はみなポップなロゴや外国の情熱的な恋を連想させる優雅なデザインの恋愛ものばかりだ。桂さんの口から聞き及んだ情報から推察するに、彼の部下が好んで見るのも、こういった類のものだろう。
私は一応桂さんから頼まれたDVDをカゴに入れ、新作コーナーから彼の部下が好みそうな作品をいくつか追加して会計を済ませた。
珍しく自分の部下と話が合ったと、喜んで声を弾ませる彼の姿を想像して少し浮足立ちながら帰宅する。
桂さんは勝手に私の隠してあったお菓子を出して待っていた。
「また家を物色したんですか?」
呆れたようにため息を吐きながら彼に近付くと、いつも見ているニュース番組を見ていた彼が悪びれもせず顔を上げた。
「物色などしなくともお前が食べ物を隠す場所などお見通しだ」
「それはこれまでの物色経験の為せる技でしょう」
DVDの大量に入った袋を机の上に置いた。想定より大幅に大きな袋に詰まったそれを見て、桂さんは少したじろぐ。
「……多くないか?」
あいつら、攘夷活動をさぼってこんなにドラマを見ているのか、と少しショックを受けた様子だった。
その中からどれを見るか桂さんに確認しようと思ったが、外箱のついていない状態ではどれがどんな話かも分からない。
仕方なく適当なものを一枚とって、プレイヤーに挿し込んで桂さんの隣に座った。
流行りのDVDなんて見るのは、いつぶりだろうか。
流行り物であるそのドラマは、主人公らしき男女が出会うところからはじまった。女は別の男にフラれたばかりで、それを見た男が慰めている。優しい男の去っていく背中を、女が切なげに見つめるシーンで、ドラマはオープニングに入った。
それを見た桂さんは「少し優しくされたくらいで軽率じゃないのか……?」と私の肩を叩いた。
「良いんですよ、惚れる理由はなんだって。ドラマで大事なのは恋の過程なんですから」
桂さんは馬鹿みたいに真面目で、何かある度に私の肩を叩いて文句をつけた。
「待て、この二人は付き合っているわけではないのだろう? なぜ急に手を繋ぐんだ!」
「なんだこの男は。突然抱きしめたら女に失礼だろう!」
「おい、道端で接吻するなど破廉恥だ!」
「流石に感情移入するのが下手すぎません?」
数個目のディスクを取り替えに立ち上がると、姿勢を崩してすっかり飽きた様子の桂さんが欠伸をした。
桂さんは、口ではなんだかんだ言いつつも一度見だしたらハマるタイプだ。よほどこのドラマが合わなかったらしい。
「……まだ見るのか?」
「ちょっと気になってきちゃったし」
桂さんが部下と話せて喜ぶ姿を見たい私は、なんとか彼を説得しようとする。
「桂さんのために借りてきたんですよ?」
「あぁ……」
「部下のみんなと話したいんでしょ」
「あぁ……」
「あと一巻で終わりですから」
そう言うと桂さんはしぶしぶと言った様子で、既に本編が始まっている画面に目を向けた。続いて私も映像を見だす。
しばらく黙って見ていると、主人公の男が女に告白した。女は涙を流してそれを受け入れ、場面が切り替わると二人はベッドの上にいた。
私はまた桂さんから文句を言われる準備をした。しかし、予想していたような言葉は何も飛んでこなかった。文句を言われて嬉しいわけではないが、こういうときだけ黙られるととても気まずい。
今、お小言の出番ですよ、という思いを込めて横目で桂さんを盗み見る。
「ぬ゛ー」
目はいつも以上に見開いているが、寝息なのかいびきなのかなんとも言えない変な音がしている。
気が抜けて落ちた肩に、ふらりと桂さんがもたれかかってくる。心地良い重みと温もりが伝わって、私は静かに頬を緩めた。
DVDが見たいなんて言って、本当は疲れていたのかもしれない。
労るように桂さんの長い髪を撫でると、擽ったそうに擦り寄ってくる。目が開きっぱなしなのがちょっと怖い。
「なまえ……」
「わわ、ちょ……桂さんっ」
寝惚けて思い切り体重かけてくる桂さんに押し倒される。首に腕を回して抱き締められるが、どうやら意識はぎりぎりこの場にないらしかった。
「桂さん起きてください、ちゃんと見て!」
いや今起きて見られても困るけど、このままはもっと困る。不意打ちに面食らって慌てた私は、桂さんを揺する。
すると、開きっぱなしだった目が瞬きをひとつして、ちらりとテレビの方を見た。
「ん……ちゃんと見てたぞ」
「いや、寝てましたよね。倒れてきたし」
「これはアレ、ドラマの真似だから」
眠そうな目でぼうっと私を見つめる桂さんは、やはりまだ覚束ない呂律でむにゃむにゃと言った。腕を軸にして少し起き上がった桂さんの体が離れても、私はまだ落ち着かない。口では平静を装いつつも、固まってじっと桂さんを見つめてしまう。
視線に気が付いた桂さんが少し意地悪く笑みを浮かべた。
「お前こそ見ていないではないか」
「こ、これはアレ……ドラマの真似です」
「そうか?」
顔に熱が集まるのを感じながら、見つめていたのがバレて恥ずかしいのを誤魔化した。私が照れたのに気を良くしたのか、桂さんは再び私に近付いてくる。息が掛かる距離に自然と目を閉じると、優しく唇が触れ合った。
数秒してゆっくり瞼を上げると、少し恥ずかしそうな桂さんが目に入る。
「自分でしたくせに……」
「ドラマの真似に決まっているだろう」
今度こそ起き上がって目を逸らした桂さんの視線の先で、主人公の男女がキスを交わしている。場面は既に切り替わって、イルミネーションの輝く夜の街で、終幕に向けて二人の愛を再確認しているところだった。
「ほら、ちゃんと見ていただろう」
本当にちゃんと見ていたのか、偶然の一致かは分からないが、桂さんは得意げに胸を張った。
「今のとこだけじゃないですか」
「そう思うなら、全部確認してみるか?」
呆れて彼の方を向くと、また悪い顔をしている桂さんと目が合った。全部という言葉に、先程見たベッドシーンが頭に浮かんで、必死にそれを掻き消す。
そうしている間にも桂さんは、まず手を繫ぐだろ、と言って私の膝に置いた手に彼のものを重ね、それから次は抱きしめるだったか、と言って、もう片方の手で私を抱き寄せる。次は、とその先を言いかけたあと、桂さんは思い出したように私に顔を寄せた。
「言っておくが、俺はあんな往来でお前に口付けたりはしないからな」
――大事にしているんだ。
優しい声でそう言われてしまって、何も言えずに俯く。
「で、確認するのか? しないのか?」
「今大事にするって……」
「それはそれ、これはこれだ。ここは家の中だし、俺とお前は恋仲だし、何も問題ないだろう」
お前が嫌ならば別だが、と言った彼の声は、私が嫌がるなんて微塵も思っていなさそうな、からかうような声だった。
palladium