桂さんと飲み会
机の上に置かれた、酒の入った器を取り囲んで、馬鹿みたいに騒ぐ。その喧騒の中で、飲み会開始から同じテーブルにいることの多かった桂さんに、こっそりと話しかける。
「なんかここ、やばい感じじゃない?」
飲み会で生き残る――つまり酔い潰れないための処施術は、上手いことテーブルを渡り歩くことだ。みんなで楽しく酒を飲むこと自体は嫌いではないが、自分以外男だらけの、しかも話もしたこともないような男もいるこの空間で酔い潰れるほど世間知らずではない。まして、桂さんと付き合い始めたばかりの、はじめての飲み会で、不祥事を起こすわけにも、潰れる姿を見せるわけにもいかない。盛り上がりすぎているテーブルからは、お手洗いとか夜風に当たるとか言って距離を取るのが懸命である。
「そうだな、これが終わったら動くか」
今執り行われているゲームが終わったら。
是非そうしようと、彼の目を見て大きく頷いた。
大きめの机を囲んで、酒を賭けた、大して面白くもないゲームが着々と進行していく。ひとり3つまでの範囲で数字を数えていって、指定された、今回ならば「52」という数字を言ったら負け。こういうのは大抵、指定した本人を負かすように動くのが暗黙の了解で、その男は私の隣――桂さんがいるのとは逆の、左側で、酔っ払って大爆笑していた。
桂さんの隣で自分の数字を数えようとしていた坂田がはっとした様子で桂さんの方を見る。にやにやと笑みを浮かべて見てくる坂田さんに、桂さんは小さく首を傾げた。
「早くしてくれ」
「――へいへい、49、50」
坂田さんの更に隣でやり取りを聞いていた高杉さんが小さく吹き出して明後日の方を向いた。同じテーブルを囲っていた数名が意味深な歓声を上げてざわつく。離れた位置に座っていた坂本さんから「どうするんじゃー!」と野次が飛んだ。私の左にいた飲みたがりの男は、爆笑から一転、面白そうににやついて静かに私を見ていた。
辞めてほしい。
「銀時っ……! 貴様後で覚えていろよ」
51、52。
桂さんが言い切ると、共にゲームをしていた面々がわっと歓声を上げた。別のテーブルで静かに飲んでいた面子が何事かと振り返る。酒の近くに座っていた男が、「これは飲むしかないな!」と謎の理屈で酒を注ぎ足した。それを桂さんに押し付ける。
今のは全面的に坂田さんが悪いとはいえ、申し訳ない。けれどここで私がコップを奪い取ったら、多分だけど桂さんの対面を傷つけることになる。だから黙って桂さんが飲み切るのを見つめる。コップから口を離して、空になったそれが机に置かれる。
「あ、あの、ありがと」
「気にするな。銀時は後で潰しておく」
きっと睨みつけるように坂田さんの方を向く桂さん。しかしその顔を見た坂田さんが「顔あっっか!」と叫んだので、彼の言葉の後半が半ば照れ隠しであることを悟る。
桂さんは耳を赤くしたまま坂田さんと言い合いを始める。
先から私たちを見てこそこそと話をしていた男が、桂さんが置いたコップを引き寄せて酒を注いだ。次のゲームがはじまるらしい。
と思ったら、たまたま彼の横にいた男が囃し立てられて飲まされ、その周辺で飲ませ合いがはじまる。ゲームすら挟まず、名前を呼ばれた者が飲まされる、まさに無法地帯である。
早々に立ち去りたいが、桂さんと一緒に動こうと言っていた手前、一人で抜けるのは少し気が引けて様子を眺めていると、中心となって飲ませていた男が私の名前を呼んだ。
「ほら、お前も飲めよ!」
「そうだ、こんっな男臭い場所で見せつけやがってよ!」
「えー、しょうがないな」
言葉こそ嫉妬がましく投げつけられたが、彼らが飲ませたがるのは相手を好いているからだと知っていた。私の方も、それで盛り上がるならと、喜んで差し出された酒に手を伸ばす。が、横からコップを奪っていった桂さんが、誰が口を挟む隙も与えずそれを飲んでしまった。
「えっ」
今のは別に、桂さんが飲む必要なかったのに。
潰れるまでは飲みたくないが、お酒は平気だし、この空気だって嫌いじゃない。それは桂さんも知っているはずで、急に過保護になりだした彼に戸惑う。
「お前、それは……うわダサ……」
「……」
坂田さんが半眼で桂さんから距離を取り、高杉さんは信じられないという顔で口を開けていた。
「あー……」
私に――というか実際は桂さんが受け取ることになったが――コップを渡した男が、彼の手元を見て歯切れ悪くうめいた。
「……桂さん酔ってんじゃないっすか? 冷ましてきたらどうです?」
「そうそう、なまえ連れてってやれよ」
「おいばかっ」
隣で私に話を振った男を、また別の男が小突く。
桂さんがまだ酔うほど飲んでいないのは、一緒に回っていたから知っているけれど。
「そうかもしれない」
暑い、とそう呟いた桂さんがどこかぎこちない様子でこちらを向いた。畳の床から腰を上げて、手でわざとらしく顔を仰いで見せる。
「俺は外に出るが、お前も来るか?」
「えっ」
優しく光る瞳が、確かに自分を捉えていた。周囲も自分も、まさか彼が堂々と誘ってくるなんて思っていなかったから、間抜けな声をあげる。
「これが終わったら抜けようと話していただろう」
それはこのテーブルからという意味で、飲み会そのものの話ではなかったのだが。桂さんの目がうかがうように、しかし真っ直ぐにこちらを射抜いていて、意図的に語弊を含む言い方をしているのだと分かった。その中に期待の色を見付けて、首を横に振れるわけがない。
「あ、あぁ……え……じゃあ」
みんなに注目されながら小さく答えると、桂さんが私の手を取って立たせる。いきなりで心臓が跳ねたが、平静を装って立ち上がり、みんなに顔を見られないように背中を向けた。
桂さんがぎゅっと肩を抱いてくれて、みんなの前なのにやっぱり酔ってるんじゃないかと思いはじめる。
「次から自分のコップで飲んでくれ」
回し飲みなんていつものことなのに、何の話をされているのか分からなくて首を傾げる。
腕に小さく力が込められた。
「やっぱ酔ってる?」
「……そういうことにしといてくれ」
どういうわけか、桂さんは赤くなって顔を隠した。
palladium