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世の中には言わなくても伝わることと言わないと伝わらないことがあるよ
「なまえ殿、エリザベスが久々に会いたがっているのだが……」
「桂さん、後ろにエリザベス居ますよ」
「む、そうか! そういえばそうだった! 良かったなエリザベス! なまえ殿だぞ!」
 軽快に笑いながら、桂さんは失敗を誤魔化すようにエリザベスの背をぽんぽんと叩いた。あまりにもおざなりな嘘のダシに使われたエリザベスは、ジト目で桂さんの方を見ながら、律儀にも沈黙を示す『・・・。』のプラカードを掲げる。
「それで、軽い男検定頻出みたいな台詞まで用意して、何か用ですか?」
「人聞きの悪い言い方はよせ。エリザベスはそんな男ではない」
「いやあんたですよ」
 桂さんは極めて真剣な声と表情で言い放った。あくまでも嘘は突き通すつもりらしい。またしても良いように使われたエリザベスが、彼の後ろで『💢』と書かれたプラカードを掲げて不満を訴えた。
「いやなに、特に用事があったわけではないのだが、また不摂生な生活をしているのではないかと思ってな」
「してないし、桂さんにとやかく言われたくないんですけど」
「俺はお前のためを思って言っているのだぞ。銀時とパフェばかり食べているそうではないか」
「誰からきいたんですか」
「だからあの子とは遊んじゃいけませんってお母さん言ったのに……」
 私の質問をあっさりと無視して、桂さんは妙な小芝居を打った。
「初耳だし悪い子の基準低くないですか? あとせめてお父さんにしません?」
「お父さんじゃない桂だ」
 指名手配犯のくせに往来で堂々と名乗りをあげる桂さんを前に、「おまわりさんコイツです」と言ってやりたくなるのをぐっと堪えた。

 私は桂さんの正体を知らない――ということになっている。彼の中では。
 隠されているはずの彼の正体に気付いたのは、何もテレビや張り紙が原因ではない。
 以前万事屋に遊びに行ったときに、坂田さんを攘夷活動に誘うところを見た。万事屋の中に入る前に桂さんが犯罪者だと察した私は、すぐに警察に連絡しようとしたのだが、聞こえてくる熱のこもった声に足が動かなくなり、気が付けば彼の演説に聴き入っていた。天人とか地球人とかで不自由したことのない私は、正直攘夷なんて興味のきの字もなかったけれど、彼の話をもっと聴きたいと思った。ほとんど無意識のうちに万事屋の扉を開けて彼の話を邪魔しないようにこっそり中を覗き見た。話を聞いているいないのか分からない坂田さんに向かって、桂さんが熱心に話をしていて、遠巻きに眺めた彼の横顔は、それまで世間話を交わしていた顔と何ひとつ変わらないはずなのに、地平線から昇る朝日のようにとつてつもなく大きな輝きを放っていた。なるほど日本の夜明けを連れてくるわけだ、とよく分かりもしないのに納得したのを覚えている。
 要するに、このとき私は桂さんに惚れてしまったわけだ。
 彼を好きになってから、私の世界は生まれ変わった。まず興味の無かったニュース番組を見ては彼の無事に安堵するようになり、それまで全く目に入っていなかった彼の手配書が注意を引くようになった。そこら中にある手配書を見つける度に剥がす行為は、早いうちに無駄だと気付いて辞めてしまったが、その日暮らしに近いであろう彼の力になりたくて、たくさんあるからと理由を付けてお菓子を手渡すようになった。桂さんに少しでも近付きたくて、彼の言葉をいちいち真に受けては実行した。それまで適当だった仕事にも熱心に取り組むようになったし、日頃から細かいことに気を配るようになった。
 桂さんに変えてもらった世界は、とても厳しくて、綺麗だった。
 桂さんも私のことが好きなんじゃないかと、気が付いたのはそれから少し経った頃だ。
 世間話をするだけの仲だった彼が、向こうから声をかけてくれることが増えた。話の内容はもっともなお説教からよく分からない彼の妄想まで様々だったが、妙なちょっかいをかけてくることがとりわけ多い。早くごはんを食べろだとか、その際は蕎麦にしておけだとか、早く嫁に行かないと婚期を逃すぞと言われたこともある。そんなしょうもないことを言うためにわざわざ声をかけてくるのは、彼が私を好く思ってくれているから――だと思う。

「そこまで分かってるならお前から告白すればいいじゃん」
 頭は堅いけど意外と俗っぽいし、案外邪念まみれだから好きなやつからの告白なら断らない、と余計な罵倒も添えた応援を私に送ったのは坂田さんだ。
 坂田さんは私の向かいで、特大サイズのパフェの頭頂にスプーンを刺しながら私を見た。
 桂さんが言っていた、私が「銀時とパフェばかり食べている」のはまさに今このことで、私はパフェを奢る条件で坂田さんに恋愛相談に乗って貰っている。相談というか、ほとんど愚痴みたいなものだが。
「だって、私も好きだって言ったら桂さんは離れていきますよね?」
 桂さんと私の仲が進展しないのは、なにも告白が億劫だからではない。
 桂さんと話していると、たまに壁を感じることがあった。人間だからあって当たり前ではあるのだが、彼の場合はそれが意図的に置かれているような気がする。彼は私の料理を食べてみたいと言ったくせに、私が頑張って作ったお菓子よりもんまい棒を渡す方が喜んでくれるし、それまでいい雰囲気で話していても、突然おかしなことを言い出すことがある。元から空気を読まない人ではあるけど、決して読めないわけではないから、アレはきっとわざとだ。
 彼は特殊な身の上だから、私と必要以上に親しい関係にならないようにしているのだと思う。
「だったらいっそお前からフッてやれよ」
「そういうことじゃなくて……万事屋ならなんとかしてくださいよ〜」
「つってもお前がどうしたいか分かんねぇと、俺もどうも出来ねぇだろ」
 ごもっとも、と小さく溢して俯いた私を見て、坂田さんがため息を吐いた。毎度毎度面倒な女に絡まれて憐れだとは思うが、タダで高いパフェを食べられるのだからもう少し好意的に接してくれてもいい気がする。
「告白するか、お前から拒否してやるか、このままか、どれかだろ?」
 告白したら彼とは会えなくなる気がするし、私から拒否しても同じ。このままなのは一番安心だが、私の気持ちが彼に伝わらないままで終わるのはなんだか嫌だな。
「それが選べないから困ってるんじゃないですかぁ」
 せっかく親切に選択肢を整理してくれた坂田さんには悪いが、それはもう何度も私の中で審議され、結論の出なかった問題だ。私はふにゃふにゃと声を上げて机に突っ伏した。
「あーあー、あいつの前での強気なお前はどこ行ったんだよ」
「元はこうなんです〜……好きだってバレないように隠してるだけで……」
「俺はそれも悪いと思うけどねぇ……お前が甘やかすから、ヅラだって本気で考えねぇんじゃねぇの」
 確かに、私が好意を伝えて一緒にいたいと言えば、桂さんだって少しは考えてくれるだろう。もしかしたら私が思うよりも簡単に首を縦に振ってくれるかもしれない。
 でももし、やっぱり一緒にいることは出来ないと言われて、もう話しかけてくれなくなったら。
 もし一緒にいて、彼の弱みになったら。
 私が何も知らない、桂さんに話しかけられるだけの一般人である限り、警察は私に手を出せないし、警察が手を出せないなら桂さんは安心して私に話しかけられる。
「もう……私が桂さんにしてあげられることなんて、何も考えずに接していい人間になることしか……」
「重っ……つーかそういうの都合のいい女って言うんじゃね?」
「やっぱり? でも桂さんはそんな人作りません! 作ったとしても、自覚がないんです! 今みたいに!」
「お嬢さん言ってること無茶苦茶だよ?」
 テーブルに頭を乗せてお行儀悪くする私に、坂田さんは呆れたように言った。
 坂田さんはスプーンを置いて立ち上がる。大きなグラスからはみ出していたパフェは、さくらんぼの茎やメロンの皮を残して綺麗に無くなっていた。
「うだうだ言ってねぇで一回告白してみろって。そんで話し合えよ。あいつが勝手に離れて行くとか、お前が一人で我慢するとかじゃなくて、関係ってのは二人で決めるもんなんじゃね?」
 知らねぇけど、と免罪符を残して、坂田さんは去っていく。
 それでいえば、これまで築き上げてきた、今のこの関係が二人で決めた答えということになるのでは。
 
 通例通り、私がひとりで歩いているところに、桂さんは話しかけてくる。
 綺麗な顔を嬉しそうに崩して、少し離れたところから私の名前を呼ぶ桂さんは、その声がどれほどの力を持っているか知らないのだろうな。
「奇遇だななまえ殿。今日はその、パフェは良いのか?」
「パフェが私の日課みたいに言わないでくださいよ。食べない日もあります」
 珍しく歯切れの悪い桂さんを疑問に思いながらも、私は普段どおり当たり障りのない答えを返す。何かあったのかと思い彼の後ろのエリザベスを見ると、いつもの表情のない顔で『なんかあった?』と私に尋ねる。
 エリザベスも知らないことを、道端で話すだけの間柄である私が分かるはずもなく、思い返してみても心当たりのない私は彼に向かって首を傾げた。
「そ、そうか。では今日は蕎麦にしないか? 奢るぞ」
 奢るぞ、ということはそれって食事のお誘いじゃないか。
 私がそう理解するのと、「え、本当ですか!」と彼に詰め寄るのとはほとんど同時だった。今まで蕎麦を食え、と謎の助言をもらうことはあっても、その先に一緒に食べに行こう、があったことはなかった。会話の流れで幾度となく私に蕎麦を勧める桂さんに、いいところを紹介してほしいと言って私から仄めかしてすら、彼は私と食事の席を共にしようとはしなかったから、そこは一線を引かれているものと思っていた。
 なぜ今になって、彼がお金を出してまで私を食事に誘う気になったのかは分からないが、とにかくこれは史上に刻まれるべき大進展だ。
 私のおめでたい思考回路がこれまた滑稽な電球に明かりを点ける間にも、桂さんは妙に食い付きのいい私を見て一言。
「そんなに金に困っていたのか?」
 その時の困惑と失望が入り混じった私の顔は、かなり面白いものだったという。

 パフェばかり食っているからだぞ、まさか銀時に集られているのか、と私の経済状況を心配しはじめた桂さんの誤解を解きながらも、私の心は完全に浮き足立っていた。
 隣を歩く桂さんを意識しないようにしようとしても、『俺は帰ってます』と言ってわざとらしく去っていったエリザベスを思い出すと、そういうことと思わざるを得ない。
 長時間一緒に居られるのも珍しいし、二人きりなのも珍しいし、今日は二人で同じものを食べに行く。それはいつもの雑談とは違って、明確に二人で何かしようという合意を伴うものであり、いつ終わるか分からない雑談よりも、少し先の未来が約束されているということだ。
「ここだ」
 まともに彼の顔も見れないまま案内された店は、あまり見ない並びの漢字四文字が書かれた暖簾を掲げていた。
「あれ、ラーメンにしたんですか?」
 別に私はどちらでも構わないが、桂さんが蕎麦を譲るなんて珍しい。実際の食生活は知らないわけだが、だいたい話にきくのは蕎麦だし、私にも蕎麦を食えと散々言ってくるから、かなり蕎麦に浸った生活をしているのではないかと思っている。
「幾松殿、蕎麦二つ」
「あれ、今日はいつもの連れじゃないのかい?」
 入り口から我が物顔で店主に声を掛けた桂さんに、親しげに返ってくるその声が女性のもので驚く。それと同時に、目に入ったその人が物凄い美人で私はどきりとした。
 店名から、てっきりゴツいおじさんが出てくるかと思ったのに。
 美人の店主に見惚れて立ち尽くす私に、二人は早く入れと手招きをした。
 あれ、好きだと思ってたの私だけなのか。もしかして真の意味で都合のいい女だったのか私は。
 何やら談笑する二人の姿があまりにも自然で、私は勝手な憶測を立てて失望する。会話を聞きたい気もしたけれど、耳に入って来なかった。
 途方に暮れた。そんな足取りでフラフラと桂さんの側によると、彼は話を切り上げて席に座った。
 向かいに座っているのに桂さんの顔を見れなくて、不自然にならないように店内を見回すと、壁に掛かったメニューにはやはりラーメンの名前が並んでいる。その中の不自然なそばの二文字に、私は目を奪われる。
「どうしたなまえ殿、なにか気になるものでも……」
「あ、いえ。少しお手洗いに」
 私の視線につられて後ろを向いた桂さんに悟られないように、私は努めて明るい声で言って立ち上がる。
 不覚にも泣いてしまいそうだったから、店のお手洗いを借りてこっそり気を落ち着ける。
 あの二人って付き合ってるのか。だとしたら馬鹿にも程がある。今までどこか一線引かれていると思っていたのも、恋人がいるなら当然のことだ。
 もしかすると私の好意にはとっくに気が付いていて、私から身を引かせるためにここに連れてきたのかもしれない。
 うわぁ、坂田さんになんて言おう。
 店に着く前とは別の意味でうるさい心臓を、深呼吸をして宥めながら、私はお手洗いから出る。
 席に戻った私に「遅かったな」と不思議な顔を向けたデリカシーのない桂さんを軽く睨むと、「女の子の日か?」となんの反省も悪びれもない様子で返ってきたので無視することにした。今までなら可愛らしい構ってアピールだと思っていたのに、今はただ腹立たしかった。

 一週間経ってもその日のことが忘れられず、私は坂田さんをよく行くファミレスに誘った。万事屋の戸を開けた機嫌の悪い私を見て、面倒そうだと察した坂田さんは珍しくファミレス行きを渋ったが、行かないなら万事屋で話すと言い出した私を追い出すことも出来ず、どうせ聞かされるならパフェを食べながらの方が良いと言って着いてきてくれた。
「もうダメもうダメ、無理です何もかも終わりました」
「落ち着け、面倒な女になってんぞ」
「女なんて全員面倒なんですよ! そんなことも分かんないから坂田さんはモテないんですよ桂さんと違って」
「ヅラを持ち上げんのは勝手だけど、そのために坂田さんの名誉を傷付けないでもらえる?」
「坂田さんの名誉は私ごときの誹謗中傷で傷付いたりしないので安心してください」
「何その厚い信頼、俺意外と慕われてたの?」
「桂さんのお友達でしょう、攘夷活動に誘われるくらい信頼されてるじゃないですか」
 いいなー、と小さくつぶやいた私に、坂田さんはそれの何が嬉しいんだ、と呟き返す。
 日本の夜明けについて語る、眩しい横顔を間近で見られるだけで十分羨ましい。
 本当は私だって、彼の見ている明日を一緒に見たい。彼の歩いてきた昨日を、一緒に振り返りたい。彼が全力で生きている今日を、私も隣で生きたい。
「ちょっと、その気持ち悪い顔で俺のこと見るのやめてくんない?」
「恋する乙女の顔に向かって失礼じゃないですか?」
 桂さんのことを考えただけで緩んで熱を持った頬を誤魔化すため、私はアイスを口に運んだ。向かいの坂田さんはそれを見て、「あいつのどこがそんなに良いんだよ」とこぼした。それを聞き付けた私の表情が変わるのを見て、坂田さんは「いい、いい! 言えって意味じゃないから!」と慌てる。それを無視して、私は桂さんの好きなところについて語り始め、坂田さんは意外にもその一言一言について返事を返してくれる。
「まず、お顔。きらきら輝いて見えます」
「結局顔かよ。イケメンならそのへんにもっと中身のいいやつがいるって」
「馬鹿言わないでください。中身はお顔よりもっと素敵です。いつも真面目で、真っ直ぐで、自分の信じたものに向かって直向きで」
「……あいつの信じたものって攘夷か? 直向きのわりには結構サボり倒してるだろ」
「好きだなぁ……」
「お前、人の話聞かないところあいつに似てきたんじゃね?」
 私が桂さんに似てきたというなら、その理由はこれまで一緒に過ごしてきた時間の積み重ねに他ならない。そう思うと、少し嬉しい。
「え、本当ですか!」
「なんで喜ぶんだよ……え」
「え?」
 あれ、と溢して、私は笑った。
 目からわりと大きめの雫が溢れてきていて、それに気が付いたら、そんなつもりじゃなかったのにどんどん涙が出てきて面白い。
「わお」
「わおじゃねーお前、とりあえずふけって」
 これだけ泣いて、誤魔化せないと思った私は、せめて笑い話にしようと戯けてみせたが、坂田さんの方が焦りだして、その優しさに余計に泣きたくなってくる。
 坂田さんが差し出した、ファミレス特有の硬めのティッシュを受け取って涙を拭う。若干痛かった。
「ありがとうございます、多分花粉症が突発しただけなんで」
 俯いたままそう言って誤魔化すと、坂田さんはしばらく何か考えたあと、焦りで大きくなった声で言う。
「いいよ別に。アレだもんね? 愛しの桂さんの前では泣けないもんね? 泣くどころか告白すらできないもんね?」
「そうなんですよ〜……ずっと我慢してたんです〜」
 坂田さん急に優しい、ごめんなさいパフェもう一個食べますか。そう言おうとしたとき、隣に人が座ってくる。突然の出来事に声も出なかった。驚きで身を引きつつ見上げると同時、見たことない表情をした桂さんが私を引き寄せる。
 自分が今何を口走って、聞かれた可能性があるのかも忘れて、私の頭はこの状況を理解するので手いっぱいになる。
 整理すると、桂さんに肩を抱かれて、もたれかかっているわけなのだが、なぜそんなことになっているのかが分からない。
「銀時と遊ぶのは辞めておけと言ったのに、なぜ泣かされているんだ?」
「お前話聞いてなかったの? 俺が親切にでかめの声で言ってやったのに。なにお前難聴? 老化始まってんの? つーかそんなみみっちいことしてたのかよ」
「うるさいぞ銀時。俺は今なまえ殿と話している」
 私の名前と一緒に、平気か、という優しい声が降ってくる。
 心配してくれるところも、泣き顔を見ないようにしてくれるところも、やっぱり好きだな。突然会話に割って入ってきたくせに、肩に置かれた手が遠慮がちに私を宥めるのも、そこから伝わる温もりも、全部愛しい。
「……好き、好きです桂さん」
 好きな人に抱きしめられて、黙っていられるはずがなかった。小さな声で私が絞り出すと、桂さんはぴたりと動きを止めた。
 泣きながら告白なんてずいぶん卑怯だと思ったが、一度出てしまったものは仕方がない。桂さんはしっかりしているから、泣かれた程度で答えは変わらないだろうな。
「なまえ殿、俺は」
「あっれ〜? もしかして怖いんですか〜? 狂乱の貴公子ともあろうお方が〜?」
「は?」
「え?」
 桂さんの言葉を遮って、最低な冷やかしでその場の空気を破壊した坂田さんは、おちょくられた桂さんと、一応告白だったものを台無しにされた私に睨み付けられる。
「そこまでしといて? え、お前今の格好分かってる?」
「いや違うぞこれは。それに俺にはやることが――」
「ちょっとなまえなまえちゃん、今の聞いた? やることとか言って本当は巻き込むのが怖いだけだからね。こんな最低腑抜け男やめて俺とかどう?」
「待て! お前に任せられるわけないだろ!」
 桂さんが叫んだせいで、店内の視線が一瞬こちらに集まった。
 当の桂さんはそんなことは気にならない様子で、「いいかなまえ殿、こいつは万年金欠甲斐性無しだからな。絶対に駄目だぞ」と坂田さんのネガティブキャンペーンを行っている。
「万年犯罪者に言われたくねぇよ! まぁ? 俺だったら例え指名手配されてようが好きな女くらい守れるけどな」
「なんだと!? 俺だってそれぐらいできるわ! いくぞなまえ殿!」
 白熱してしまった言い合いの空気をそのままに、桂さんは立ちあがる。肩から離れた手が、私の手首を掴んで軽くひいた。
 坂田さんを見ると「そういうことだ、良かったな」と言われた。つまりどういうことか、整理しきれていない私はしばらく席を動かなかったが、「まさか本当に銀時がいいのか?」と困ったように聞かれて黙ったままいるわけにもいかない。急いで席から立ちあがる。
「あ、ありがとうございます、坂田さん」
「別に、お前のためじゃねぇよ。パフェのためだからな。ぐちぐち聞かされるのも面倒くせぇし――」
 困惑が解消されないまま、とりあえず坂田さんにお礼を言うと、桂さんが私の手をぎゅっと掴んでひいた。
 びっくりして振り向くと、察した坂田さんはそこで言葉を切って「さっさと行けよ鬱陶しい」と言って私達を追いやる。軽く頭を下げてその場を後にするとき、「惚れた女泣かすようなやつは俺の知り合いにはいねーからな」という小さな声が、私の耳に届いた。

「聞きたいことが山ほどあるのだが」
 二人になった私達は、いつも話す道を少し逸れたところにあるベンチに並んで座っていた。
 少し言いにくそうに切り出した桂さんに、「私もあります」と正直に返すと、「まず……」と短く前置きをして彼は話しだす。
「はじめに言っておくべきことがある」
「はい」
「好きだ。俺と共に生きてほしい」
 私の目を見てはっきりと言い放った桂さんに、ゆっくりと頷くと、真剣な眼差しがふっと綻んで安堵の表情が浮かんだ。それから思い出したようにまた硬い表情になって、
「なまえ殿、先聞いたと思うが、俺は」
「知ってました。ずっと前から」
 そのあなただから、隣にいたいと思ったんです。
 そう言うと桂さんは黙って私を見つめる。表情はあまり変わらず、そこまで驚いていない様子ではあったが、彼が何も言わないことに不安になった私は口を開く。
「坂田さんに乗せられたこと、後悔してますか?」
「馬鹿を言うな。確かに銀時の挑発には乗ったが、俺が考えなしになまえ殿を巻き込むわけがないだろう」
 桂さんはそう言って、私を安心させるようにベンチの上で手を重ねてくれた。
 私が何も言わないのを見て、今度は桂さんが口を開く。
「そういえば、どうしてここ一週間いつもの道にいなかったんだ?」
「それは……」
 勝手に舞い上がって、勝手に失恋して、会いたくなかったなんて言えるわけがない。
「蕎麦を食べたとき浮かない様子だったので、今度は甘味に誘ってやろうと思っていたのだが……まさか一週間ずっと銀時とパフェを食っていたのか? なんか俺といるときよりも楽しそうだったし」
 問い詰めるように私を見ていた桂さんは、そう言うといじけてそっぽを向いてしまう。分かりやすく拗ねだした桂さんが可愛くて、私は笑った。
「だいたい、俺の前で泣けないというのはどういうことだ。俺より銀時の方が頼り甲斐があるということか?」
 それもこれも、全部あなたのことが好きだから。そう言ったらどんな言葉を返してくれるか知りたくて、恥ずかしかったけれど私は口を開く。お互い好いているのだから、今更好意を告げるくらい恥ずかしくないと思っていたのに、私の心臓は分かりやすく音をたてて鼓動を繰り返していて、それがなんだか心地よかった。
「楽しそうだったのは、桂さんの話をしてたからだし、好きな人の前では、情けないところ見せなくないので」
「……それもいいが、これからは色んなお前を見せてくれ」
 こちらを向いて微笑んだ桂さんはとても綺麗で、穏やかで、心が全部持っていかれたように、私は目が離せなくなる。
 交わった視線は、普段は今よりもっと遠くの未来を見ているもので、ひそかに憧れ、恋焦がれていたそれを私が独り占めしていると思うと、胸が熱くなって、嬉しいだけなのに不思議と声が震える。
「桂さんも、私の隣で、攘夷活動のお話を聞かせてください」
「意外だな、そんなものに興味があるのか?」
「いえ……この国の夜明けを見ている桂さんが素敵なので……」
「い、いつ見たんだそんなもの……」
 驚いた様子の桂さんに正直に理由を告げると、彼の視線が困ったように彷徨う。微かに逸らされたくすぐったそうな顔が耳まで赤くなっていて、呆れたような台詞は照れ隠しだと分かった。
 はてじめ見る表情についまた我を忘れてじっと見つめてしまう。
「な、なんだ、何か言いたいことでもあるのか?」
 その声から動揺が滲み出ているのがはっきり分かって、私は思わず声を出して笑った。
「お、おい、笑うな!」
「だって桂さんが――」
 笑うなと言われて余計に笑い出した私を、桂さんは黙って強く抱きしめる。驚いて声を出せなくなる私に「仕返しだ」と笑った桂さんはまだ赤いままで、「馬鹿じゃないの」と彼の胸を叩くと、「いいからこのまま抱かれていろ」と返ってきた。腕に力が込められて、私は大人しくその腕におさまっているしかなかった。
 桂さんのことを考えているとどきどきとくすぐったさでおかしくなってしまいそうで、坂田さんにどうお礼をしようか考えて気を紛らわせると、どうやって察したのか「もう甘いものは……いや、銀時とパフェを食うのは駄目だからな」と聞こえきた。
 この人は察しがいいクセに、坂田さんが本当は何のためにあんなことをしたか気付いていないんだろうな。
 せっかく協力してくれたのに申し訳ないが、桂さんが嫌がるなら坂田さんとパフェを食べるのはよそうと思いながら、私は返事の代わりに彼を抱きしめ返した。
palladium