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桂さんと身の上話を聞いた夢主
 生涯を共にする上で、家のことは話しておくべきだろうな。
 かつて彼の隠れ家のひとつだった長屋の一室で、そんな淡々とした言葉とともに始まった彼の話を聞き終えて、私は静かに瞬きをした。自らの身の上を話すにしては随分と整理された言葉や、落ち着いた――この場合は普段どおりというべき態度が、彼が自分なりにそのことを整理できている証拠だった。
 だから下手な同情の声を掛けることはしなかったし、そういう感情を彼に向けることもなかった。
 なにより、桂さんが強いのは分かっているつもりだから。
 受け入れて片付けてはいるものの、それなりの覚悟と信頼を以って語られたであろうそれらに――彼の紡いだ言葉のひとつひとつに向けて、思ったことをそのまま口にする。
「ありがとう。桂さんのこと、またひとつ知れて嬉しい」
 そう言うと、彼は穏やかに微笑む。いつも堅い顔をしていると思っていた彼の緩んだ頰も、もう随分と見慣れた。飽きる気はしないけれど。
 幸せそうに目尻を細めた顔が近付いてきて、唇が優しく額に触れた。
「――お前に話して良かった」
 私が素直に口にすれば、彼も飾らない言葉をくれる。それを受け取って、噛み締める。
「でも、あのね。これは確認なんだけど」
 生涯を共にする。そう口にしたのは聞こえていたけれど、それでもやはり。
「本当に、私でいいの?」
「……それを今更言うのか?」
 一瞬だけ心外そうに眉を寄せた彼が、こちらの意図に気付いて優しく笑う。
 桂さんの愛情を、今更疑っているわけではない。
 彼の家の事情を背負う、桂家の女になる、その覚悟がほしかった。生涯を共にすることは、彼の他に跡を継ぐ者のいなかった、彼の大切なお家の子を産んで、育てて、きちんと子孫を残していくということだ。今まで目を逸らしていたつもりはないけれど、家の事情を聞いて、改めて、その責任の重さを思い知った。
 家の事情がどうあれ、私は桂さんが好きだ。心から愛していると言えるし、差し出がましくない範囲であれば支えたいと思っている。
 それでも、好きなだけではどうにもならないことだってある。子どもなんて私は育てたことがないからどうなるかなんて分からないし、それは桂さんだって同じだろう。それ以外のことだって、未来がどうなるかは、今まで以上に分からない。そこから目を逸らして恋に盲目でいられるほど、桂さんのことを適当に考えているつもりはない。
 だから。
「もう一回、あなたの口から聞かせてほしいの」
 覚悟がほしい。桂さんだけじゃない。彼のお母様やお父様が必死に守ってきたであろう彼の家を、私がこれから守っていくのだという覚悟だ。彼のご先祖様にお伺いを立てても、直接許可をいただくことはもう出来ないけれど、それでも私がやるのだという。
 その覚悟に、彼の確かな言葉がほしい。俺の家を、お前に任せても後悔しないからと、そう言ってほしい。そうしたら、絶対に後悔なんてさせないから。
 膝の上で結んだ手に、彼の手がそっと重なった。
 次の言葉を聞き逃さないように、そして一生忘れないように、辛いときに必ず思い出せるように、必死に彼の目を見つめる。
 穏やかに見つめ返してくれる桂さんの目が、しばらくして堪えきれなかったように、愛しさに緩んだ。
「気負いすぎだ」
 思っていたものとはかけ離れた台詞が、柔らかい笑みとともに溢れた。桂さんの意図を図りそこねて、力が抜ける。呆けた顔をしているであろう私を見て、桂さんが柔らかく息を漏らして笑った。
 向かい合って座っていた彼が私の隣に座り直し、重ねていた手は肩に置かれる。優しく引き寄せた力はそんなに強くないのに、肩を抱く手には確かめるようにぎゅっと力が入れられていて、安心させようとしてくれているのだと分かった。
「そうやって真剣に考えてくれるのは嬉しいが、お前一人ではないのだから。二人で支え合っていけばいい」
「何も言ってないのに……」
「これくらいは分かるさ」
 何年も一緒にいるから。離れた時間も長かったけれど、それでもやってきたから、言葉がなくても、先私が分かったように、桂さんも分かるのだろう。
「でも半分ハズレ。私一人だなんて思ってないよ。桂さんのこと、頼りにしてるから」
「そうか?」
 嬉しそうに、少しだけ高くなった声が聞こえる。
 寄り添った体温が心地良くて、自然と瞼を閉じた。
「俺もお前のこと、頼りにしているぞ」
 その言葉が、ただ単純に嬉しい。
 穏やかな声に、彼が同じ気持ちになってくれているような気がして、そうだといいなと思う。
 まっすぐ背筋を伸ばして座っていた桂さんが少しだけもたれかかってきてくれて、勝手に口元が緩んでいく。
「――俺はお前がいい」
 静かに、聞きたかった答えが返ってくる。
 もっときっちり聞こうと思っていたのに。
 けれどその言葉は思っていたよりもすんなりと私の胸の内に入ってきて、まるでそれが自然であるかのように、すっと溶けていった。
 本当はほんの少しだけ気後れしてしまっていたことも、彼はきっと分かってしまっているのだろう。そのことがやはり、少し情けなくて、けれど伝えるべきことはそれではない。
「私も、桂さんがいいな」
 未来のことなんて分からないけれど、この先どんなことがあっても、今日桂さんがくれた言葉を、何もない日に二人で寄り添ったことを、純粋に愛しく思える。それだけは変わらないと、確かに思えたから。
palladium