酔っぱらいと桂さん
「桂さん〜、好きです〜」
「こら、人前でひっつくな」
流行りのドラマの話についていけなくてひとりで飲んでいた桂さんに近付いて纏わり付いた。近くで飲んでいた彼の部下が数人、振り返って野次をたてる。
からかわれた桂さんは、私に抱きつかれながら「見世物じゃないんだぞ」と顔を赤くした。
離れろと言いながらも無理矢理引き剥がしたりしない彼に気を良くした私が甘えるように擦り寄ると、流石に酔いすぎと思ったらしい数人が大丈夫かと聞いてくる。それに「もう寝かせて来る」と答えて、桂さんは私の腕を引いてゆっくり立ち上がる。
「酔ってません〜」
「酔っ払いは皆そう言うんだ」
「酔ってない人も言いますって」
「……立てるか?」
まだ寝たくない私は座ったまま駄々を捏ねたが、優しく問われてしまってはこれ以上わがままを重ねられなかった。
また桂さんに抱き着きながら部屋を出ると、飲み会の賑やかな雰囲気から一転、廊下には私たち以外誰もいない。小さく耳に届いている喧騒の一部も、扉一枚隔ててしまえば疎外感を煽るだけだ。
時折漏れているどこかの部屋の灯り以外、完全な闇が廊下を包んでいて、それが私の気持ちを暗くさせる。
桂さんは私を寝かせたらみんなのところに帰っちゃうんだろうな。
たまには甘えたかっただけなのに、酒の力を借りたことを後悔する。今日離れたって明日になればきっとまた会えるのに、桂さんがずっと一緒にいてくれないことが、今はとてつもなく大きな壁に感じた。
みんなのいる部屋を出て静かになった私を見て、桂さんは呆れたように笑う。
「まったくお前は……酔ったふりをしないと素直に甘えることも出来んのか?」
「……気づいてたんですか」
甘えたかったことも酔ったふりもバレていて恥ずかしいことこの上ないが、桂さんはそんな私に気付いた様子もなく、歩きながら説教をはじめてしまう。
「いいか、人目のある場所でベタつくな」
「……はい、すみません」
「妙な小細工もするなよ。それから……」
桂さんが立ち止まったので不思議に思って顔を上げると、彼は私の頬に手を添えて黙って目を合わせてくる。
こうして桂さんに見つめられると、私はいつも目が離せなくなる。言葉も出せずにただ彼を見つめ返す。
桂さんがそっと目を閉じたので、つられて私も瞼をおろすと、軽く唇が触れる。
「甘えるならこれくらい、しないか」
言い切る前に恥ずかしくなったのか途中でしどろもどろになって顔を逸してしまう桂さんを見て、私まで余計に恥ずかしくなった。
「桂さんも、酔ったふりですか?」
「馬鹿者。俺は酔ってるんだ」
「酔っ払いは自分で酔ってるなんて言いません」
薄明かりがにわかに闇を照らして、彼の顔が赤くなっているのが見えた。
私たちを照らした明かりの正体が、先までいた宴会場の明かりだと気付いて振り返ろうとすると、桂さんの腕に捕まって動けなくなる。顔を彼の胸に押し付けられる。
「桂さ〜ん、このあと……」
扉を開けて桂さんを呼びに来たらしい男が、私たちの体制に気付いて「あ、すみません」と気まずそうに引き返して行った。
開きっぱなしの扉から「抱き合ってた!」と騒ぐ声が聞こえてくる。抱き合ってはない、という訂正をしに部屋に入る勇気はない。
私を抱きしめていた桂さんの腕がゆっくりと離れると同時に、部屋の中から誰かが「馬鹿開いてる!」と叫ぶ声が聞こえて、宴会場の明かりが小さく細くなる。
「まったくそそっかしい」
桂さんはわずかな隙間を残して締め切られた引戸を見ながらひとりごちた。
今の出来事が好き勝手酒の肴にされているのが恥ずかしくて、私は誤魔化すように口を開く。
「なんでわざわざ抱きしめたりなんか……」
「俺にきゅんきゅんしてだらしない顔をしているお前を、他人に見せるわけないだろう」
「……してません、酔ってるだけです」
「酔ってるやつは自分で酔ってるとは言わん」
桂さんに口付けをされて顔が赤かったりした自覚は確かにあるが、それを本人の口から、それもきゅんきゅんとかいう言葉で表現されると残念な感じがする。けれど、そういうところも好きだなんて思っている自分がいて、少し悔しくて黙る。
もう寝室に行く理由もないし、だからといって宴会場に戻るのも恥ずかしい。
しばらく二人で黙って立っていたあと、いつもより少し柔らかい声が落ちてくる。
「散歩にでも行くか」
「え、でも……」
先の人は桂さんを呼びに来ていたのでは。
そう思って桂さんの方を見ると、彼は先に歩き出す。
「構わん、どうせだれも俺の話など聞いていないしな」
置いて行かれないように隣に並ぶ。
桂さんは外は寒いからと私に羽織を掛けてくれて、そのくせしばらくして自分が震えだしたので、私たちは温もりを分け合うようにくっつきあって夜の道を歩いた。
palladium