桂さんと坂田さんと「銀時」
彼がその名前を呼ぶとき、私と話しているときよりも嬉しそうだと思うことがある。
「銀時」
はじめて呼ぶ名前だったが、思いの外口に馴染んだのは、桂さんがいつもそう呼ぶから。声を弾ませて。
自分でもわけが分からないと思っている。男性相手に嫉妬に似た感情を抱いているのだ。
そんな馬鹿な私の呟きを聞き付けて、書き物をしていた桂さんが手を止めた。
「お前……いつの間にそんなに仲良くなったのだ」
私はいつも坂田さんと呼んでいるから、桂さんは驚いた様子でたずねる。少し声が柔らかいのは、大切な友人と恋人が仲良くしているのが嬉しいのだろう。
「銀時が羨ましい、銀時になりたい」
質問には答えず、私はただ部屋の隅を見つめて独りごちる。
「な……あんなやつのどこがいいんだ」
「だって、私も桂さんと一緒に戦いたいのに」
桂さんに慕われて、信頼されて、共に戦える彼が羨ましい。何を負い目に感じることもなく、堂々と隣に立てる彼が羨ましい。
「……」
桂さんは紙と筆を片して立ち上がり、私の横へやってくる。そのまま優しく抱き寄せられる。彼の腕が私の首の後ろに回る。
「お前が銀時になってしまったら、こうして甘えられない」
文字通り甘えるような声に、この人が愛しいという気持ちが溢れ出した。彼の腕が緩んで、そっと唇が触れる。
優しく甘い、けれどじゃれるような口付けを繰り返した。
「珍しいですね」
こうして触れ合うのははじめてじゃないけれど、よくあることでもない。なんだか恥ずかしくなってしまった私は、そう言って彼を見る。
「妬いた」
私を抱いたまま、少し困ったように笑う桂さん。
何のことか分からなくて、何も返せずにただ彼の目を見つめる。そこには困惑する自分の姿だけが映っていて、彼をひとりじめしているような甘い錯覚に囚われる。
「お前が銀時銀時うるさいからだぞ」
そういってまた私の口を塞ぎ、今度は長く口付ける。
妬いたのだと言われたときは、彼の表情が穏やかすぎて理解できなかったけれど、いつもよりほんの少し低くて不機嫌な「ぎんとき」の四文字に、彼が妬いてくれていたんだと確かに分かった。
いつも聞かされる「ぎんとき」に、ほんの一瞬だけ私が勝てたような気がした。
「銀時のことを考えている暇があるなら、俺のことを考えていろ」
くだらない嫉妬をした私を叱るためか、それとも単純に妬いているだけか。いずれにせよそ言葉から彼の愛情を感じて、私は幸福感に包まれる。
「何を笑っている」
「え、顔に出てました?」
「……まったく……俺のこともまだ桂さんだというのに、勝手に銀時と親しくなりおって」
今度はぎゅうっと抱きしめられて、桂さんの頭が私の肩に置かれる。
「それは、あなたがいつもそう呼ぶから」
呼んでいいのならあなたのことは小太郎さんと呼びたい。
それを言うにはまだ少し恥ずかしくて、私はそれ以上何も言わずに彼を抱きしめ返した。
後日、坂田さんに自分のことは小太郎と呼ぶように迫る桂さんの姿があったけれど、桂さんが口にする言葉に意味があるだけで、私が坂田さんに影響されることはないと思う。それを言ったら、彼は嬉しそうに私を腕に閉じ込めて得意気に坂田さんに自慢していた。
palladium