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恋バナってだいたい不毛だ
 別段好いているつもりもなかった。
 むしろ、告白されたらどうするべきかと憂いていたのだ。
 会うたびに嬉しそうに声をかけてくるなまえは、おそらく俺のことが好きだ。俺も彼女のことは嫌いではないし、自分を慕ってくれる女性を無下に扱えるほど冷酷なつもりもない。だからといって彼女の好意を素直に受け取れるほど、単純な身の上ではない。
 はっきりいって、恋だの愛だのに感けているヒマは、この桂小太郎にはないのだ。
 今そこで楽しげになまえと話している近藤とは違って。
 彼女の気持ちには応えられないから、新たな恋を見つけたのならそれはそれで構わない。しかしよりによってなぜ幕府の犬と。
 しかもなんか俺と話してるときより楽しそうじゃないか。え、俺のこと好きなんじゃなかったの。
 相手が近藤であるせいであまり近付けないのが歯がゆい。いや別に話の内容が気になってなんかないんだからね。

 とかなんとか思っていたのももう二年も前の話だというのに、なまえは相変わらず近藤と話しているらしい。
 江戸から離れている期間も長かったのに流石に親しすぎないか。俺は大統領をやっている間彼女に会えなかったが、実のところ二人はこっそり会っていたりするのだろうか。
 今更になって小さな痛みが胸をつついた。
 どうやら俺は認めなければいけないらしい。
 たとえ失ってはじめて気づく系のありふれた気持ちであっても、二年も離れていた彼女のことをこうも気にするのは、自分がなまえを慕っている証拠に他ならない。尾崎世界観じゃない桂だ。
 とはいえ彼女が近藤を好いているならどうしようもない。
 俺は二年前彼女の気持ちに気付かないふりをしていたことを、不誠実とは思えど後悔はしていない。あのときは先行きの分からない身だったのだ。彼女を巻き込むわけにもいかなかった。
 しかし大義を成し、俺を狙う者もほとんどいなくなったであろう今、俺は彼女を諦める理由をなくしてしまった。
 この気持ちにどう区切りをつけて良いものか。
 そよ姫の治めるこの国は強く立派になったというのに、俺はすっかり小さく弱くなってしまったようだ。そんな感傷に少しだけ浸ったあと、俺は新しくなったこの国を見守るべく、いつも通り町に繰り出した。



「あ、近藤さん。お疲れ様です」
 電柱の影から妙ちゃんを見守る近藤さんに、私は声をかけた。彼は振り返って、笑顔になる。
「やぁ、なまえさん。今日はお休みかい?」
 腰に手を当てて、からかう様に言う。
 お休み、とは何も仕事のことではなく、私の想い人である桂さんに会いに行くことだ。彼にはずっと片思いで、私は気持ちすら伝えられていない。
 近藤さんにはそのことを聞いてもらおうと声をかけたのだが、向こうから振られるとやっぱり照れてしまう。
「えへへ、どこにいるか分からなくって……」
 ターミナルがぼろぼろになった経緯と、そこで桂さんにとって重要な問題がひとつ片付いたというのは、坂田さんに迫って少しだけ聞いた。坂田さん自身が何か思うところがあったみたいだったから、あまり深くは聞けなかったけれど、もしかしたらこれで桂さんに告白できるんじゃないかという期待があった。けれど、ここ最近桂さんとは会えていない。
「はぁ、桂さんってどうしたら振り向いてくれるのかしら」
「うんうん、分かるぞ、その気持ち」
 近藤さんは深く頷いて私に同意した。
 彼の場合はストーカーを辞めれば普通に脈アリなのではないかと私は思っているのだが。
「近藤さんは格好いいからいいじゃないですか」
 私なんて桂さんから見たら小娘だ。
「はは、ありがとう。なまえさんだって十分可愛いと思うぞ」
「ありがとうございます。でも結局、好きな人からそう思ってもらえないと意味ないんですよね〜」
「だよなぁ、分かる分かる」
 近藤さんは腕を組んで、再び深く頷く。
 彼と会うといつもこんな感じだ。なんの生産性もないのにずっと同じようなことを話してしまうのは、ひとえに、桂さんが素敵だからだ。もちろん、近藤さんにとっては妙ちゃんが。
「あ、妙ちゃん行っちゃいますよ!?」
「嘘!?」
 買い物をしていた妙ちゃんが店から離れるのを見て、私は近藤さんに教えてあげる。慌てて追い掛けていく近藤さんを見送って、私はため息をついた。
 友達のストーカーの幇助なんてどうかと思うが、近藤さんとは同じ穴の狢というか。私も、桂さんが定住していたら毎日家の近くを通ったりしていたかもしれない。
「お前、いつも近藤とあんな話をしていたのか?」
「え!?」
 ちょうど今考えていた相手の声が頭上から聞こえて、私は顔を上げ――、
「へ、変態……?」
「変態じゃない、オバZだ」
「桂さん」
「桂さんじゃないオバZだ。いつも近藤とあんな話をしていたのかと聞いている」
 全身白タイツで、顔面まで覆った変質者からは、確かに桂さんの声で桂さんお決まりの台詞が聞こえてきた。よく見たら覆面は彼のペットの顔に似ている。
「き、聞いてたんですか……いつから……」
「俺が先に質問しているんだが」
 そう問いかけてくる桂さんの声はいつもより低く、明らかに不機嫌だった。自分がいないところでこんな話をされていたら不快なのは当たり前か。桂さんは特に、色恋とか嫌いそうだし。
「いや……それは……あの、いつもではないっていうか……今日はたまたま、ごめんなさい」
「ではいつもはどんな話をしていたのだ?」
「えぇ……!? いや……あの」
 なんて答えるのが正解なんだ。なんでそんなこと聞くんだ。
 何も答えられなくなってしまった私を見て、桂さんはため息を――吐けずに覆面につまらせてむせた。結局その覆面は邪魔だと言って取ってしまう。それから私の方を見て、わざとらしく咳払いをする。
「んんっおほん……ああいったことは本人に直接言わなければ意味がないだろう」
 どう考えても触れられたくない話題なんだから、これ以上掘り下げないでほしい。しかし、それほど不快だったということだろう。申し訳なさと恥ずかしさでどうにかなりそうだ。
「はい、ごめんなさい……」
「いや、そうではなくてだな」
 桂さんは少し考えたあと私から目を逸らし、ひっくり返った声で言う。
「まぁ、女に言わせるのもどうかと思うしな。仕方がない、俺から言ってやろう! はっはっは!」
 それからすぅ、と息を整えて、また私を見た。私の肩に優しく手を置いて、私の目を真っ直ぐじっと見つめる。彼の真剣な視線に射抜かれて、私も目を反らせなくなる。
「――好きだ」
 顔が熱くなるのが、嫌というほどよくわかった。ずっと、彼は私のことなんて相手にしていないと思っていたのに。
 私の答えは決まっているはずなのに、桂さんの口から紡がれたたった3文字の言葉は大きすぎて、息が詰まったように言葉が出ない。
「あ……わた、しも」
 なんとかそれだけを絞り出すと、彼は私をぎゅっと抱きしめる。
 月並みだけど、夢のようだと思った。
 しばらくするとゆっくりと腕が解かれ、頬を赤くした桂さんが目に入る。
――桂さんって、そんな顔するんだ。
 数秒前までは想像すら出来なかったであろう桂さんの意外な一面に、私は心躍ってしまう。そんな私の心を知ってか知らずか、桂さんは赤いまま厳格な顔付きになる。
「それと、好きな男がいるのに毎日毎日近藤と話しているのはどうなんだ。近藤が格好いいとか、なまえさんも可愛いとか言い合って、随分と親しげだったではないか」
 説教のような口調から、だんだん拗ねたように口を尖らせていく桂さんが面白くて、私は少し笑う。
「いや、別に毎日は……ちょっと待っていつも見てたんですか?」
 先は気が付かなかったけれど、よく考えたらなぜ桂さんはいつも二人で話していたことを知っているんだ。
「貴様テレビを見ていなかったのか? 英霊志士オバZはいつでも見守っていると言っただろう!……まったく、おかげでお前が俺に興味をなくしたと勘違いするところだったではないか」
「開き直らないでくださ……ちょっと待って気付いてたんですか!?」
 興味をなくしたってことは、なくす前はあったということだ。つまり私の好意は筒抜けだったということになる。彼は私があれこれと話題をつくって話しかけているときも、たまたまを装ってお菓子を献上したときも、私の真意に気が付いていたわけだ。とんでもなく恥ずかしい事実に気が付いた私は、顔を覆って叫ぶ。
「来ないでください変態! 白タイツ!」
「えぇ!? なんで!? せっかく結ばれたのに!?」
 私が走り出すと、桂さんも走って着いてくる。追いかけっこで桂さんに勝てるわけもないのだが、いつもは彼を追いかけてばかりだったからなんだか新鮮だ。そんな小さな変化に、本当に結ばれたんだな、と私は幸せを噛みしめた。
palladium