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極。それは一定の練度を超えた刀剣たちに与えられる選択だ。
政府からの承認と修行道具と呼ばれる特殊な道具、そして主である審神者の許可の全てを得て初めて行使される術。それによって戦場や遠征へ向かうこと以外に許されていなかった時間遡行が可能になり、刀剣たちは各々の抱える心や歴史と向き合う。すべては今仕える主のために。
己の心、たどってきた歴史。それらと向き合い修行を積んで、彼らはそれまで以上の力を。その先へと続く可能性を手に入れる。けれど、

「主命とあらば」

それを生かし、新たな可能性を花開かせるのもまた。

「…主」

審神者次第なのである。



神速で自らを振り降ろし、長谷部は手を止めた。
演練後のクールダウンを兼ねた素振り。高ぶっているのは体ではなく心であった。

――圧し斬る!

演練で相対したのは同じ極の部隊だった。
相手の練度は三十弱、刀種は打刀が四に脇差が二。刀剣こそ違うものの編成はこちらの打刀が五に脇差が一とほぼ変わらず、しかし練度はこちらが平均五十程。
遠戦の回避能力とその神速が脅威と言われている極短刀はおらず、練度でもこちらが上。苦戦するような相手ではないと皆思っていた。だが、

ぐっと長谷部は目を閉じた。瞼の裏に映るのは自身に切りかかる白金の煌めき。
長谷部の相手はあちらのへし切長谷部で、そして練度が格下の相手に長谷部は負けたのだった。

「っ、はァ!」

再び己を振りぬく。残像すら残らぬ速さは、何をも斬る刃はあの刀には届かなかった。
それに比べて相手の返す刃は正確無比に己の刃を弾き、それ以上の速さでもってして長谷部を切り裂いて見せた。
練度で優っていたから己は慢心したのだろうか。赤く染まる視界でそう自問自答しても答えは出なかった。
しかしその疑問は演練後、思わぬ形で答えを得ることとなった。



「あぁ、特務審神者の…」

部隊長であるからと演練後に相手の審神者の元へ挨拶へと向かえば返されたのはその言葉だった。何のことかと訝しげにした長谷部に演練相手の男審神者はどこか申し訳なさそうにしながら訳を話した。

それは極について。審神者の間で密かに噂になっている程度の推測、都市伝説程度の物だけれどと前置きを経て話された内容は、端末を操り多少のネットサーフィンすら嗜む長谷部でも初めて聞く話だった。

新たな力と更なる強さへの可能性を得る極。それは審神者の力、審神者の有無などによって刀剣たちが発揮できる力が変わるのではないかというものだった。
話の発端は極にした刀剣の強さが各本丸によって異なるというところから。見違えるほど強くなり頼もしくなったという一方で、練度が巻き戻るからか特の練度上限の方が強かったなどという声も上がっていて、そのあまりの差異に興味を持った一部の審神者が有志で調査をした結果がその話だという。
調査と言っても審神者の端末からつながるネットでアンケートを取った程度のものだったから信憑性どうのという声もあがっていたが、結果からは納得できる点も多く見つかったためあくまで噂という体をとりながらもその話はそれなりに確実性の高い話として審神者界隈に密かに広まっているのだそうだ。
そしてその納得できる点という話の中で大きく取り上げられていたのが、審神者が常駐する本丸の刀剣よりそうでない本丸の刀剣の方が極として発揮できる力が弱いという結果だった。

それを聞いたとき、長谷部ははっと息を呑んだ。長谷部のその反応に演練相手の審神者は目を伏せた。
その反応は、聞かされた話が自身の本丸の刀剣たちに適用されるものであるという確信を長谷部に持たせるのに十分なものだった。

「霊力の問題なんだそうだよ」

極というのは刀剣が審神者のためにする選択。それには審神者のために修行を選ぶ刀剣の覚悟が、そんな刀剣に寄り添う審神者の心が。それぞれが不可欠なのだ。
そして審神者の霊力は刀剣を顕現させる源であり、また審神者の心を映す鏡でもある。修行の覚悟を決めた刀剣に審神者の心もまた以前のままと同じではいられない。
だからこそ刀剣と同じだけの覚悟を決めた審神者の霊力は修行を行う前より強くなり、そしてそれを受ける刀剣もまた更なる力を発揮するようになる。

「ただそれは審神者が本丸にいる場合の話で、」

審神者がいない本丸。そこにも何らかの手段で霊力は供給される。
霊力というものは代替できるものではない。けれど政府の技術をもってすれば、代替こそできないものの僅かな霊力を薄めて増やしてということは可能なのだ。
審神者の姿を映し声を届けるネットワーク、そのインターフェイスとなるブラウザやアプリを通して審神者の霊力を微量に吸いあげて、ネットワークを介し本丸へ霊力を届ける。届いた霊力を薄め増やし供給する、特務審神者の本丸にはどこもそんな仕組みがある。
けれど、

「…供給される霊力量が足りないのですね」
「…うん」

極の強さを存分に発揮できるほどの霊力が、特務審神者の本丸にはない。
日々審神者が暮らし、手ずから霊力を注がれ顕現し負傷すればその霊力を直に浴びて手入れをされる。そんな審神者のいる本丸の刀剣たちと、そうではない本丸の刀剣たちとではどうしたって差が出てしまう。
それは仕方がないことで、主が本丸にいないことも、しかたがない、ことで。

「貴重なお話を、ありがとうございました」
「あっ、いや。大丈夫だよ」
「はい。また機会があれば」

そうして会釈をして、長谷部は踵を返した。



「圧し、斬る!!」

やりきれなくなって振り下ろした刃が巻藁をとらえて寸断する。切り落とした藁が落ちる前に再度返す刃で切る。やがて細かくなった藁が地面にはらはらと落ちて、ようやく長谷部は刀を振るう手を止めた。

「は、」

巻藁があるのは道場の裏手だが人気はない。大体動かない巻藁をなます斬りにするより手合わせ相手を下す方が好みな血の気の多い者が多数なのが理由だろう。

静かなそこで長谷部は一人、空を見上げた。
青い空を夏らしく入道雲が漂っていた。

「主、」

暑さからかごくりと喉が動く。
酷く、乾いていた。喉か心か、長谷部には分らなかったけれど。

「主、」

執務室でないから呼びかけに答えは返ってこない。
それでも長谷部は呼び続けた。

「主、」

日差しが揺れる。
入道雲が、漂っていた。

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