03



「……おや。現世に呼ばれるとは。私は太郎太刀。人に使えるはずのない実戦刀です」

涼やかな霊力を覚えている。
それは太郎太刀を現世に手招いた輝き。水の煌めきに似たそれは現世にあまり興味のない彼が引き寄せられてしまうくらいには美しかった。
そうして降り立ったそこで、太郎太刀はそれを見た。

『わあ、大太刀…?』

壁に付けられた黒い枠。その中で一人の女性が驚いたように目を見開いていた。
その姿を見て、太郎太刀も目を見開く。正しくは女性に巻きつくそれを見て、だったが。

「…貴方が私の主のようですね」
『大太刀って太刀なのかな?いや、違うっぽい…?ならば大太刀とは…??』

新種?色違い?いや何のやねん。一人忙しなく呟く彼女にはこちらの声が聞こえていないらしい。
届かない声、けれど彼女こそがこの身を現世に象る霊力の持ち主。しかし空間に漂う霊力は顕現時に感じたそれより遥かに薄められたもの。

(…どうやら何か事情のある方のようですね)

そう察するのは容易かった。何より、彼女の腕に巻きつきゆらゆらと揺れるそれを見れば、神刀である太郎太刀にとって目の前の人の子が凡庸ではないことが明白だった。

揺れるそれは銀の靄のようなものだった。きらきらと霜のような光を纏い、女性の腕に巻きつきながら不規則に揺れている。
どこか楽しそうに揺れるそれは神気の塊だった。銀の燐光を撒きながら揺れていたそれはふと動きを止めた。

「、」

明確には視えない。だがこちらを視ている。
太郎太刀の背に微かに緊張が走る。だが視線は逸らさない。
彼女は靄にとって特別な思い入れがある存在なのかもしれないが、それはこちらも同じ。今生の主に憑くもの、それを見極めんと太郎太刀も視線を凝らす。そして一瞬垣間見えたそれにはっと息を呑んだ。

(銀の――)

暫くして再び靄は女性の腕で揺れ始める。
付喪神よりも遥か上位の存在。その欠片の神気が太郎太刀を黙認したことに、太郎太刀も無意識に体に籠めていた力を抜いた。

「…貴方はどうやら人の子の中では稀な存在のようですね」
『複数の敵を同時に…?えっ、お山を大太刀三人で……?ひぇっ…』

何やらぶつぶつと呟き、稀なる存在の加護を受ける。それが太郎太刀の主であった。



『太郎ちゃん、今日もよろしく』
「変わりませんね。貴方は…」

執務室のモニター越しにそう笑う主に太郎太刀は微かに微笑む。

太郎太刀が顕現されてから多くの月日が流れた。
仲間が増え本丸も大きくなり、新たな戦場は増え続け涌き出る敵はとめどもない。けれど、主がいないことは変わっていない。

「傍らに主がいるということはどういうことなのでしょうね…」

まだこの本丸の誰もそれを体験したことがない。それでもいつかを夢見て、皆前へと進んでいく。全ては人の世のため、そして主のために。

ゆらゆらと揺れる靄は相変わらずで、そんな加護を引っ付けた彼女も相変わらずだ。

『今日は遠征一番手、お願いします』
「は、分かりました」
『…でも太郎ちゃんの遠征台詞は何度聞いても不安になる…』

その呟きにふふと太郎太刀は小さく笑った。

「大丈夫ですよ、貴方にお会いするまでいなくなったりはしませんから」

(…それに)

銀の靄を見つめる。それがゆっくりと主の腕にそって動くのを見て、彼は目を細めた。

「…貴方がいらっしゃるまで、そう時はかからないかと思いますので」

ゆらゆらと、靄が揺れていた。

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