アンナに連れられて部屋から出た先はまさにファンタジーの世界だった。

「わぁ…」

石造りの廊下に高い天井、真紅の絨毯。見渡す全てがまさに中世の城といった様相で、女子ならきっと誰もが一度は憧れるような光景だった。そしてそれは私も例に漏れずで、

「お城って素敵で憧れるわよね。わかるわ。でも、今は」
「あっ、アンナ!もうちょっと見たい!あそこの広間とかもうちょっと見たい!」
「もう!特務機関のアジトは王城の地下にあるから、これからいつでも見れるわよ!今はエクラのその紙みたいな装備を何とかしないと!」
「紙て」

再びアンナに軽々と引きずられて、たどり着いたのは他よりも質素で重厚なつくりの扉の前だった。両開きの大きな扉の前に立つと少し足がたじろぐような感じがして、何とも言えない迫力に視線を泳がせてふと気づく。

(傷が…)

木製の扉にはいくつもの傷があった。深く鋭いその傷はきっと戦いの傷跡なのだろう。アスク王国が今に至るまで、人々が譲れない思いで繰り返してきた戦いの痕跡。
それを見て急に自分が恥ずかしくなった。観光気分でいたけれど、この世界での私の役目はそれではない。

「ここが特務機関の倉庫よ。武器とか防具とかが仕舞ってあるの。危ないから気を付けて入ってね」
「…、うん」

曇った顔を見られたくなくて、何でもないように表情を取り繕う。扉を開けて先導してくれるアンナは私のその気まずい思いには気付かなかったようでそれにこっそりと安堵のため息をついた。
居心地の悪い気持ちを押し殺すようにずっと抱えていた銃を更に強く抱え込む。白くて武骨なそれは大きさの割には軽くて、抱きしめているとほんのりと温かい。何となく安心するなぁと銃を抱えた方の指先でそっとその表面を撫でた。

「エクラに必要なのは武器より防具よね…」

ぽつりと呟いたアンナがたくさんの物に囲まれながらこちらを見ていた。いつの間にか開いていた距離に慌てて近寄るとそのまままじまじと全身を見つめられる。

「服は…、服もなんか薄い気がするけれどそれは後で買いに行きましょう」
「薄い…。まぁ薄いけど…」
「靴は…、ううん、それじゃあ駄目ね。戦場では危ないわ。確か予備のブーツが、」

ぶつぶつ言いながらアンナは壁に並んだ衣装ケースを開けていく。剣帯のついたベルトや皮手袋、ヘルメットのような鎧やいわゆる手甲というやつまで。現代日本の日常では馴染みのないものがたくさん仕舞われていて、開けたきり扉を閉めないアンナをいいことにしげしげとそれらを見つめる。
ばたんばたんとアンナが扉を開け放つせわしない音が響き、舞い散る埃から逃れるように視線を向けた先に白い衣装ケースがあった。どことなく、と視線を落とす。

「…似てる」

手の中の銃に。棚の色味が。
それだけのことだったが興味が湧いてきて再び衣装ケースに視線を戻す。そして背後で未だにああでもないこうでもないとばたばた部屋を散らかし続けているアンナをちらりと盗み見る。そしてどうしようかと考えて、とりあえず声だけはかけようと口を開いた。

「アンナ、この棚開けてもいい?」
「んー?いいわよ。それよりエクラ、足のサイズどれくらい?」
「えーと23cmくらいかな」
「23!?小さいわね…、」

そういえばセンチで通じるのだろうかと思ったけれど難なく通じた。センチすごい。異世界でも通じる単位だ。
関係のないことで脳内がにぎわっていても心だけはなぜか静かだった。アンナの許可を貰えたしと白い棚に手をかけて扉を開く。

「わ、」
「23だと街に行って作ってもらわないとないかもしれないわね、って」

きいと微かに軋んだ音を立てて開いた扉の中には真っ白なローブがあった。金の縁取りとリボンがかわいい同色のブーツもあって、これならぴったりかもしれないと手を伸ばす。

「あら、ちょうどいいのがあったわね。見つからないかもしれないと思ってたけれど良かったわ。エクラ、着替えてみなさいよ」
「うん。アンナちょっと持ってて」
「ブレイザブリク…、これを入れて身に着けるケースも必要ね。不思議な形してるし、ケースここにあるかしら…」

ぶつぶつ言いながらまた何かを探しに行ったアンナを尻目にローブを羽織る。すっぽりと膝の下まで体を覆い隠す大きさで布も厚手な質感だったけれど、手触りはよくその重さもほとんど感じられない。
先ほどまで寝巻のワンピース一枚でいたせいか、やはり厚めの生地の服を身に纏うと服の温かさを感じるとともに心許なさも解消されるのだから服は偉大なものだ。
ブーツを履くなら靴下とか欲しかったけれどそこは仕方がない。後で街に行くという話もしていたし、とりあえず今はと思ってブーツに足を突っ込むと。

「ふあっ」

ふわふわだった。裏起毛かよ、異世界のブーツすごい。しかもふわふわ感がすごくてこれはずっと素足で居たくなるやつ。異世界すごい。
ブーツについてるリボンを整えて、ローブの首元の留め金を閉じる。ささっと髪形を手櫛で整えて最後にフードを被れば、

「アンナ〜」
「なに〜?って」

ふふっと吹き出す笑い声。それに今の自分の姿を想像して私も笑う。

「フード大きすぎね。完全にすっぽりで口元しか見えないじゃない」
「そうだよね。でもこれはこれですっぽり感がなんだか良い…」
「まぁ、でも」

そうねと小さくつぶやく声。ついでフードの上からぽんと軽い衝撃。アンナを見上げれば頭に手を置かれているのが分かった。

「戦場に出るときはそれを被って出ること」
「…そうだね」
「きっと貴方は敵に狙われる存在になる。特務機関で守るけれど、顔を見られたりしない方が安全ね」

まして女の子なんだもの。って、アンナも女の子のくせに。
自分のことを棚に上げる目の前の少女の手を取る。フードの下からでも目が合うくらいに上を向いて、アンナの手を両手でぎゅっと握った。

「アンナも女の子なんだから、気を付けてね」

見開かれる赤い瞳に微かに切なくなった。隊長然として振る舞うアンナはどれだけ自分の中の女性としての意識を押しつぶしているんだろうと。
でもこれからは私がいるのだからと、アンナを見つめる。まあるく見開かれた瞳はやがて細まって、アンナはくすぐったそうに笑った。

「そうね、私も気を付けるわ」
「よろしい〜」
「ふふ、ちょっと何よ今の!」
「んふふ」

賑やかさが戻ってくる。戦いの日々において、こういう明るさを持ち続けていくことが大切なんだろうなぁとフードを脱ぎながら考えていた、その時だった。


バン!!


大きな音とともに開け放たれる扉。
外からの光を背にした青年はこちらを見てその瞳を大きく見開いた。

「   」

唇が音もなく動く。
あの時彼が何を呟いたのか、私がそれを知ることはなかった。


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