午前10時、一日フリーな休日の朝はお気に入りの茶葉で淹れたミルクティーから。まろやかな甘さと程よい温かさが寝起きの乾いた喉と空っぽの胃を優しく温めていく。
テレビを見るわけでもなく、パソコンを付けるわけでもない。何もしない時間の中で温まっていく体と穏やかな朝の空気に些細な幸せを感じ取る。


――ピンポーン


そんな穏やかな朝の時間に響き渡るインターホン。
来客の予定はない、となればあれかなと思いつく予定に当たりをつける。今日だとは思ってなかったけれどタイミングが良くてありがたい。

椅子から立ち上がって玄関に向かう。途中でペンを取るのも忘れずに。
ルームウェアにしているワンピースの襟が崩れていないことを確認してからドアを開ける。マンションの廊下、青空を背に快活な笑顔を浮かべるのは宅配のお兄さんだった。

「おはようございます!お名前間違いないでしょうか?」

促されるままにお兄さんが差し出す荷物を見る。宛名は苗字名前、私の名前で間違いない。

「はい、あってます」
「ご確認ありがとうございます!ではこちらに、サインをお願いします」
「えーと……はい、」
「はい、ありがとうございました!」
「いえ、ご苦労様です」

ぺりっとラベルが剥がされて渡される。捺印欄にサインをして手渡せば引き換えに渡される小さなダンボール箱。
受け取って綻んだ顔に宅配のお兄さんも笑顔を返して、爽やかに挨拶をして去っていった。

にこにこを通り越してにまにましているだろう顔でリビングに戻り、マグカップが置いてあるのとは反対側に箱を置く。カッターはどこかな〜と取りにいった私は、だからか一瞬箱が揺れたことに全く気付かなかった。


Petit heros 00




カッターは自室の机のペン立てにあった。ボールペンやはさみたちと一緒に行儀よく収まるそれを取って、リビングに戻るべく踵を返した瞬間だった。
ゴトッ、聞こえた音にぴしりと体が固まる。知らずの内にカッターを握る手に力が入った。

「…なに」

音はリビングの方から聞こえたようだった。何か固いものが落ちたような音だった気がする。
さっきのダンボールが落ちたのか、いや落ちるような場所には置いてなかったはず。ちゃんとテーブルに置いたから自然に落ちるなんてあり得ない。
様々な可能性を考えながらドキドキと逸る心臓を抑えてゆっくりと歩き出す。女の一人暮らし用のマンションだ。そう広い訳でもなくリビングにはすぐ辿りついた。

「…、」

そろりと覗き込むも広がるのは何の変哲もないいつものリビング。怪しい人影がいるわけでもなく、大きく変わった場所もない。
ただ一つだけ、テーブルの上に置いた先ほどのダンボール箱が床に落ちていること以外はいつも通りの光景だった。

それにひとまずほっと息をついて、首をかしげながらテーブルに歩み寄る。ダンボールはしっかりテーブルの上に置いたと思ったんだけどなぁ。拾い上げた箱を今度こそちゃんとテーブルの真ん中に置いて、再びきょろきょろと部屋を見渡す。

「うーん…」

それでもやっぱりリビングには何の変化もなかった。
まぁ何もなければいいかとさっきの謎事象は忘れることにして、気を取り直して箱に手を伸ばす。カチカチと伸ばしたカッターの刃がお役目果たしますとばかりに煌めいていた。
住所の記載されているラベルをはがして、ざくざくとガムテープに歯を立てて行く。数分もしないうちに開いた箱の中身を見て思わず顔が綻んだ。

「わぁ、かわいい…」

赤く塗られた箱には黒文字で824と書かれていた。824番目かぁと思いながら透明になっている箱の中央部から中を覗き込む。
箱の中央でケースに守られて目を閉じるのは名探偵コナンでお馴染みのあのキャラクター。黒いニット帽と極めて優れた射撃の腕がトレードマークのFBI捜査官、赤井秀一だ。

原作とは対照的な丸いボディに可愛らしくデフォルメされたお顔。小さな手や小物のパーツ、表情パーツを付け替えて楽しめるかの有名なフィギュア、ねんど〇いど。どちらかといえば可愛いよりも恰好良い方が似合うであろうキャラであるにも関わらず、製作者の流石の腕前でねんど〇いどになった赤井秀一は文句なしのかわいさであった。

すぐに開けてしまうのがもったいなくて飽きずにフィギュアを箱の外から眺める。そこでふと違和感を感じた。
何かが変だと感じて注意深くフィギュアを見つめる。しかし具体的な違和感には辿りつけない。
ううん、気のせいかなと唸って視線を逸らせば感じた違和感はすぐに記憶から消えた。

「さて開けますか〜」

傷をつけないように包装を解いていけばそう経たないうちに愛らしいフィギュアはころりと手のひらに転がり落ちた。手の中にすっぽりと納まるサイズに、丸みを帯びた愛らしい四肢に胸がときめくのを止められない。
はぁと感嘆のため息を零しながら付属の他のパーツを取り出すべく、本体をそうっとテーブルの上に立たせる。転んだりしないように気を使いながら立たせれば、頭が重く転がりやすいねんど〇いどにしては珍しく赤井さんはすんなりと立ってくれた。

「うんうん、いいこいいこ」

指でそうっとニット帽の頭を撫でて箱に手を伸ばす。その時だった。

「お嬢さん」
「へ?」

聞こえた音。落ち着いた低音の、少し擦れたような声。
男性の声だと理解するよりも早く、それはもう一度確かな響きを持って耳に届いた。

「こっちだ、名前」
「ひえ」

脳が思考するよりも早く、名前を呼ぶその声に反応してテーブルの上を見る。そこには先ほど立たせたねんど〇いどの赤井秀一の姿が、あって。

「ふあ、うご、うごい…!?」
「お嬢さん、ご存知かと思うが俺はアメリカ合衆国連邦捜査局、FBI捜査官の赤井秀一だ」
「ふえ、しゃ、しゃべ…!?」

閉じられていた大きな瞳は見開かれ、先程立たせた位置から少し前に出たあたりでこちらを見上げて喋るのはねんど〇いどの赤井秀一だった。