「お嬢さん、大丈夫か?」
「ふええ…」

とことことテーブルの上を歩く音が聞こえる。体の具合を確かめるように少し歩いては止まり、また歩き出すその姿はどう見てもねんど〇いどなのに。所作から感じるのは生きている人間のそれだった。
大きな瞳がぱちぱちと瞬きをする。ダークグリーンの瞳が瞼の裏に隠れたり現れたり。

それを見ていてあっと気付く。漏れた声に赤井さんはことりと首を傾げた。
破滅的な可愛さ。赤井さん(ねんど〇いど)の可愛さは53万です。

「どうした、お嬢さん」
「あっ、あの…」
「あぁ」

頷くだけでスパダリ。しかも可愛い。
無機物であるねんど〇いどが動いて喋る。そんな超常現象への驚きと混乱を赤井さんの可愛さが上回ろうとしている。

「さっき目を、閉じてたなって…」
「人の気配を感じたからな。咄嗟に閉じてしまった」

そっかぁと頷いて流されかけたところで赤井さんの問い掛けるような視線に我に返る。

「その、箱を見てた時に違和感を感じて…」
「ふむ」
「それが今わかったんですけど…、」
「ほう。それで、その違和感とは?」
「赤井さんのパッケージには両目を閉じた表情パーツがないんです。だから赤井さんの目を閉じてた表情に違和感を感じたのかと」

とそこまで話したところで私は何を話してるんだろうと思い直す。誘導されるままに話していたけれど、今はこんな思いつきみたいな話よりもっとするべき話がある筈だ。そう赤井さんに投げかけようとしたときだった。

「なるほど、中々の観察眼だ」
「ひぇ」

零された笑みと声音に無限のスパダリを感じて震えた。
細められたダークグリーンの瞳は面白い物を見つけたといわんばかりに興味を滲ませてくる。可愛い姿のはずなのに溢れるこの迫力は一体、と思ったところでまたふと気づいてしまった。

「あれ、赤井さん…」
「ん?」
「どうして私の名前、」

ぎらりと暗く光った瞳。それは一瞬の煌めきでえっと思う間もなく掻き消えた。
赤井さんはよく気づきましたと言わんばかりに笑って、とことこと歩みを進めた。そしてテーブルの上に放り出されたダンボール箱のラベルを指さす。住所や名前が印字されたそれを見れば確かに、私の名前を知ることは容易だろう。

「これだよ、お嬢さん」
「あ、宅配の…なるほど…。一瞬のうちに色々観察されてるんですね、すごい…」

外見は可愛いのに中身はやっぱり本物の現役FBI捜査官なのだなと納得してしまった。自然と漏れた言葉に赤井さんは表情を和らげて、改めてとこちらに向き直った。
テーブルの上から小さい体でこちらを見つめる真摯な瞳。その真剣な空気に私も自然と背筋をただす。

「こんな奇妙な事態に巻き込まれている以上、あらゆる面で君の協力が不可欠だと思う。お嬢さん、君にこの事態を切り抜けるための協力を頼みたい」
「は、はい。私に出来ることであれば喜んで」

見つめてくるダークグリーン、その瞳の強さに思わず目を奪われる。先程の観察眼や自分の状況を冷静に捉えているところなど、様々な要素がこのフィギュアの体に納められた精神の持ち主が紛うことなき赤井秀一本人であることを私に伝えてきていた。
コナンで一番の推しである人物にこうも真摯に頼まれてそれを否と言えるだろうか。いや言えるわけがない。
投げかけられた協力を求める言葉にこくこくと頷き返せば、彼はふと空気を吐き出すようにして微笑んだ。どこか安堵も見え隠れするその表情に彼が心中に隠す不安を感じ取る。支えてあげなければと心に決めるのはすぐだった。

「あ、そうだ。改めまして、私は苗字名前といいます。よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく。名前と呼んでも?」
「はい!」

そういえば自己紹介がまだだったとラベルで名前を知られているものの改めてと名乗る。そして返ってきたのはまさかの推しからの名前呼び。ンンッと悶えそうになったのを何とかこらえて、そのせいで元気いっぱいになってしまった返事を返す。
また面白いものを見るかのように細められた赤井さんからの視線を受け取りながら、これだけは言っておきたいと姿勢をかがめる。先程彼を助けてあげたいと思ったことを、私の心を彼に伝えておきたいと思ったのだ。

「赤井さん、私では力不足かもしれませんが貴方のお力になれるように頑張ります。なんでも頼ってくださいね!」

無機物に精神インしている超常現象をどうこう出来るとは言っていないが、それでも小さくなった体だ。私でも手助けできることはたくさんあるだろうと胸を張る。どんと張った胸に手を当ててにっこり笑えば、私の行動に僅かに目を見張った赤井さんはそれからふっと表情を崩した。

「頼もしいな。頼りにさせてもらうぞ、名前」
「お任せください!」

はぁ〜推しに頼りになるって言ってもらえるってしゅごい〜。しゅごいいい〜。
でれでれと綻ぶ顔をそのままに笑顔を返せば赤井さんもまた微笑みを返してくれて。お金で買えない価値〜プライスレス〜。と脳みそを溶かしていた私は気づかなかった。


Petit heros 01





「…本当に、君という奴は」

彼らしくもない儚げな笑みは、誰に見止められることもなく世界に溶けて消えた。