ランス隊に近々料理の部ができるらしい、というのはもう既に下っ端のルナの耳にも届いている。
それと関係があるのかないのかわからないが、ルナは最近ランスからチラチラと視線を送られているような気がしていた。しかしあのランス様に限ってそんなことは…と、気にしないようにしていたのだが、やはり目は合うし視線は感じる。だが下っ端であるルナから話しかけるなど畏れ多くてできるわけもなく。ルナは悶々とした日々を過ごしていた。
ある日の休日、さて何をして過ごそうかとルナがふらふらしていると、向かい側からランスがやってきた。休日にまで鬼の上長に会うことになるとは、と自分の不運を嘆くものの、挨拶をしないわけにはいかない。

「ランス様、お疲れ様です!」
「ああルナ、いいところに来ましたね」
「はい?」
「あなたを探していました。着いてきてください」
「えっ!?あ、あの、ランス様!?」

ランスは踵を返すと、来た道を戻っていく。ぼーっとしているうちにだんだん距離が空いてしまい、逸れでもしたら大変だ、とルナは急いでランスの背中を追いかける。



辿り着いたのは所謂レンタルスペース。お金さえ払えば誰でも簡単に一部屋借りることができるというシステムだ。よくイベントや仕事をする人たちが活用している。
しかし何故ランスがこんなところに。ルナは疑問だらけだった。
ランスがドアを開け、ルナが入るのを待つ。意外にも紳士な振る舞いに、ルナは少しだけ好感を持てた。
部屋の中はすっきりとしており、美味しそうないい香りが充満していた。テーブルを見るとフレンチ、イタリアン、和食、中華と、様々な料理が並んでおり、豪華なそれらは見ているだけで目を楽しませてくれる。

「わあ!すごいですね、これ!」
「そうでしょうとも。さあ、好きなだけ食べなさい」
「ええ!?」

ルナは思わず素の声を上げた。好きなだけ食べていい?これを?何故?
ルナはランスの考えていることが全くわからない。ルナは恐る恐るランスに意図を尋ねた。

「あ、あのぅ…なんでこのような展開に…」
「今度、ランス隊の中に料理の部をつくる件はあなたも知っていますね?」
「あ、はい…」
「その時の為の試作品です。ですが一人では食べきれませんので、あなたに食べさせようと思ったまでです」
「え!?これランス様の手作り!?」
「そうですよ」

この色とりどりの料理が、まさかロケット団で最も冷酷と恐れられるこの男が全て作ったと思うと……驚きというか、意外というか、なんというか。
しかし、ルナには疑問があった。

「えっと、ランス様、恐れながらも…なんで呼ばれたのが私なんでしょうか?」

そう、そこなのだ。別にそれなら他の隊員でもいいではないか。しかし呼ばれたのは自分だけ。当然疑問に思わないはずがない。

「あなたは次期料理部の部長ですから」
「初耳なんですけど!!」
「今言いましたからね」

もっと前に知りたかったが、ロケット団というのはいつもこうなのだ。いきなり命令が飛んできて、いきなり移動を命じられる。不満があるならば出ていく他ないが、タダで出ていける組織でもない。つまり、みな横暴な命に従う他ないのだ。

「他の候補者は呼ばないんですか?」
「それは、えっと……あれです!!あなた一人で十分だと思ったからです!!」
「ええ〜!?私一人じゃこんなに食べられませんよ!?」
「食べられるだけで構いません!」

そうは言ってもランスの手作りだ。残すなんて恐ろしいことはできない。しかしざっと見ても二種類くらいまでしか完食はできないだろう。半分ずつ食べてようやく全種類に手をつけられるかどうかというところ。
やれるだけやるしかない、とルナはナイフとフォークを手に持ち、美味しそうなサラダから攻める。
野菜がフレッシュでドレッシングも素材の味の邪魔をしない優しい味わいだ。サラダなんかは誰でも似たような味にしかならないと思っていたが、こんなにも違うのかとルナは驚いた。
続いてビシソワーズをいただく。これも美味しい。アクアパッツァ、ステーキ、などなど数々の料理を少しずついただく。口直しのソルベや可愛らしいデザートまで出てきた。

(コース料理じゃん!)

ルナは心の中で叫ぶ。これはウン万円するコース料理と同じではないか、と。

「コーヒーもありますよ。飲めますか?」
「あ、はい。いただきます」
(コース料理じゃん!!)

二度目の心の叫びは虚しくも心の奥底へ消えていった。
コーヒーの知識もあるのか、豆の味が引き立っていて素人の舌でも美味しいことがわかる。
残念ながら全てを食べ切ることはできなかったが、意外にもランスはその件を責めることはなかった。
その代わり、料理の感想を求めてきた。

「どうでしたか?私の料理は」
「どれもこれも美味しかったです!!お店に出せるレベルですよ!!」
「そ、そうですか…」

ランスは帽子を下げ、くるりと背を向けるが、その耳が赤くなっていることにどうやら気づいていないようだ。

(流石に言ったら怒られるよね…)

ルナは指摘することなく、気付かないふりをした。

「苦労して作った甲斐がありました」
「試作品なのにかなり本気で作られたんですね」
「ああ、あれは嘘でーー」
「え?」
「あ」

ほっとしたのがいけなかったのだろう、ランスがうっかり口を滑らせる。試作品という名目が嘘だとバレた今、では何故ルナが呼ばれたのか、という部分もまた振り出しに戻る。

「えっと、あの、ランス様?」
「〜〜〜ッ!!そ、その!!えっと!!あれです!!あなたがあまりいいものを食べてなさそうだったから、可哀想だったからつい!!」
「えええ〜〜〜!?」

流石に苦しい。ルナもそれは嘘だとわかる。あと失礼だ。

「いいからあなたはただこの料理を味わっていればいいんですよ!!」

言うや否やランスは部屋を出て行ってしまった。
果たして真相は如何に。ルナは過去一番不審なランスを見送り、さあこの料理たちをどうするべきかと頭を悩ませた。
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