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2017/03/25(Sat)ネタ

信長リスペクト審神者と大包平



あの審神者は、織田信長を尊敬している。そしてこの本丸の刀剣たちは、審神者の命で織田信長に敬意を払わねばならない、らしい。
らしいと不確定な表現なのは、刀剣たちが敬意を払っているところを見たことがないからである。奴らは皆、様、という敬称こそ付けてはいるが本心からの敬意は恐らくほぼほぼ無い。そしてそれは、この俺も然り。
審神者は敬意を強いる割に、分かりやすい偽りの敬意にも気付かない。だいたい、魔王とも名高い、ともすれば暴君ともとれる織田信長を尊敬している審神者は、見る目がない。

「俺は、あの池田輝政に見出された、刀剣の横綱とも名高い名刀中の名刀、大包平だぞ」
「うん、知ってる」
「、それだというのにお前は口を開けば、信長様信長様と。まるで俺という存在に有り難みを感じていないな」
「? そんなことないよ、大包平がうちに来てくれて大いに助かっている」
「それは当然だろう! 俺が言いたいのはそういう事ではなく……、……お前は、全く、見る目が無い」
「……、私は大包平をとても評価している。天下五剣にだって勝るとも劣らない、凄い刀だと思ってるよ」

俺を見上げる審神者の目は真剣だった。
審神者の言葉は確かに、かねてより俺の欲しい賛辞の言葉に違いなかった。正当な評価は心地いい。しかし、違うのだ。審神者から欲しい言葉は、こうじゃないんだ。
足りない。想いの強さが、重さが、まったく足りていない。
俺は審神者の、もっと強い想いを知っている。俺だけではない、この本丸の奴等は当たり前のようにそれを知っている。審神者の個性として認めてすらいる。
少なくともそれくらいの想いが欲しい。鮮烈で、熱く、真っ直ぐな。介入すら許さない。
ああ、また、胸の奥がやけに痛む。

「……そうは言っても、結局。お前が、もっとも評価しているのは、想っているのは、〈信長様〉なんだろう」
「え……?」
「目の前の存在を差し置いて……、お前は会ったことも、見たことも無い男を、それこそ、神のように想っている……」
「そんなこと、」
「そんなの、この俺に対する冒涜だ! お前の為に戦う俺をっ、軽く見ているってことだっ……!」
「大包平……」

一度声にして自分の気持ちを発せば、次から次へどんどん思いが溢れ出てきて止まらなかった。今まで漠然と燻っていた感情が、噴き出たようだ。だが、寧ろそれによって、自分の望みがはっきりした。ずっとかかっていた靄が晴れたような気分だ。
そう。そうだ、俺は審神者にとっての〈信長様〉になりたいのだ。他のものが目に入らないくらいの強い信仰が欲しいのだ。
絶対的な審神者からの想いが、欲しい。

「俺は、お前の神になりたい」

口から零れ落ちた言葉こそ、正しく俺の本心だった。
じっと、目の前の女を見つめた。
ずっと一方的に感情をぶつけられている審神者は、珍しく困惑しているようだった。若干目を泳がせ、言葉を選びながら口を開く。

「確かに、私は信長様を尊敬してるし憧れてる。でも、神だなんて大袈裟だよ」
「……」
「そもそも、大包平は、付喪神じゃないか。なりたいも何も、既に私の神様に相違ない」
「……俺を、お前の神と言うのならば。〈信長様〉を忘れられるか? お前の人生から切り離してくれるのか?」
「えー……と。の、信長様は、なんていうか、目標っていうか、概念っていうか……。……ごめん、切り離せは、しない、な」

思った通りの答えだ、不満しかない。
さも困ったとでも言うような顔をする審神者の両頬をつまんでやった。本当に困っているのは俺の方だというのに。
む、よく伸びるな……。
ふに、と予想より柔らかい頬に少し感動すら覚えた。俺の頬はこんなに伸びない。
無言で審神者の頬をフニフニと触っていたが、ねえ、と舌足らずな声に呼び掛けられてハッとした。
そうだった、俺は審神者に大切なことを、伝えていた最中だった。危うく本来の目的を忘れかけていた。恐ろしい頬だ。しばらく忘れられないだろう。
多少名残惜しく思いながら手を離す。無遠慮が過ぎたのか、審神者はつままれて少し赤くなった頬を両手で抑え、非難がましい目で俺を見た。
それに一瞬胸がどきりと高鳴ったが、その目が涙ぐんでるのに気付き、今度は違う意味でどきりとした。

「そ、そんなに痛かったか? 」
「……ちょっと、痛かった」
「ぐ、ぅ……、……すまん、悪かった」
「……。だめ、許さない」
「え、」

にゅっ、と審神者の手が近づいてきて、俺の頬をつまんだ。否、つまんだ、なんてもんじゃない。つねっている、の方が正しい。最初は片頬だけだったものが、すぐ両頬になった。グニグニと動かされる。
よくよく見れば、審神者は精一杯背伸びをしていた。つま先が微かに震えている。
良心から、少し屈んでやった。
……審神者の顔が、何時もより近い。

「……ふぉい、もぉいいらろ」
「んん? 何言ってるか分かんないな」
「ふほひ、いはいんらが」
「ふん。私もさっきちょっとばかし痛かったから、これでおあいこだ」
「……」
「……」
「……」
「ふ、ふふっ、大包平のほっぺ、けっこうやらかいな」

やはり、俺はこいつの神になりたい。

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