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巫女と僧と恋話

「分かりますよ、貴女は恋をしているんですね!」

ずばり、という音がしそうな明快さでもって姫巫女殿は私に指を向けた。ついでに言えば、語尾に星が飛びそうな勢いだ。

世は群雄割拠。
天下を争って荒れる世の中、小早川軍もこれからの身の振り方もよく考えなければならない立場になってきた。
毛利に豊臣、どちらに着けばよいか決めかねる秀秋様は、軍議を重ねに重ねた末に……。
占いに頼る事にした。

占いといえば姫巫女殿だ、がしかし場所は海をまたいだ伊予の国。
国主が簡単に国を空けるのはどうなのかという事になり、白羽の矢が立った先は私。
先を見通す目を持つという姫巫女殿のもとを訪ねた私は、彼女の有難い御神託を例えどんなものでも受け止めようとしたのだが、予想から外れすぎて無理だった。

「…は、こい?」
「そうです!貴女の道を夜空で輝く月のように導いてくれる存在…その方に貴女は恋をしている!そう、私にとっての宵闇の羽の方のような……キャッ!」

素っ頓狂な声をあげる私を素通りし、自分の言葉で照れて赤らんだ頬を両の手で抑える姫巫女殿は正しく乙女と形容するに値する愛らしさ、だとは思うが、聞き捨てならない。
私が、そんな、こ、恋だなんてっ!

「違います!断じて!」
「ええ?…私の占いは、信用できませんか?」
「そ、そんな事は、決して!けれど!わ、私にとって、か、景綱さんはそんな人じゃ…。……はっ…!」
「わあー!その方、景綱さんって言うんですね?どんな方なんですか?宵闇の羽の方のような素敵な方ですか?」
「そんな、あの、す、素敵な方ではありましょうが、別に、す、す、好きとか、そういう訳では!」

お、おかしい、彼の名前を出すつもりなど毛頭なかったのに、いや、此れもすべて私を散々揶揄った伊達軍の、特に独眼竜の所為だ。絶対そうだ、ありえない。

「…あ!あの!私の事は良いのですっ、秀秋様の、小早川の今後をっ!」
「え?金吾さんの事ですか?ううん、ごめんなさい、ご本人が来てくれないと、視ることは出来ないんです。」
「え…。そ、うだったのですか。…いえ、此方の不手際です。頭を上げてください。私の方こそ、取り乱して申し訳ない。」

占いについて全くの情報不足だった。結果的に無駄足だったか。姫巫女殿にも要らぬ労力を使わせてしまった。秀秋様になんて報告しようか、と少し悩んでいると、突然、姫巫女殿は明るい表情で手を合わせた。どうやら何かを思い出した様子。

「……あ!そういえば、私小百合さんを占っている時、あの方が、宵闇の羽の方がチラッと見えたんです。あの方とお知り合いなんですか?」
「え、…っと。その、宵闇の羽の方というのは、もしかして、風魔殿のことですか?」
「そうです!あの方のこと教えてくれませんか?」

驚いた、あの風魔殿に好い人が居たなんて。
私の記憶にある風魔殿とは仕事一辺倒で、任務以外にどんな事をしていたのかも知らないため彼について語れる事といえば、彼の忍者修行の教えはとてつもなく厳しかったことくらいだ。

「まあ!では小百合さんはあの方のお弟子様だったのですね!羨ましいです…。」
「えぇ。と言っても、短い期間ですが。しかし、羨ましがられるようなことは、何も有りませんでしたよ。本当に…。」

崖から突き落とされたり、大手裏剣を大量に投げつけられたり、中々に酷いものだった。だが、それで忍びの動きが身につくのだから不思議なものである。

「ふむふむ…。なんだかまた一歩、宵闇の羽の方に近付けた気がします!」
「ふふ、そうですか。お役に立ったのなら、よかったです。」
「うーんと、そうだ!今度は小百合さんの好きな方とのお話を聞きたいです!…あ、これって、まさか噂に聞く、恋話…?どうしましょう、私初めてです!」
「え、こ、こいばなっ!? …えと、その話は、また今度にしましょう!あの、私、今日は帰ります!」

完全に油断していた。そうか、この年頃の女性はそういう話が好きなのか…。私のことにまで話が広がるとは思わなかった。
キラキラした目ではしゃぐ姫巫女殿に、やや強引に話を切り上げる。姫巫女殿はきょとん、とすると眩しく綺麗に笑った。

「なら、いつでも来てくださいね。私、小百合さんとまたお話ししたいです。」
「姫巫女殿…。その、はい。また伺います。」
「その呼び方は無しです!私の事は鶴姫と呼んでください。お友達になりましょう?」
「お、お友達…!私、その、嬉しいです。、鶴姫、さん、…また会いましょう。」
「えへへ、はいっ!何なら私がバビューンっ、と金吾さんのお城に遊びに行きます!」

とても嬉しいことだ。友人が、出来た。それも女性の。どきどきと眼前の海のように荒れる心臓は、茹で上がるほどの体温は、素晴らしい友が出来た喜びによるものに、他ならないのだ。こ、恋話とか、そういうのは関係ない。
帰りの船に乗り、強い海風に吹かれても、なかなか熱は冷めないのであった。しかし、城に着く頃には、元に戻るだろう。



ダメだった、鶴姫さんと話してからというもの、恋、とか、そういうのが頭から離れない。ひいては、何故か、景綱さんの事までも考えてしまう。おかしい。こんなの不自然だ、全く私らしく無い。
自分だけでは整理がつかなくなった私は、誰かに話しを聞いてもらう事にした。

「で、何故、それを私に話そうと…?」
「あ、う、その、他に思いつかなくて…。自分だけにこの、もどかしさを閉じ込めておくのは、我慢ならず。」
「…そういう話は女人同士がするものでは?」
「うう、恥ずかしながら、天海殿しか心当たりがなく。昨日の今日で鶴姫さんに会いに行くのも、憚られて。頼れる友は、天海殿だけなのです。」
「私が……、友……?」
「…その、城の方達はどうにも、こんな話向いているようには思えませんし。天海殿なら、話せる気がして…。」
「……。」
「天海殿?」
「…ああ、はい。そうですね。まぁ、いいでしょう。ええ。いいですとも。」
「はぁ、良かった。持つべきものは徳の高い友ですね。」
「……主も主なら、家臣も家臣、と。」
「え?」
「いえ、なんでも。」
「そうですか?しかし、話すだけで楽になるというのは、真なのですね。少し気が落ち着きました。有難う御座います。」
「…いえ、小百合さんの為になったのなのらば、何よりです。」

秀秋様を揶揄って遊んだり、偶に態とかと思えるほどのおっちょこちょいなドジをしたりする天海殿だが、やはり優しく頼りなる方なのだと、同軍である事を嬉しく思うのであった。

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