「役割分担はこう。俺が材料を切って、焼いて、煮る。ナマエが食器を出して、飲み物を入れる。以上、はいさっさと取り掛かって」
「待ってわたし食器出したら早速暇です先生」
「俺が良いって言うまで待機だからねぇ」
「えー手伝ってって言ったのいずみくんなのにーやることなーい」
「あー聞こえない聞こえなぁい」
泉は冷蔵庫に残った材料の中から今日使う予定のものを選別しながら、ナマエの文句を右から左へと聞き流した。大方、久しぶりに会う弟のために料理で良い格好をしたかったというところだろうがそうはいかない。ナマエの心遣いとやる気を無碍にしたいわけではないけれど、泉には泉の事情がある。それは彼のモデルとしての意識の高さ故であり、泉だって久しぶりに同じ食卓につく姉に良い格好をしたいという見栄でもあり。そのどちらとも彼にとっては同じくらいの重要度で、カテゴリは違うがたどり着く結論は同じだ。つまり姉に夕食作りの主導権は渡さない。
「わたしだって料理できるよ」
「知ってるよ。ていうか、二年も一人暮らししといてさすがに出来ないはないでしょ」
「私の弟が厳しい……」
「まあ実際、ナマエの料理の腕がどの程度なのかは知らないけどさぁ。俺はね、自分の口に入れるものは日々カロリー計算して全部自分で作ってるの。俺は現役のモデルで、身体は商売道具のひとつなんだから。ナマエの大雑把な料理のせいで、維持してた体型崩したらどう責任取ってくれるわけ?」
そこには思い至らなかったのか、ナマエはははあと感心したように零した。冷蔵庫から離れて肩越しに振り向けば、ナマエは真剣な顔で考え込むように顎に右手の指をそえている。上から下まで、泉の均整のとれた体型を確認するように見つめて。
「結婚して養う……?」
「出来もしないこと大真面目に言わないでくれる? うざいから」
まったく、人の気も知らずに。チルド室から取り出したばかりの鶏胸肉を包装したパックで、仕返しのようにナマエの頭をこつんと叩いてから、泉はそのパックを更にナマエの方に放り投げた。動揺しながらもしっかりと両手にそれを収めたナマエを見届け、今度は野菜室から本日調理予定の野菜たちをまたナマエの腕の中へと投げ込んでいく。食材を落とさないように慎重に、それでいて困惑している姉の姿に、泉は少し満足できた。動かないでねえ、と釘を差して、自分は軽い足取りで台所の前に立ち、手慣れた様子で傍に置いていたエプロンを身につける。
「いずみくん、なにこれ。これなんて言う仕事?」
「そこにいて俺が欲しいと思った食材を最高のタイミングで俺に渡す仕事」
「わたしの仕事ってオペ看? それいる?」
「落としたら夕飯抜きだから。精々がんばって俺に良いパスをしなよ」
「え、えぇ……」
ナマエの困惑度が見る見る上がっていくのを眺めるのは気分が良い。ん、と手を伸ばせば、彼女は抱えた野菜を見下ろしながら首を傾けた。
「ほらたまねぎだよ、わかるでしょ? 早く」
「いやほらじゃないしわからないよ無理だよ手渡したら落とすよセルフで取ってよ」
「はいナマエ今日たまねぎ抜きぃ」
「私の弟が理不尽……たまねぎ好きなんだけど……」
そんなことは十年前から知っている。この世の誰よりも瀬名ナマエという人間に詳しい自信がある泉の中ではスタンダードな情報だ。
「仕方ないなぁ、じゃあそんな駄目な姉にたまねぎをみじん切りにする許可をあげるから。完璧にやってよねぇ」
「いいよ、完璧に泣くから見ててね」
「完璧に切ってって言ってるんだけど〜?」
「泣いてるところが見たいのかと思って。いずみくんってそういうとこあるし」
「……ナマエのこういう時だけ察し良くなるとこむかつくんだよねぇ」
まあ泣かせたいから頼んでいる節はあったが。嫌がらせの一環として頼んだたまねぎのみじん切りは、結果から言えば嫌がらせとして機能しなかった。玉ねぎが少々古かったらしい。