ミョウジナマエの口から直接伝えられた依頼内容は、天祥院英智の話とそう大きく違わないものだった。音楽科のオープンスクールと地域との交流会を兼ねたイベント。メインステージを飾るのは音楽科のブラスバンド部で、そこにKnightsをゲストとして呼び、共に一曲披露して欲しいのだとナマエは口元に笑みを形作ったまま言う。もちろん本来の歌もダンスも現在のKnightsは活動制限対象であり、彼らが求めているのは自分たちの演奏に合う歌だ。つまり音楽科のフィールドの上で、アイドルとして振る舞うことを要求されている。聞けば聞くほど、ユニットとしての練習すら禁じられている今だからこそ、前向きに検討できる企画だ。
「説明としては、こんなところです。合同練習は週一回を、三週間ですね。少し多いですが、オケとボーカルのバランスも調整していきたいので」
 週一で二時間程度なら、そこまで負担でもない。音源と合わせるのとは勝手が違って来るし、それくらいの練習時間が用意されていた方が安心ではあった。
「それと、そちらにピアノができる方がいると聞いています。ピアノはわたしが担当してもいいんですが……折角の交流です、お一人だけ演奏者としてお借りできませんか?」
「……心当たりはあるけど。どうだろうねぇ、あいつそういうの嫌がりそうだし」
「曲自体は難しいものは選びませんし、レッスンもしますよ。先生はうちの二年ですが」
「益々嫌がるんじゃない……。まあ訊くだけ訊いてやってもいいよ」
「ありがとうございます」
 Knightsで楽器ができるのは、朔間凛月だけだ。彼はピアノを得意としているようだけれど、泉はその腕前を知らない。弾けない奴はよりは弾けるだろう、くらいの認識だ。それに、本人の性格上、見ず知らずの者たちの中に混じって一人演奏するなんて、とてもじゃないが承諾するとは思えない。
「他になにか気になる点があればなんなりと。メンバーの男女比率も今なら変えられますし」
「俺たちはべつに深層のご令嬢やってるわけじゃないからさ、そこまで気を遣ってもらわなくても仕事相手としての線引きだけきっちりやってくれれば、それでいいんだけどねぇ。あとはあんたたちがその仕事相手として信用に値するかって話だけど〜」
「ええどうぞ、存分に値踏みしてくださいね、騎士さま」
「……うわ生意気ぃ」
 ナマエは涼しげに笑って、右手を胸に、左手でスカートの裾を摘みながら恭しく一礼して見せた。洒落たジョークのようなフランクさがあるのに、その動作があまりにも自然に行われて、存外様になっていたものだから、泉は次の言葉を探すのが少し遅れた。一見すると世間知らずの弱々しいお嬢様のような見目をしているくせに、びくつきもしなければ軽い冗談も口にする。どこか天祥院英智を思わせるこの底の見えなさ。裏が読めない上になんだか舐められているようなので、面白くないと言えばそうだ。しかも年齢はひとつ下ときている。彼女たち音楽科からの提案を蹴る必要性は感じないが、このままあっさりと受けるのも少々どころではなく、癪だ。
「ひとつ聞くけどさぁ、なんで指名が俺たちだったの? ユニットの仕事もなくて暇そうに見えるから? 気分悪いんだよねぇ、そうやって軽く見られるのって。俺たちは、本来あんたたちが良いように利用できるユニットじゃないわけ。他の学科からの、俺たちの利益にならない依頼なんて、普段なら検討もしないんだから」
「つまり今は検討してくれてるってことですもんね。感謝します、瀬名先輩」
「……べつに受けるとは言ってないでしょ」
「そもそも貴重な時間を割いてもらっていますし。知っておいて欲しいんですけど、わたしたちはあなた方を軽く見てはいませんよ。今だからこそお互いに利益がある。そうは思いませんか?」
 姿勢を正して泉を見つめる目は真剣そのもので、そこには先と違って誠意とも呼ぶべきものが滲んでいた。舐めている相手に向ける目じゃないことくらいはわかる。真実彼女は、少なくとも音楽科のミョウジナマエは、Knightsの瀬名泉に本気で今回の案件を依頼したいと考えているのだろう。声で、表情で、姿勢で。自覚しているのかいないのか、彼女はそういうものを伝え、訴えかけるのが上手いと感じた。そしてその姿が妙にうつくしく鮮やかに映り込んでくるものだから、きっとカメラを通したとしてもその意志の強さもうつくしさも薄れず向こう側に届けられそうだなんて──そんな、一種の職業病のような思考すら過ぎった。正直に言えば、悔しい。
「図々しくも合同で演奏会までお願いしようと思ったのは、時間に余裕がありそうだったからですけど。どっちにしろ、今回はKnightsのみなさんに協力をお願いしたかったというのが音楽科の総意なんです。イメージに一番合っていたので」
「イメージ?」
「西洋音楽を嗜むわたしたちが迎えるのが、西洋の称号である騎士というのはわかりやすい構図です。どちらもクラシカルで、合わせるとどこかロマンチックじゃないですか?」
「……物は言いようってやつじゃないの」
「そうですね。でもそれでいいんです。こういうものは直感です。ノリです。だってお祭りですもん。楽しみたいし、楽しんで欲しいじゃないですか。お客様にも、あなたたちにも」
「俺らやあんたたちも楽しむの? 目的ぶれてない?」
「いいえ? ホストが楽しまなければ、お客様も楽しめないってものです」
 アイドルは夢を見せる。音楽家だって技術で人を魅了するもので、そこに自分が楽しむという感情を挟むのは、決して間違ってもいないが改めてそんなことを口にするアーティストを泉は久しぶりに見た気がする。
「オープンスクールは将来の道に音楽という選択肢を持つ子たちに向けられたものですけど、地域の交流会は小さな子たちも来ます。音楽をする楽しさを、彼らに伝えるお手伝いをしてもらいたいんです」
 どこか夢見るように語るナマエは心から楽しそうで、やや浮かれていて、一年前の廊下で出会った時と変わらぬ一面を知った。泉の立ち姿を綺麗と評した彼女は、本当に嬉しそうにその彼女の思う泉のうつくしさについて惜しげもなく大げさに話し続けるから、聞いているこちらが段々と照れてきたことを覚えている。
「その子たちが未来の、夢ノ咲学院の音楽科の生徒になるかもしれない。もしくは、アイドル科かもしれませんね。どちらにしろ、音楽を始めるきっかけが、わたしや瀬名先輩かもしれないんです。それって、すごく素敵なことで、誇らしい」
「……わからなくは、ないけどさ」
 すまし顔から一転、無邪気にそんなことを言われて、ナマエを否定できるのは余程彼女を嫌いな奴くらいだろう。そもそも自分は怒っていたのだ。瀬名泉をあれだけ称賛しておいて、記憶に留めておかなかった薄情過ぎるミョウジナマエに。その怒りを一旦横に置いてやってもいいくらいには、説得されてしまったから。
「まあUNDEDじゃイメージ悪いし、西洋音楽なら紅月は論外、fineは生徒会の奴が多いからそんな時間無いだろうしねぇ。他の奴らも……Trickstar辺りはこういうの好きだろうけど、今は忙しい時期だし、なによりゆうくんの手間を増やしたくない」
「ゆうくん?」
「気安く呼ばないで」
「はあ」
 遊木真をゆうくんと呼んでいいのは自分だけだ。これは譲れない。
「いいよ、持ち帰って、検討してあげる」
「ありがとうございます、瀬名先輩」
 朗らかに笑うナマエを見たら、そこそこ悪くない気分になった。彼女からの肯定と感謝は、今の泉にとってもやはり少し特別だ。
「英智さまも、ありがとうございました」
「僕は繋いであげただけだよ。瀬名くんをその気にさせたのはきみの功績だ」
「べつに俺はその気になったわけじゃないんだけどぉ? 勝手なこと言わないでくれる? 検討してやってもいいと思っただけで……って、いまのなに?」
「いまの?」
 二人とも先の違和感に気がついていないかのように、揃って首を傾げている。いやそうじゃないだろう、今確かにおかしい響きが含まれていただろう。残念ながらどちらも察しそうになかったので、泉がそれを口にするしかなく。
「今ミョウジ、天祥院のこと様付けて呼んだでしょ」
「あぁ……ええと、そうでしたっけ?」
 ナマエが不自然に目を逸らす。助けを求めるように、英智の方に視線を投げているが当の彼は微笑み返すだけだ。
「いや誤魔化せてないから。そもそも、天祥院に直接依頼ができる状況ってのがおかしくない。あんたなんなの? ていうか、天祥院がこいつのなんなの?」
「あの、瀬名先輩……」
「隠し通すのは無理だよ、ナマエ。気が緩んだのだろうけれど、きみが間違えた時点で詰んでる。いずれ知れることだし、そうマイナスにもならないだろうから、話してしまうね。瀬名くん、彼女はね、家同士の付き合いがある古い知人なんだ」
 やけにあっさりと英智が吐いた。なるほど、だからそのコネを使って直接交渉までこぎつけたわけか。やはり綺麗な顔をして手段を選ばないタイプらしいと泉は納得する。そして英智は更に、そのまま泉の目を見開かせるような関係性を、軽い口調で説明した。
「僕と、桃李と、きみのところの司くん、そしてナマエ。仲良しこよし、とはいかないけど、僕らは昔から定期的に顔を合わせる仲なんだよ」
「司くんって……まさか、かさくん? はぁ?」
 だからこの前のDDD、ナマエは司くんに招待されて僕らを見に来ていたんだ、と付け足されたときのなんとも言えない敗北感に、「司さまの頼みは断れなくて」という呟きが、泉に怒りの感情をじわじわとぶり返させる。どうしてこうも彼女に忘れられていたことに、興味の対象に入っていなかったことに苛々が治まらないのか、その理由は彼自身説明出来ないところではあるが、ともあれ。
「やっぱりあんた、ちょ〜むかつく!」
 ひとつはっきりしたことがあるとすれば、目の前の少女に腹が立って仕方がないということだ。

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