まったく、困った人を好きになったものだ。そうひとりごちながら、彼女は彼を追いかける。
放課後、音楽科の生徒であるはずのミョウジナマエがアイドル科の校舎を訪れたのには深い理由があった。首からぶら下げた来客証があるとは言え、男子生徒ばかりの校内で女子生徒というのは嫌でも目立つ。出来れば頻繁には訪れたくないというのが本音だが、今日ばかりはそうも言っていられない緊急事態であったので。
「泉ちゃん? さっき出て行ったわよ」
正門で受付を済ますなり、目的の人物が放課後よく使う場所へとナマエは記憶を辿りつつ真っ直ぐ向かった。出来る限りの最短ルートで、何をどう伝えるべきかを頭の中で組み立てながら。しかし、やや意気込んで開いたスタジオの扉の向こう側にいたのは、目的の人物と同じユニットに所属するメンバーただひとり。機嫌良さそうに木製のテーブルにお茶とお菓子を広げていた鳴上嵐との挨拶もそこそこに、目的の人物こと瀬名泉の居場所を尋ねれば、彼はここにはいないことをあっさりと告げられた。
「今日は活動日じゃなかったんですね……」
「ミーティングだけで終わりだったのよ。一旦解散して、あとはみんな自由してるの」
「なるほど。瀬名先輩はもう帰ってしまいましたか?」
「ううん、泉ちゃんなんて言ってたかしら」
彼らの所属するユニット、Knightsは案外互いへの関心が薄い傾向にある。彼がわからないと言うのなら、そうなのだろう。思い出せそうな気もするんだけど、とパイプ椅子に腰掛けたまま腕を組んだ彼は首を捻っているが、本当に記憶を掘り起こせるかは不明瞭だ。ここで時間を潰すよりも一刻も早くスタジオを後にして、次の候補を探す方が得策かもしれない。などと、先の行動を考えていたら。
「それにしても珍しいわねェ、ナマエちゃんが焦ってるなんて」
「……焦ってるように見えます?」
「ええ、とっても。そもそも珍しいってことなら、自分からここに来ることもだけど。そんなに慌てちゃって、一体どうしたの?」
いつの間にか、嵐はどこか微笑ましげに口元をゆるめて、ナマエを見上げていた。大方、泉を訪ねてここまで来た自分が面白いといったところだろうと彼女は推測しつつも、それだけではない違和感を彼から感じ取る。
「泉ちゃんに用事なら、携帯で連絡を取ればいいじゃない?」
「残念ながら、それが出来ない事情がありまして」
「喧嘩でもしたの?」
「喧嘩……なのかなあ。たぶんわたしが悪いんですけど。とにかく、早く直接会いたいんです」
「うふふ、つまり愛しい人に早く会いたくて仕方ないってことね! かーわいい! いいわねェ、恋してるって感じ。頑張る男の子は世界の宝だけど、恋する女の子は誰よりも輝く宝石だもの。どっちも応援したくなっちゃうわァ」
「宝石になれるかはわかりませんけど、良ければ応援よろしくお願いします」
それでは引き続き捜索を続けるので、とナマエは軽く敬礼で挨拶して、踵を返す。収穫はなかったが、ここに先程まで居たとわかっただけでも十分だと、前向きに捉えておく。そして、そのままスタジオを去りかけた瞬間。
「泉ちゃんなら、防音練習室に向かったわよ」
不意に、嵐がナマエの求めていた答えを背中に投げてきた。つい立ち止まり、肩から上だけで振り返れば、「がんばってね〜」と嵐がティーカップ片手に手を振っている。ナマエを見つめる彼の目が、何か眩しいものを見るように、細まった。