探し人
ボーダー本部内をちょっと早歩きで歩く。片手には書類を持って…もう片手には返信が来ないスマホをもって。

事の発端は、休憩がてら書類を渡してこい、と鬼怒田室長からの任務…休憩というかただのパシリ。開発部の下っ端の私がなんで…と思いながらも下っ端だからか。と一人で納得して書類を受け取った。正直なところ…嬉しかったりもするから顔に出ないように必死だったりする。

彼を探すといっても大体いる場所は限られている。
作戦室でダラダラしているか、ラウンジで風間さんや諏訪さんたちとレポートに埋もれているか…。そして、ブースで楽しそうにしているか。

基本的にはブースにいることが多いから今回は一番最初に向かってみる。結構人いるなーなんて思いながら背が高くて黒いコートを着ている人を探す。
邪魔にならないようにきょろきょろしていると…


「あれ、美桜さんじゃないっすか」
「出水くん、久しぶり」
「お久しぶりです。太刀川さんですか?」
「え、あ…そう、なんだけど」
「美桜さんがブースに来るのは大体太刀川さん関連っすもんね」
「そういうわけじゃ…」
「またまたー。ちなみに太刀川さん、今も模擬戦中ですよ」


ブースのモニターには楽しそうに戦っている私の探し人…太刀川くんが映し出されていた。やはり、戦っている時の太刀川くんは楽しそうだ。相手は、風間さんだ…A級上位の2人が戦っているとなれば、見学者だって多くなる。


「太刀川さんのこと待ちますか?そろそろ終わると思いますよ」
「もう戻らなくちゃだから。出水くん、申し訳ないんだけど、これ太刀川くんに渡しておいてくれる?」
「いいですけど…会わなくていいんですか?」


ニヤニヤしながら聞いてくる出水くんをみてなんだか恥ずかしくなってくる。後輩に心配…というか揶揄われてしまった…なんて思って、苦笑する。


「うん。楽しそうだし…邪魔しちゃ悪いから」
「そんな事ないと思いますけど。太刀川さん、会いたいって言ってましたよ」
「え…本当?太刀川君が言ってた?」
「本当に言ってましたよ。だから会っていけばいいじゃないですか」
「いや…大丈夫。なんか、恥ずかしくなってきた」
「えぇ〜なんすか、それ。美桜さんって意外に恥ずかしがり屋ですよね。ボーダー内だと太刀川さんとあんまり一緒にいないし」
「そ、うかな…」


そもそも開発部と戦闘員…接点はあるようでない。ラウンジで会えば話す程度。それに、私は出水くんの言う通り…恥ずかしくなってしまってボーダー内で話しかけることができない。話していると諏訪さん当たりにネタにされたり冬島さんに揶揄われたりするから…もっと恥ずかしくなる。


「とりあえず、これお願いします」
「はーい、了解です。ちなみに、会いたいって言ってたのは本当ですからね」
「っ…うん、ありがと」


そう言って、私は小走りでその場を後にした。会いたいって言ってくれていたのかな…。本当かな。でも、出水くんは嘘つくような子ではないし…そうだとしたら嬉しいな。最近、任務やら遠征やらで忙しそうにしているし、私自身も忙しい。会いたい。凄く会いたい。会って話したい。
でも、忙しい太刀川くんには…我儘言えない。いったら負けだと思って日々を過ごしている。


「楽しそうな太刀川くん見れただけで、満足」


そう言うものだ。恋をするってことは。好きな人の楽しそうな姿を見れただけで満足。嬉しい。
さっきの戦っていた時の楽しそうな太刀川君を思い出して、足取りが軽くなる。


「頑張ろ」


そう気合いを入れて、私は開発部に入っていた。
案の定、太刀川君に書類を手渡しできなかったことを鬼怒田さんに怒られて、でも機嫌がいいのを寺島さんに揶揄われることになった。



***




「あー、これ以上は無理だ」


データとにらめっこして何時間が経ったのだろうか…。時計を見るのも恐ろしく、私は椅子に座りながら背伸びをする。不意に視界に入った時計を見て動きを止める。


「やってしまったー。…帰ろ」


流石に遅い。私は荷物をまとめ、お疲れ様です、と声をかけながら開発部を出た。まだ何人かは残っていた。夜勤組もいるのかな…。
私は、まだ学生だし女ということで夜勤はやらない。1回やろうとしたら、鬼怒田さんと太刀川くんに怒られた。太刀川くんに怒られるとは思ってなかったから…驚いたけれど。



「美桜」


突然名前を呼ばれて足が止まる。声の主は一人しかいない。


「太刀川くん…まだいたの?」
「それはこっちのセリフだ。まだいたのか。遅すぎないか?」
「やることあって…太刀川くんは?」
「レポートやるまで部屋から出さないって言われてさっき終わった」
「相変わらずだね…お疲れ様」
「美桜もお疲れ様」


模擬戦やる前にレポートやればよかったのに。なんていう一言が口から出かけたけど…太刀川君のお疲れ様という言葉で、私の疲れも何もかもどこかへ消えていった。


「帰るか?」
「帰る。…あ、れ?太刀川くん、開発部に用事あったんじゃないの?鬼怒田さんも寺島さんもいるよ?」
「いや、ない。美桜がいるかもと思ってきただけだ。ここで会えたからもう帰る」


行くぞ。だけ言われて、太刀川くんは来た道を歩きだす。え…ちょっと待って。どういうこと?太刀川くん、私に会いに来てくれたってことでいいのかな。私は顔が緩むのを堪えながら、太刀川くんの隣を歩く。


「太刀川くん…」
「ん?」
「…なんでもない」
「なんだそれ。遅いけど夕飯食ったか?」
「まだ。太刀川くんの所に食材買ってあるやつ使い切ろうと思ってたから…何もしてない」
「じゃあ、お前今日泊まれ。どうせ明日大学行くんだろ?」
「…いいの?」
「…嫌ならいいけど」
「行きます!」


嬉しい…まだ太刀川くんといられる…そう思ったら、顔は緩みっぱなしだ。

私のなんともない日常にいる彼は…私の大好きな人です。