意地悪な彼
「こんにちはー」
「あ、美桜さん、こんにちは」
「あれ。柚宇ちゃんと出水くんしかいない?」
「今、太刀川さん忍田さんに呼び出されてる〜」
「え…柚宇ちゃん、それって」
「あ、レポートじゃないらしいよ。防衛任務についてみたい」
「そ、っか…よかった」
「彼女にレポートの心配される太刀川さんって…」
「出水くん、哀れな目で見ないでもらえると嬉しい」


太刀川くんに用事があって、意を決して隊室まで来てみたけれど…太刀川君は不在だった。
柚宇ちゃんと出水くんがゲームをしてくつろいでいるだった。忍田さんに呼ばれているということは…少し長くなりそうだな。二人の話だとさっき出て行ったみたいだから…またすれ違いになってしまった。


「美桜さんと太刀川さんってタイミングあわないよね」
「そうだね。なんかいつも出水くんに太刀川君の居場所聞いてる気がする。毎回ごめんね」
「俺は全然いいっすけど…太刀川さん、すれ違ってますよーって報告すると、太刀川さんすぐに美桜さんの事探しに行きますよ」
「…え」
「あ、私もそれよく見る。探しに行くくらい美桜さんの事好きなのかなーって思うもん」
「それは、きっと関係ないと」
「あるよ!メッセージ送っておけば?って私が言っても、いやすぐそこにいる気がするから探しに行くーって言って出てくよ」
「そう、なんだ」
「愛されてるねー美桜さん」
「柚宇ちゃんっ!」


その話を聞いて、確かに私が太刀川君を探して…基本的にすれ違って会えない。そうなると、後から太刀川君は必ず声をかけてくれる。私を見つけてくれる。それは偶然というか…太刀川君がメッセージを送るのを面倒だって思ってるからだと思ってたけど…少しだけ自惚れてもいいかな。


「あー、美桜さん照れてるー」
「て、照れてないよ。柚宇ちゃん、これ太刀川君に渡しといて」
「はーい。よく書類届に来てくれるね」
「あー…太刀川君に渡しても…なくすからって…鬼怒田さんとか、ね」
「…納得」


高校生の出水くんに納得される太刀川君って…。なんて思いながら柚宇ちゃんに書類を渡す。ただ渡すだけのお仕事だけれど、太刀川君に会えると思うと、やっぱり嬉しくなってしまう。まぁ、基本的に会えないけれど。
そんなことを思っていると、柚宇ちゃんが美味しいお菓子があるから、と言って私をソファーに座らせてくれた。
目の前には、おしゃれなお菓子が並んでいた。


「可愛い!これ、どうしたの?」
「唯我が持ってきたの。美桜さん、こういうの好きでしょ?」
「好き!」
「一緒に食べよう〜太刀川さんも出水くんも甘いもの食べないっていうから」
「俺は少し食べたんでいいっすよ」
「本当に、いいの?」
「私が美桜さんと食べたいの!」


あ、可愛い。柚宇ちゃんがむすっとしていってくれた言葉も表情も可愛い。私は後輩からのお言葉に甘えて…お菓子に手を出した。
これ、確か有名な洋菓子店のやつだ…と思いながら口に入れると思っていた何倍も美味しい味が広がった。


「これ美味しい!」
「でしょー。これ食べて一緒に太刀川さんの事待とう」
「あ、でも…待ってるのも申し訳ないから、私先に帰ろうかな」
「それだめ!」
「だめっすよ、美桜さん一人で帰したら何言われるか」
「いや…何も言われないと思うけど」
「前に私たち言われたよ、ねー?」
「そうですよ。美桜さんのことになると、ちょっとカッコよく見えますよ」


後輩にこういうことを言われると本当に恥ずかしくなる。高校生なんて特にこういう恋愛系の話題が大好きだろうし、柚宇ちゃんには結構太刀川君とのことを聞かれるから、いやではないけれどやっぱり恥ずかしい。
きっと顔が真っ赤になっている私を見て二人はニヤニヤしている。この程度の会話で恥ずかしがるのは年齢的におかしいかもしれないけど…やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。


「や、やっぱり私帰るね。柚宇ちゃん、出水くん、お菓子ごちそうさまでした」
「え、ダメダメ!本当に怒られちゃう!」
「俺たちのことも考えて、とどまってくださいって!もう帰るだけでしょ?」
「そうだけど…」

必死になって私を引き留める二人の隙間を縫って隊室を出ていこうとすると…

「あ、なんだ美桜いたのか。開発部にいないから帰ったのかと思った」
「太刀川君!」
「おかえりなさーい。太刀川さん、遅いよ〜。危うく美桜さん帰るところだったじゃん」
「俺たちで止めたんですからね」
「おぉ、重要任務お疲れさん」
「た、太刀川君、私帰るね!」
「俺も帰る。待ってろ」
「いや、まだやることあるでしょ!柚宇ちゃんも出水くんもいるし」
「こいつらこの後高校生組で飯行くってよ。だから待ってろ、すぐ行けるから」

そう言って、太刀川君は私の隣を通るとき、頭をポンとして荷物をまとめ始める。
その姿がかっこよすぎて、私は顔から火が出そうだった。

「うわ〜太刀川さんってあんな顔するんだ。俺らには絶対にあんな優しい顔しないのに」
「太刀川さん、本当に美桜さんのこと好きだね」

太刀川君は私と話すとき、優しい表情をするらしい。確かに、優しい声になる気がするけど…私が怖がるから気を使ってくれてるんだろうなってくらいにしか思ってなかった。むしろ申し訳なくなってくる。それに太刀川君は皆にも優しいし…以外に頼りがいもある。勉強以外だけれど。

「美桜、悪い、待たせた。帰るぞ」
「う、ん」
「…お前ら、あんま美桜の事揶揄うなよ〜」
「揶揄ってませーん。可愛い美桜さん見てました!」
「はいはい。じゃ、お前らも気を付けて帰れよ」
「はーい」
「お邪魔しました。二人とも、またね」

そう言って太刀川君と隊室を出る。

「そういえば、唯我が持ってきた甘そうなやつ食ったか?」
「あ、食べた!凄く美味しかった」
「俺も一個くったけど、美桜好きそうな味だと思った」


太刀川君はやっぱり優しい。私の好みも理解してくれて…好きそうなものがあれば、買ってきてくれたりする。この話を加古ちゃんや二宮君に話すと、太刀川君の偽物だって言われるけど…みんなが思っている以上に太刀川君は優しい。皆にも知っててほしいけれど…私だけが知ってるのもなんだか特別感があって嬉しくなってしまう。


「なに、にやけてんだ」
「何でもない」


嬉しい気持ちをなるべく表に出さないように太刀川君の隣を歩く。


「あ、そういえば…私一人で帰れるから柚宇ちゃんと出水くんの事怒らないでね」
「…聞いたのかよ」
「うん、聞いた。私一人で帰ることくらいできるよ」
「この前、ナンパされてたって来馬が言ってたぞ」
「え」

確かに先日…ナンパ、というか、声をかけられて困っていたところを来馬くんと村上くんに助けてもらったことがあった。まさか太刀川君の耳に入るとは…来馬くん、ご丁寧に。

「ナンパというか…揶揄われてただけだと思うけど」
「それでもダメだろ」
「…そうかな」
「だめだ。なんか気に食わない」
「…」
「なんかわかんないけど気に食わないし…なんとなく一人で帰したくない」
「…」


なんかわからないというけれど、これは自惚れるなら…良いほうにとらえるなら、嫉妬をしてくれたということだろうか。そうだったら、嬉しい。凄く嬉しい。声をかけられるのは正直慣れないし男の人が苦手だから…本当にやめてほしいけど…太刀川君が嫉妬してくれるなら、頑張れる気がする。


「太刀川くん」
「なんだ?」
「…今日、泊っても、いい?」
「え、俺そのつもりだった。泊ってかないのか?」
「…泊ってく。太刀川君と一緒にいたい」
「おー」

その返事だけもらって、私の心は浮かれる。

「そういえば、美桜明日大学?」
「午後からあるよ。太刀川君もでしょ?」
「あー、そうだっけ」
「…単位大丈夫?」
「多分。でも、午後からなら大丈夫だな」
「なにが?」
「今日、美桜のこと寝かせそうにないから」
「…!?」
「泊ってってもいい?なんてそっちから聞いてきたからな」
「だ、だって、あれは!それに太刀川君はそのつもりだったって」
「おぉ、だから今日寝かせてやれるかなー?ぐらい考えてたけど…さっきの表情、可愛かったから」
「っ〜!」
「寝かせてやれそうにない。それにコンビニよりたい。多分足りない」
「や、やっぱり帰る!」
「だめだ。ほら、コンビニ寄ってくぞ」

逃げる私と楽しそうな太刀川くん。
こうなると太刀川君は意地悪になるけれど…こんなところも好きだなって思ってしまう。

こういうところも、ダメンズ製造機って言われるのかもしれない。
でも、何回でも否定できる。

だって、太刀川君、ダメンズじゃないから。