Episode.1
『風間さん、ごめん…謝らなくちゃ、いけないことがある』


第二次大規模侵略。三門市全域に被害を及ぼし、ボーダー本部にも大きな被害がでた。市民に死傷者が出なかったが、本部では死者が出た。思ってはいけないことだとわかっているが…このくらいで済んでよかった。そう感じていた。しかし…そんな事さえも考えられなくなるくらいの言葉。迅が申し訳なさそうに、苦しそうに俺に言って来た。


「…今、何て言った」
「ごめん」
「違う、その後だ」
「…木瀬が、重症を負った。助かるか…わからない」


頭を鈍器で殴られたような感じ。というたとえはこういう時に使うのだろう。手も足も声も耳も…俺の全てが動かなかった。木瀬が重症…助かるか、わからない。その短い言葉が、あまりにも重く俺にのしかかった。


「オペレーター室に、敵が入って…6人が死んだ。もしかしたら…木瀬が7人目になるかもしれない」
「…お前の、未来視で、わからないのか」
「どっちの可能性も高くて…今の状態では判断できない。ごめん…この未来は確率が低くて…曖昧にしか見えてなかった」
「…木瀬は、今病院か?」
「そう」
「わかった…」
「ごめん、風間さん」
「謝るな。誰かがこうなることは想定済みだ。それが、木瀬だっただけだ」
「でも…」
「…それに…俺と木瀬は何にもない。同じ隊でもないしな。報告だけは受け取っておく」
「…うん」


未来視は完全ではない。人が読み逃すこともあれば、思いもよらない方に転ぶこともある。わかってはいる。責めるは迅ではない。責めるのは…俺だ。木瀬の事を気にすることもなく、ブラックトリガーに集中していた。それが普通だけれど…もし、少しだけでも目を向けていたら、変わっていたのだろうか。俺は…何かで来たのだろうか。

なんて言っても、俺とあいつは特に何もない。戦闘員とオペレーターという関係しか持ち合わせていない。ただあいつが俺の周りにいることが多いから迅も教えてくれたのだろう。


「…風間さん」
「歌川か、すまない。少し外にでる」
「…木瀬さんですよね」
「…様子を、見に行くだけだ」


隊室に戻って荷物をまとめる。歌川も菊地原も三上にも…木瀬の話は入ってきているらしい。もう、大体の人間が知っているだろう。大規模侵略は既に収束した。だから、こいつらももう帰っていいはずなのに、残っているという事は木瀬の事を心配してくれたのだろう。

俺の周りをウロウロしていると必然的にこいつらとも面識がでてくる。そして木瀬の性格上、すぐに打ち解けていた。珍しく菊地原が懐いていて歌川も懐いていた。三上は姉のように慕っていてよく二人で話しているのを見かけた。


「…今日は、もう帰っていいぞ。まだ気を抜くなよ」
「はい…」


それだけ言って隊室を出た。誰も助かるとは言わない。あの迅でさえ言わないことなのだ。都合のいい未来は…そう簡単には姿を現してはくれないらしい。病院までの道のりは木瀬の事を考える。いつもなら考えなくてもあいつが寄ってくる。うるさいくらいに。それなのに…なぜ、今日は俺ばかりが考えている。



「…普段のお前からは想像もできなくらい、静かだな」



病院について、集中治療室にいるという木瀬の所に行く。
頭や首、腕に包帯を巻かれてたくさんの機械に囲まれて目を閉じている木瀬の姿。あまりにも変わり果てていて、頬の大きな傷がかすり傷なのではないかと言う錯覚さえ出てくる。無機質な中でずっと寝ている木瀬。



「…俺が謝ったら、怒るか?」



なんて聞いても答えは帰ってこない。何か言ってくれ、俺は喋るのが得意じゃない。いつもどうやって話していたか、何を話していたか…思いだせない。



「…また、来る」



ここにいたら、最悪の事態を考えてしてしまいそうだった。考えるだけでも嫌だ。木瀬がまた笑って俺の周りをうっとおしいほどウロウロして…また、話しかけてくれるなんて、今まで願ってもなかった当たり前を、願ってしまう。俺らしくもない。と、言われるだろう。でも、今気がついた…。



「木瀬がいないと…ダメだ」




光が、見えない。