告解は煙となる
紫陽花が一足先に咲いていた5月の最終日。定期テストが終わった解放感から生徒たちはいつになくはしゃいでいた。
私も例外ではなく帰り道にコンビニに寄っていた。ぼんやりとお菓子コーナーを眺めているとふとチョコレートのパッケージに目が行く。手にとって裏面までよく読むことにした。
「よく眠れる成分配合……」
全身の倦怠感に時折訪れる頭痛。それはテスト勉強の疲労から来るものではない。
あの日から夢は怪物となり私を苛んでいる。
彼女がいなくなってからも日々は変わらなかった。地球は回って、時間割通りの授業が行われて、まるで全て無かったことになるようで。それなのに私が安らかに悪夢を見ずに眠れる日はひとときの微睡みでさえ存在しない。彼女を見殺しにした私には当然の報いだと、誰かが頭の中で囁いた。
結局、そのチョコレートは棚に戻し、駄菓子と飲み物を購入してコンビニを後にした。
*
彼――冴木弓弦と名乗った警察官は近所の大学生のお兄さんみたいな人だった。制服を着て帽子を被っていなければ誰も警察だなんて思わないだろう。それくらい人懐っこい笑顔を浮かべていた。
「ごめんな、最近物騒だから少しの情報でもこうして調べてるんだ」
「煙草を吸っている中学生がいる」そう通報を受けてパトロール途中で近くにいた冴木さんが向かった、ということらしい。もしかしたら私が食べていたココアシガレットが煙草と間違えられたのかもしれない、そう言うと冴木さんはすぐに無線で連絡をとった。
市民がぴりぴりとした不信感を警察に向けているのも、逆に警察が市民の信頼を取り戻そうとしているのもとある連続事件が原因だった。
4月1日、新宿駅前の大型ビジョンに突如着ぐるみの頭を被せられた警察官4名が拘束されている動画が流された。ボイスチェンジャーで加工された音声が拘束された彼らの不祥事を暴露していく。「彼らのような犯罪者には裁きを下す必要があります」駅前の観衆はざわついていた。
「X-Dayへのカウントダウン」と最後はその言葉で締め括られた。
そして5月1日。今度は全国ネットに動画が公開された。4月の動画で拘束されていた警察官4名が銃で撃たれていき、「これは裁きです」やはり加工された音声が告げた。「これで終わりではありません。我々は今後も、この国を再生するために正義を貫きます」「我々の名は――“アドニス”」
またもや動画は「X-Dayへのカウントダウン」という言葉で終わる。
アドニスという組織、そしてX-Dayとは何なのか、ネットやSNSはその話題で持ちきりである。4月の動画の不祥事暴露から警察に恨みを持つ人間の犯行ではないのかとマスコミは非難する記事を書き立てていた。
この連続事件は自分の通う中学がある新宿で起こっているものの、どこか遠い出来事のように感じていた。けれど、こうやって警察官に対面すると肌が粟立つくらいの緊張感があった。
「……はい、こちらは異常ありません。でも時間が時間なんでこの子を家まで送って行こうと思います、……はい」
「え!?」
そんなの聞いてない!
私の心情をよそに冴木さんは無線通信を切ると微笑んだ。
「よし、許可ももらったことだし行こう」
パトカーのドアをエスコートするように開けて後部座席に案内されるが、反射的に後退りしていた。
「い、嫌です! 何も悪いことしてないのに」
「うーん……じゃあ歩いていくか?」
「はい!」
「……ちょっと待ってて、パトカー放置するわけにもいかないからさ」
「……あ」
我儘で困らせてしまっただろうか。なにやら調べ始めた冴木さんに声をかけるのも躊躇われて、次に呼びかけられるまでそのまま立ち尽くしていた。
*
それからとりとめのない話をしながら帰り道を歩いた。警察官と制服の少女が連れ立って歩いているのは目立つのかちらちら視線を感じたが、皆関わりたくないのかすぐに目を逸らす。
……それもそうだ。私だって、目を逸らしていたのだから。
彼女のことを思い出して、傷口を抉じ開けられて胸が痛くなる。話上手な冴木さんが盛り上げてくれた会話を止めてしまった。当然、彼は不思議そうな表情で私の顔を覗き込んだ。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
顔色が悪いのがバレたのか、表情が心配へと変わった。その優しそうな眼差しに、この人になら話しても受けとめてくれるのではないかとなぜだか妙な期待と信頼が湧き上がっていた。
教会で自分の犯した罪を神父やシスターに打ち明けて許しを請うように、冴木さんに、話を。
「あの、……私の話を聞いていただけませんか」
声色から真面目な話だと察したのか、冴木さんは茶化すようなことはせず真剣な表情で頷いた。
私は冴木さんが自販機で買ってくれたスポーツドリンクを握りしめ、公園のベンチに座っていた。カツ丼の代わりみたいだ、と思う。
「ゆっくりでいいよ」
「……はい」
声をかけてくれた冴木さんは優しかった。きっと懺悔を聞かされるなんて思っていない。彼を裏切るような気がして臆病になった私を押し退けたくて息を吸う。
「クラスメイトの子を、殺したんです」
最初の一言目が出てしまえば、あとは喉の奥に閉じ込めていたものを吐き出すだけだった。
「クラス内でいじめがあったのは知ってて、実際に彼女が嫌がらせされるところを見ていたのに、私は、見てみぬふりをしたんです。」
冴木さんからの返事はない。彼がどんな顔をしているのか見たくなくて前だけ見据えていた。
「こわくて、私がなにか言ったら次は私がいじめられるって、そう思って、ずっと。」
私の言い訳だけが静かな公園にぽつぽつと落ちていく。
「ある日彼女は自ら命を絶ちました、……うううん、わたしが、私達がころしたんです」
声が震える。
「私が……!」
そこから先は言葉にならなかった。涙が溢れ乾ききった地面に吸い込まれていく。嗚咽を堪らえようと俯いた私の背中を優しく擦る手があった。それが引き金となって、私は息を上手く吐けなくなるくらいにしゃくりあげた。
言葉にならない声が漏れる。
冴木さんは私を慰めることも叱ることもせず、ただ隣にいてくれた。
「ご迷惑をおかけしました……」
家の前に到着して、改めて頭を下げる。泣きじゃくる私を人目につかない場所に、ということであれだけ嫌だったパトカーに乗るハメになった。散々泣き落ち着いたあとそのまま家まで連れてきてもらって今に至る。
「いいって、困ってるやつがいたら手を貸すのは俺たちの仕事でもあるし」
にかっと笑って手を振る冴木さんの顔をじっと見つめると目元が腫れているように思えた。もしかして、彼も泣いていたのだろうか。
「ん? どうした?」
「い、いえ、なんでも」
尋ねるのは躊躇われて、慌てて首を横に振る。
「そうか、じゃあな」
「はい、ありがとうございました」
冴木さんの背中が角を曲がって視界から消えて、ため息にもならない空気をひとつ思い切り吐いた。
今日はもう遅いから、明日学校から帰ったら母に打ち明けるつもりだ。クラスであったこと、私が――私達が彼女を殺したことを。
いくら謝っても彼女が帰ってくることはないし、償えることじゃないかもしれない。罪悪感から少しでも逃れたい心がないとは言い切れない。それでも告白すると決めたのだ。
*
【中学校で爆破事件。テロと関連か】
6月1日新宿区内の中学校で爆発事故が起き、一クラス全員が死亡した。当初は事故と思われたものの、その規模の大きさから作為的なものだと断定。屋上にローマ数字の「Z」の文字と5月の事件で現場に残されていたものと同じコインが発見されたことから、警察は4月、5月の事件に続くテロだとして捜査を進めている。