伏黒恵と深夜のコンビニ


腹が減っていた。
時刻は2時を回っており、所謂丑三つ時だ。空腹感を意識しないようにすればするほど、腹の虫は激しく自己主張を続ける。何か腹に入れるものはと物色するまでもなく今の俺の部屋には食料が無い。何度も何度も寝返りをうっても気が紛れなくて、とうとう観念した俺はベッドからのそりと起き上がった。

「……なんか買い行くか」

高専の中にある自販機には手っ取り早く腹を満たせるようなものはないから、敷地外に出て一番近くのコンビニまで行く必要がある。財布をひっつかんで部屋の外に出ると、遠くで何やら物音が聞こえた。自分以外に起きてる人がまだいるもんだと思いながら玄関の方に足を進めていくと、人が歩く音が近づいてくるのを感じる。どうやらさっきの物音はドアが開いた音のようだった。誰かコンビニに行ってたんだったらもう少し早く出ればよかったと思っていると、足音の主が目の前まで来ていた。

「……なまえさん?」
「やあ不良少年。こんな時間に何してるの」
「いや、それはこっちの台詞……って、どうしたんすかその腕」

暗い廊下ではよく見えないが、彼女は片腕をかばっていて服にはかすかに血が滲んでいた。指をさして指摘すると、あ〜これ?やばいよね、という言葉とは対称的に、顔には笑みが浮かんでいた。

「関西の方で任務があったんだけどちょっとしくっちゃって。一応これ以上悪化しないような術式かけてもらってから、今日最後の新幹線でこっち来て硝子に診てもらおうと思って来たんだけど」
「今日の夜は家入さん呑みかなんかでいませんよ」
「は〜〜〜〜〜ん????職務怠慢!」

なんとなく言いたいことは分かるが、こんな時間にまさか怪我人がやってくるとは家入さんも思わないだろう。連絡したんですか?と聞けば、してないという返答がきた。それならしょうがないだろう。

「ま、いいかぁ。明日の朝でも。で、恵はなんでここいるの?」
「腹減ったんで、なんか買いに行こうかと」

素直に目的を述べるとなまえさんは途端に目を輝かせて、二人分ほどあった距離を一人分まで縮めてきた。もう何度も見た表情だ。

「え、私も行きたい。奢ったげるよ」
「隙あらば奢ろうとしますね、ほんと」
「いいじゃ〜ん甘やかしたい餌付けしたーい。それに流石に男子と言えど、この時間に未成年の一人歩きは危険だよ?」
「片腕潰れてる人に守ってもらおうとか思いませんけどね」
「言うねぇ」

行こ行こ、といつの間にか俺の背後に回ったなまえさんは動く方の手で俺の背中をぐいぐいと押す。分かりましたから、と足を進めると、どこか上機嫌そうに微笑んでいた。




「今日の呪霊、手強かったんですか?ていうか昨日か」
「律儀だねぇ」

コンビニまでの道中も終盤に差し掛かり、なまえさんによる最近の近況についての質問責めも終わった頃、ふと彼女の腕の負傷の事が気になった。1級術師ともあって人並み以上に強い彼女が負傷するところをあまり見ることは無く、それがなんだか新鮮だった。

「土着信仰もので普通の1級レベルだったんだけどね。ここ最近日本中をあっちにこっちに飛ばされててろくに寝てないから、判断力鈍ってヘマしちゃったってわけ」

そうぼやく彼女の顔をよく見ると、先ほどまでの暗がりでは分からなかった目の下の隈が彼女の疲れを体現していた。学生でも出張に行かされるほどの人手不足なこの業界の事だ。フリーの呪術師となると目が回るほど多忙なんだろう。

「でも明日から二連休!何もなければ!」
「休日とか何してるんですか?」
「………………ネトフリ?」

ガッツポーズをする彼女にそう聞くと、それなりに長い間の後ようやく絞り出したように某動画提供サービスの名が挙げられた。一人で部屋の中でドラマや映画を見ている彼女の姿を想像するのは案外容易で、ついまじまじと彼女のことを見てしまった。

「なんだその目は。はいはいどうせ年下に奢ることにしか喜びを見いだせない女ですよ」
「誰もそんな事言ってないですけど」

そんなやり取りをしている間にあっという間にコンビニは目の前だ。ウィーンと開いた自動ドアを抜け中に入ると、深夜のコンビニ独特の空気感に出迎えられる。

「好きなの買いなよ。遠慮しないで」
「ありがとうございます」

かごを手に取り店内を進む彼女を少し後ろから付いていく。とりあえず真っすぐ進んでいくと、なまえさんはスイーツコーナーで何かを見つけたのか足を止めた。

「そういや五条がりくろーおじさん買ってこいとか言ってたな……忘れたけど。これでいいか」

視線の先には棚に一つだけ残ったスフレチーズケーキがあった。意外にも埋め合わせをしようという意思があることに少し驚く。同期故か二人はなんだかんだ言って仲が良い。ケーキを取ろうとなまえさんが手を伸ばした瞬間、はっと気が付いた。

「持ちます」
「あ、ありがと」

あまりにいつもと変わらないから負傷していたことを忘れていた。俺がかごの持ち手を掴むと、なまえさんはするりと腕を抜き、そのままチーズケーキをかごに放り込んだ。そして次になまえさんはスイーツコーナーに隣接するアイスコーナーに目を留めたかと思えば、徐にかのダッツを箱でかごに放り込む。

「共有スペースの冷蔵庫に入れとくから、みんなで食べてよ」
「はい」

釘崎と虎杖辺りに真っ先に食われそうだな、と思ったがそれは口には出さなかった。そのまま特に目的も無くふらふら物色しているなまえさんから一度離れて、自分の食べるものを選んで再び彼女の元に戻ると拍子抜けと言った顔をされる。

「えっカップ麺でいいの?」
「高校生男子にはこれで十分ですよ」

そう言いながら一番ポピュラーなカップ麺のしょうゆ味をかごに入れると、なまえさんは不満げにしていた。高いものを奢らされて不満げになるのはまだしも、安いものを選ぶとこうなるんだから、やっぱり少し変わっている。

「え〜ほんとに遠慮してない?いいのに食いつぶすくらいの勢いで来ても。真希とか容赦ないよ?」
「これでいいんです。ほら、なまえさんは?もういいんですか?」

かごの中に目をやると、中にはチーズケーキ、ダッツ、チョコレート、さけるチーズ、カップ麺が入っていた。不摂生もいいところだ。

「あっじゃあ私もカップスープ買う。一緒に食べようよ」
「はい」

その後、カップスープを選んでからお会計を済ませたなまえさんにもう一度お礼を言ってから二人で帰路に着く。もちろん、荷物は俺持ちで。
帰ってきて、共有スペースで二人インスタント食品を食べ、背徳の味だねと微笑むなまえさんに頷いた。満たされたいま、すぐにでもよく眠れそうだった。