七海建人と寿司


「私、この任務が終わったら六本木で寿司食べに行くんだ……」
「開始早々不穏なフラグを立てないでください」
「そういうんじゃないから。これは、"今日の晩御飯はパスタがいいな〜"みたいなやつだから」

まだ昼間だというのに、帳の中の空は墨で塗ったように黒い。腕のストレッチや屈伸をしながら私は今日の晩ご飯のことを考えていた。

「第一、1級術師が2人も投入されてる時点でそう簡単な任務じゃないでしょう。日付が変わるまでかかる可能性もありますよ」
「え〜、行きたいお寿司屋さん22時までなんだよね」
「コンビニの寿司になるかもしれませんね」
「分かった。七海も行こう。私が奢る。だからせめて19時までに終わらせようよ」
「ちなみに。どこの店ですか?」
「六本木の鮨かねくら。ミシュラン二つ星。どう?」
「……奢りですよ」
「もちろん」

伸びをしながら私が頷くと、七海はサングラスをくいと直し前方に出現した呪霊の群れを見据える。なるほど、これは骨が折れそうだ。

「くたばらないでねー」
「その台詞、そのままお返しします」





時刻は19時を少し過ぎたころ、ようやく任務が終わった。まぁ、及第点だろう。任務の終了を報告したらちょうど伊地知が近くにいたようで、そのまま店の近くに送ってもらえることになった。

「急に行って入れるものなんですか?」
「平日だし、前もふらっと行って入れたからいけるって。とりあえず電話はしておくけど」

電話帳から店の番号を探していると前の運転席から、お食事ですか?という声が飛んでくる。

「ちょっとお寿司を食べにね。あっ伊地知も行く?奢るよ」
「い、いいんですか?」
「うん。同期のパワハラの尻拭いもかねて」
「じゃあお言葉に……あっ、ちょっと失礼しますね」

日々伊地知へのパワハラを働く同期の顔を思い浮かべ思わず顔を顰める。そんな時、伊地知の携帯の着信音が車内に鳴り響いた。一言断りを入れ通話に出た伊地知の顔は、ルームミラー越しに見ても明らかに青ざめている。はい、はい、と何度か相槌を打ち通話を終えたかと思うと、先程誘った時の嬉しげな様子とは打って変わって重苦しい雰囲気を放っていた。

「急遽呼び出しが……五条さんから」
「え、タイミング最悪じゃん。なに、もしかして聞いてんのかな」
「洒落にならないですよ」
「なんか"僕君たちの会話全部聞いてるから"って言われても今更驚かないよね」
「みょうじさんは五条さんのことなんだと思っているんですか」
「ビックリ人間」

七海の問いに深く考えずそう答えた私の言葉に、運転席にいる伊地知が笑う気配がした。少し気が軽くなったのなら幸いだ。しょうがないので電話で店には二人分の席を取ってもらった。

「じゃあ、お疲れ様。ありがとう」
「お疲れ様です」
「また誘ってください」
「もちろん」

夜の六本木。大通りに背を向けるようにして比較的静かなエリアへと足を進めていく。

「どの辺りですか?」
「ちょっと麻布十番寄り。でもすぐだよ」

5分も歩かないうちに目的の店に到着する。ちょっと待つかもと電話では言われたけど、飛び入りでそれで済むなら文句はない。

「こんばんはー」
「はいいらっしゃい。こんばんはみょうじさん」
「常連なんですか?」
「それなりに」

カウンターの奥に座るように言われ店内を進んでいる間、七海はもの珍しそうに店内を見回しながら歩いていた。いつの間にサングラスは外している。席に着き目の前にあったドリンクメニューを開いて七海と一緒に覗き込んだ。


「うーん。私明日早いからお酒はいいや、ペリエにする。七海は?」
「私は1杯頂きます」
「どうぞー」

そう言って七海は日本酒を頼んでいた。しかもさらっと高いやつだ。まぁいいけど!

「七海何食べる?雲丹?いくら?白子?あん肝?やっぱり牡蠣???」
「痛風にする気ですか」
「まだ若いんだから」
「年齢は関係ありません。というより、このような店はおまかせが基本じゃないんですか?」
「そうだけど、頼んだら作ってくれる時もあるよ」
「私はおまかせでいいです」
「じゃあ私もおまかせで」

その言葉を聞いて頷いた大将が早速支度を始める。こういういい所のお寿司屋さんは、ちょっとしたアトラクションみたいだ。板前さんの創意工夫が光る中、次から次へと握りや御造りが提供される。

「美味しいものは日々の活力になるよね」
「……そうですね」

目の前には溢れんばかりに雲丹が乗った握りがでんと一貫置かれている。是非一息で、という大将の言葉通り口に頬張れば、雲丹の甘味と鼻に抜ける磯の香りが一気に襲われ思わず唸った。

「美味しい〜〜〜〜〜〜〜〜七海も早く食べなよ」
「……いただきます」

何故か私の様子を見ていた彼を促せば、同じように七海も口を大きく開けて握りを頬張った。意外に口大きく開くんだな。

「どう?」
「美味しいです」
「でしょ?」
「どうして貴方が誇らしげなんですか」
「ここ初めて来たとき誰か連れてきたいな〜と思ってたんだけど、流石に学生連れてくるのもな〜て感じだったから。今日丁度七海と一緒でよかった」
「……そうですか」
「冬になったらホタテが美味しいんだよね〜。次は割り勘だからね」
「じゃあ行きません」
「薄情だなぁ!?分かった奢るって!」

やけくそでそう言った私を見て、七海はかすかに口角を上げていた。ちくしょう、嵌められたなこれ。

「はい次、白えびの鯛酒盗載せです」
「うわ〜〜〜〜、やっぱり私もお酒頼めばよかったなこれ」
「一口ならあげてもいいですよ」
「めっちゃ上から!?私の奢りだからねそれ!?」
「冗談ですよ。私も明日早いので後は差し上げます」
「えっやったー」

すすっとこちらに差し出されたお酒を上機嫌で口に運ぶ。なんだかさっきからうまく転がされている気がするけど、まぁいいだろう。可愛い後輩とこんな風に穏やかに過ごす機会もそう多くないし、たまにはいいもんだ。

「ちなみにそれだいぶ辛口ですよ」
「う”っ、早く言ってよそういうのは!」

前言撤回だ。次は絶対割り勘にしてやる



「なまえ僕の事びっくり人間とか言ったんだって?」
「だってそうじゃいたたたたたたたた頭蓋骨砕ける」